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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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魔族国侵攻

アクスウォード王国王都ぺルタグラス。バラル帝国帝都オーフェン、ハンノ=イヴリス連邦首都イスカンブールに並ぶ都市として知られている。魔術大国セアノとの協力もあり、長い歴史を発展させてきた、栄光の都市である。規模こそ前に上げた二つに劣るものの、その都市の作り出す光景は芸術とも呼べるであろう。綿密に設計され作られた左右対称の外観。多くの詩人が歌うように、この都市に魅入られるものは多く、その姿を見てため息をついてしまう。

そんなぺルタグラスは今、異様な興奮の中にあった。長年の仇敵バラルへの怨みで、国民感情は高まっている。アクスウォードではバラル帝国の理不尽な民間人虐殺赦すまじ、と声高らかに扇動家が叫ぶ。常日頃から、国への反感を口に漏らすものでさえ、何かに憑かれたようにバラルへの復讐を叫ぶ。



ぺルタグラス中心に存在する王宮において、今まさに対バラル戦争への議論が交わされていた。隣国セアノの客将とも意見を交えながら、戦争への準備に急ぐ者たち。

王宮より出てきた者たちをバルコニーから見送る影が一つあった。黒い髪の青年であり、その顔は非常に整っている。第一王子カッシート・フレン・アクスウォードである。

第一王子である彼は、かのクロヴェイルに並ぶ英雄に数えられる。アクスウォードが誇る俊才であり、とある機会にクロヴェイルとボードゲームをした際は、彼の英雄を一度は追い詰めた、というのだから、只者でないことがわかる。

何人もいる王の子どもたちの中でも国民からの人気は高く、他の王子・王女からも慕われている。第二王子ナウプリアモス、第四王子クラウシアスをはじめ、国の高官からの支持も厚く、彼が次期国王になるのは明白である。

第一王女モルガン、第三王子アレスター、第五王子エイセリオなど、次の玉座を狙うものはいた。彼らもまた、一芸に秀でてはいたが、カッシートほどではない。

そのカッシートは浮かない顔をしている。あまりにもこの戦争は仕組まれているような気がしてならないのだ。近年のバラルとの交流は、良好とは言えないが、悪いともいえないものであった。突然このような事態になることは不可解極まりないのだ。

カッシートはラトナ騎士団ほどではないが、自分の部隊を持っている。その関係で、クロヴェイルとも独自の連絡手段を持っている。彼の英雄も、これは不可解だと示している。

父王に戦争の即時停止を求めようとしたカッシートだが、父王をはじめ、寛容な高官も皆口をそろえて戦争を、と言う。国王と議会の決定を、まだ王でもないカッシートに覆すことはできない。

失意に沈むカッシートを襲ったのは、それだけではない。

バラルとの戦争をしながら、長年の課題、つまり魔族の排除を行う、と言うのだ。

大小アーシアほか、ラカークン諸国のほぼすべてと魔族国を討つ、と言うものである。現王ラナーリオンは差別主義者であり、常々そのような計画を漏らしていたが、それが実現できるとは本人含め、誰も考えていないはずであった。なのに、とカッシートは不審に思う。

会議はカッシートの意見を無視し進む。カッシートは今回の作戦では王と周囲の防衛に充てられた。手柄を立てさせまいとする対立陣営は喜んでいた。カッシートを前線に出さないとは何事か、と副官でもあるナウプリアモスは憤った。

対バラル戦にはエイセリオ、魔族国攻撃にはアレスターが先陣を切るのだという。

このような事態に、なんということだ、とカッシートは嘆く。



カッシート王子の嘆きに関係なく、戦いは始まっていた。

セアノとの連合軍は数の上ではバラルと同等である。だが、純粋な戦闘能力だけならやはりバラルに有利がある。その分、魔術やそれ以外の新たな学問を持って二国はバラルと戦うほかない。

その為の兵器としてゴゥレムが開発された。

土や鉱石で作った魔術人形。これをもってすれば、バラルの優位も覆せる、と研究者たちは自信を持っていた。

当初はこの新たな兵器に戸惑ったバラルであったが、かのクロヴェイルの「意志のない土くれに我らは屈せぬ」という演説により、戦況は膠着状態に陥った。

一方のアレスター率いる魔族討伐部隊は、複数国家の連合軍となり、魔族国を目指す。魔族国を覆う結界や、森についての研究はセアノをはじめ各国の機関の協力により、大方理解できた。魔族の持つ力は強大だが、人間の敵ではない、と人間主義者は語り、愚かな指導者もその意見に追随した。

大小アーシアを超え、人間の連合軍は静かに魔族国に迫っていた。この状況が魔族国に伝わるのは、これからだいぶ先である。なぜ、この連合軍に魔族国が気づけなかったのか、それは長年の謎である。

アクスウォード第三王子アレスターは自身のお気に入り魔術師をちらりと見る。黒いローブに身を包んだ怪しげな魔術師はその闇の下でにやりと笑った。





元アクスウォード王女エノラは、魔族国内部の最大規模の図書館を訪れていた。

人間側にとって不都合な歴史や文化的記述を見つけることができ、エノラは非常に有意義な時間をここで過ごしている。クィルやギーゼラも、仲間の多いここで過ごすことで肩の力も抜けているようである。

家族が真で気落ちしていたギーゼラも、完全ではないが立ち直っている様子であり、エノラは安心していた。

そんなエノラが本を読んでいると、ふと影が差した。エノラが顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。青銀の鱗に覆われ、ぎょろりと開いた眼、それに耳から顎にかけて存在するえら。魔族国に棲む魚人の特徴である。エノラを見つめるその瞳は彼女を見極めようとしているようだ。筋肉に覆われたからだが、彼がただの街人ではなく、戦士であることを示している。


「何か用かい?」


エノラの問いに魚人は微動だにせず、エノラを見る。その黒い瞳を、探るように。

そして、しばらくして口を開いた。


「なるほど。クィルが惹かれるのもわかる。いい目をしている。強い意志を感じさせる」


そう言った青年は目を閉じ、軽く頭を下げた。


「我が名はリクター。魚人族の長、トライトンが息子。クィルとは友、と言って構わないであろう」


そう言った魚人族はエノラに手を差し出す。水かきのついた手も、武人のような手であった。


「よろしく。ところで、私に何か?」


「いいや、特に用はない。ただ、見ておこうと思ってな」


そう言ったリクターは腕を組む。


「嘘偽りを言って、他の物の目を欺いているならば、見極めようと思ったが・・・・・・・・・疑うようなことをしてすまないな」


そう言った魚人族にエノラは仕方ないさ、と肩を竦める。


「我らはきっといい友人になれるだろう」


「そう願いたいものだね」


そう言ったエノラにリクターはニヤリと笑うと踵を返し去っていった。

変わった人だな、と思ったエノラは手元の本に視線を戻した。




セウスとセラーナが異変に気付いた時には、周囲には多くの人間の兵士で溢れていた。遺跡の影からそれを覗く二人。


「一体何が始まるのかしら?」


セラーナがそう呟く。セウスはさあな、と返すが、大体の予想はつく。こういう時の予想はたいてい悪いもので、当たるのだ。


「人間が魔族を排除する、ということか」


兵士たちの会話からそれを掴んだセウスは、しかし、と呟いた。


「なぜ、この者たちの気配に私や君が気づけなかったのか?それに、こんな場所まで人間