死に行く者たちの矜持
セウスとセラーナが魔族国への警告を伝えるために急ぐ中、彼らとは別の方角から攻め込んできた部隊が一足先に攻撃を開始していた。
魔族国周辺を警備していた魚人族と獣人の兵士の首を掻き切り、結界を維持するための魔石に暗殺者は触れる。そして、指揮官アレスターから渡された剣で石を斬りつける。
特殊な魔術により作られた剣は魔石に込められた魔力を斬り、結界を不安定にさせる。隠れていた魔族の秘境が、貪欲な人間たちの前に姿を現した。
人間の軍団は甲冑に身を包み、その爛々と輝く刃を高く振り上げ、行進し始める。
攻め込んできた人間の軍団に対し、魔族は不意を突かれた形となった。
武器を持たぬ一般市民であろうとも容赦なく人間たちは攻撃を加えていく。泣き叫ぶ子供の声。それを庇おうとしては知り、無残に殺される親たちの悲鳴。血のにおいが充満し、それまでの平穏は切り裂かれた。
「魔族は皆殺しだ!やつらは家畜以下の畜生どもだ!子どもであろうとも、手心を加えてはならぬ!これは神の意志だ!」
部隊の指揮官である大アーシアの軍人は声高らかに叫び、自身も手に持った鈍い輝きを放つ斧で子供の魔族の首を跳ね飛ばす。死体の山を掻き分け、彼は次なる獲物を求めていた。
人間主義者である彼は、エルフやドワーフ、それに魔族は滅ぼすべき相手であった。この世においてもっとも繁栄し、偉大な種族は人間である、そう信じてやまなかった。
「殺せ、ころせぇ!!」
軍団を従えながら彼は進む。逃げ惑う魔族を狩りつくすために。
そんな彼らの前に、立ちはだかる者たちがいた。それまで彼らが殺してきた魔族とは違い、その姿は戦士のそれであった。人間側の動きに遅れて魔族側の戦士たちが到着したのだ。
軍勢を率いる魔族は、青銀の鱗の大男であった。傍らには息子であるリクターを従えており、その黄金の三つ又の槍を構え、周囲の惨状を見ている。
「何という愚かな行為を・・・・・・・・・」
そう言い、嘆いた魚人族の長はその丸い目をぎょろりと動かし、敵指揮官を見た。
「赦しはせぬぞ、人間ども。安寧を求め、ただ平穏に過ごしていた我らと言えども、同胞を殺されて大人しくしているとは思うなよ」
「魔族が偉大なる人間に口利きする気か、よかろう。貴様から殺してやろう!」
指揮官は侮蔑の視線を隠さずに、自信満々にそう言い、斧を振りかざしながら走る。彼も祖国では名の知れた武人である。このような魔族に敗れるつもりなど、毛頭なかった。だが、慢心が彼に判断を誤らせた。
槍を構え、父親の前に出ようとしたリクターを制し、魚人族の男は三つ又の槍を地面に突き刺した。そして、向かってくる人間の前に、静かに数歩出て仁王立ちする。
斧が目前にまで近づいても、魚人族は怯みはしなかった。
指揮官がやった、と勝利を確信した時、やっと魚人族は動き出す。その右の拳が目にも留まらぬ速さで放たれる。それは、斧が彼の首を斬りおとすよりも早く、敵指揮官の喉笛に突き刺さる。
首の骨を叩き潰し、首があり得ない方向にねじ折れる。事切れた体が地に倒れ、手に持っていた斧が敵指揮官の腹に突き刺さった。
魚人族の長、トライトンは敵指揮官を踏みしだくと再び槍を手に取り、名乗りを上げた。
「我が名はトライトン!魚人族の長にして、この国の守護者の一人!驕り高ぶる人間どもよ!我が怒りを知るがいい!同胞たちの怒りと無念を込めたこの槍の一撃を!・・・・・・・・・・・・・者ども、かかれぇ!!」
その叫び声に、魚人族で構成された軍が人間に向かっていく。人間たちは司令官が倒されたとはいえ、未だに敵を侮っていた。魚は水の中で泳いでいればいい。そう思ってさえいた。だが、すぐにその考えは捨てる羽目になった。
魚人族は水での生活を中心とするが、それは陸地が苦手だからではない。むしろ、人間よりも陸地での俊敏さは勝っている。
強靱な鱗に覆われた皮膚。それは、人間の作る鉄の鎧などよりもはるかに信用のおける防具となる。突き刺さった槍の穂先も、そうやすやすと入り込まない。強靱な身体で敵兵を殴り、突き刺す魚人族に人間たちは恐怖した。
特に、魚人の長トライトンの強さは異常であった。拳で兜を叩き割り、心臓を突き刺す。その手に持った黄金の槍は触れたものを感電させ、黒焦げにした。
「父上、どうやら敵はここ以外からも侵入しているようです!」
リクターが個々とは違う方角で鳴った音を聞き、そう言った。
「そのようだな、息子よ。だが心配はいらぬ。奴らは我らを卑劣な不意打ちで襲ったが、それが間違いであったことをすぐに思い知るであろう」
そう言い、トライトンは敵兵の首を掴むと、握りつぶす。冷めた瞳でそれを見て、投げ捨てる。
「奴らは我らを平和ボケしているとでも思っているのだろうが、そうではないことをすぐに知るだろう」
魚人族が守る東地区の反対側、西地区。クィルたちのいるアルゲサス邸より少し先のところでインヴォテールのヨトゥンフェイムは自身の兵士を引き連れ、侵入してきた人間たちを出迎えていた。
竜の血をひくインヴォテールもまた、魚人族に劣ることのない肉体を持つ。個体数こそ少ないが、魔族国屈指の軍団として知られている。獣人、魚人、鬼族に並ぶ四大軍団。その一角を担うインヴォテールたちの長もまた、相当な実力者である。
偵察として潜り込んできた人間の一団をものの数分で屠ったヨトゥンフェイムは部下に命じ、民間人の避難を呼びかけた。
避難先は、魔族国中心に立つ、古代の遺跡『アルトリザリコン要塞』である。建国当時から姿を変えずそびえ立つ巨大な要塞は、かつての古代文明期の遺物であり、いまだ謎が多い。しかしながら、今までこの魔族国が生き残れたのは、この要塞の存在も多かった。
建国当時から、このようなことはあり、そのたびに要塞に救われてきた。要塞は朽ち果てており、要塞を覆う結界を張るくらいしか今は機能が生きていない。とはいえ、魔族国の住民のほぼすべてを収容できる巨大な空間を擁している。籠城戦にも耐えうる備蓄を持っている。民をそこまで避難させることができれば、と彼は考えていた。
軍団を率いる族長以外の者たちも、避難誘導をしている。一人でも多くの同胞を救う。それが今彼にできる最大限のことであった。
そのためならば、自身の命を失うこともいとわない覚悟であった。
「父上!」
そんなヨトゥンフェイムのもとに、愛する息子クィルが駆け寄ってくる。彼の隣にはエノラとギーゼラもいた。息子とその仲間とは一週間と少しほどしかともに過ごしていない。とはいえ、ヨトゥンフェイムはこの二人の新たな家族を歓迎していたし、愛していた。かつて、彼が愛したサーシャと同じようなまっすぐな瞳をした少女に、息子と同じハーフの少女を。
「まだ避難していなかったか」
「父上を残していけるわけが・・・・・・・・・!」
「それより、攻撃しているのはどの国ですか?」
クィルとエノラがほぼ同時に言う。ヨトゥンフェイムはやれやれと首を振り、言う。
「敵はアクスウォードを中心とするラカークン国家だ。どうやら、彼らはついに我らの国を地図上からも消したいらしい」
「アクスウォードが・・・・・・・・・・・・」
エノラは呟くと、意を決したようにクィルを見る。
「私が、止める」
「無茶を言うな。誰がお前の言うことなんか聞く?あいつらが聞くものか」
クィルの言葉にヨトゥンフェイムもうなずき、同意した。
「クィルの言うとおりだ。もはやことは動き出している。あなたの言葉だけでは、もう止まらない」
「そんな・・・・・・・・・・こんな、無意味な戦い・・・・・・・・・あなた方が何をしたというのだ!?」
エノラの言葉に、クィルも拳を握りしめて俯く。
「世の中、理屈ではどうしようもないことがある。だが、だからと言って諦めるわけにはいかない。クィル」
「なんですか、父上」
「私はここにとどまり、敵の攻撃を食い止める。最後の一兵となるまでな」
父の言葉に、クィルは驚く。
「死ぬおつもりですか、父上?」
「ただでは死なぬ。それに、私は守るために戦うのだ。愛する家族、愛する仲間を守るために。それが、私に課せられた義務であり、責任だ」
男はそう言い、息子の肩に手を置いた。
「息子よ。思えば、お前にはあまりいい父親ではなかっただろう。お前の母を見捨て、死なせてしまったのは、私の責任だ。そのことをどれだけ悔いたことか。あの時、無理やりにでも魔族国に連れて行っていれば、とどれだけ長いこと悔いたことか。お前に、母親の思い出を残してやれなかったことが、残念でならない。けれど、お前が強い子に育ってくれた。あれにも、顔向けできるというものだ」
ヨトゥンフェイムはクィルの紫色の髪をグシャ、と撫でた。小さい子供を見るような眼で、彼は息子を見る。愛した女の面影を残す、自分の息子を。
「父上」
「息子よ、これからはお前が一族を導くのだ。私の代わりにな。そして、作り上げてくれ。私たちの世代が作れなかった世界を、お前が・・・・・・・・・・・・!!」
ヨトゥンフェイムは息子を抱きしめた。力強く抱きしめる。男の目から零れた熱い何かが、クィルの頬を伝って落ちた。
息子を離し、エノラを見る。エノラはヨトゥンフェイムと視線を交わし合う。
「息子を頼む」
「・・・・・・・・・・・・はいっ」
エノラは頷く。ヨトゥンフェイムは満足したように微笑むと、ギーゼラの頭を撫でる。
「強く、美しい娘となれ。・・・・・・・・・達者でな」
「おじさんのこと、私、忘れないよ」
抱擁を交わすと、ヨトゥンフェイムは名残惜しいのを隠し、三人に告げた。
「さあ、行け。若者たちよ!振り返るな、前に進め。ここから先は、我らの戦場だ」
そう言い、未だに立ち去ろうとしない息子たちを突き飛ばす。
涙を目にため、父親を見たクィルは二人の肩を抱き、奔りだす。
息子の背を見て、ヨトゥンフェイムは笑った。
「いいんですかい、大将?」
インヴォテールの青年が笑いながら問う。
「ご命令とあれば、俺らだけで食い止めてみせますぜ?大将だけでも、避難してもらっても」
「馬鹿を言うな。お前たちが食い止めるというのに、長である私がそうしないわけがあるまい」
ヨトゥンフェイムはそう言い、兵たちを見る。ニヒルな笑みを浮かべる青年を筆頭に、インヴォテールの戦士たちの目は迷いがなかった。
「お前たちの命、我が同胞のために投げ捨ててもらうぞ」
「望むところでさぁ。俺らの命で一人でも多く救えるのならね」
ははは、と笑う兵士たちの前に、次の敵が現れる。人間たちが作った命なき人形、ゴゥレム。魔族のあまりの強靱さに、予想よりも早く投入する形となった。
魔族の兵士を薙ぎ払い進む、戦車の如きそれを見てヨトゥンフェイムは叫ぶ。
「行くぞ!!」
駆ける影。魔族の戦士たちは、誇りと自由、尊厳を守るために剣を手にした。
セウスとセラーナが南側にたどり着き、警告を発したことで南側の損害は少なかった。
人間の言うことを信じないかとも心配した二人であったが、そちら側にいた魔族が話の分かる老人であり、二人が嘘を言っているわけではないことがわかっていた。老人の言葉ですぐさま非難が始まったおかげで、どの地区よりも被害は少なかった。
老人は獣人族の族長トロントと名乗り、二人にある物を託した。
「これは?」
セウスが問うと、トロントは白い髭を撫でる。
「魔族国の総代表ハズメット様への伝言じゃ」
「人間である我らに託すのか?」
「人間と言えども、いろいろとおる。欲に取りつかれた者もおれば、主らの様に徳のある者もおる。主らのおかげで、本来出すはずだった犠牲も少なくて済んでおる。恩人にここに残って我らのために戦え、ともいえんし、主らも今更人間の側には戻れまい?であれば、言伝を頼もうと思ってな」
トロントはそう言い、二人を見る。
「それに、主ならば約束は違えまい?トローアのセウス王よ」
「!? 私を知っているのか?」
「儂もこの大陸の民ぞ。主の噂は、先祖のまた先祖より伝え聞いておる。聞けば、主の騎士の仲にも魔族はいたという。ならば、魔族に対する偏見もない、ということ。信頼に値する」
トロントはそう言い、息をつく。
「老兵は若者のために死ぬもの。さあ、行かれよ、永遠の王よ。汝の旅路に光あれ。我が同胞たちに栄えあれ」
老人はそう言うと、牙をむき出しにして、前方に見えてきた人間の軍勢に遠吠えをする。地に響く声。老人の身体の筋肉が膨れ上がり、それまでか弱い老人の印象しかなかったトロントは、現役の兵士も顔負けの戦士へと変貌した。
その狼の獣人に従うように、様々な獣人たちが建物の影から躍り出て、人間に向かっていく。
セウスとセラーナはただその姿を見て、走ることしかできなかった。




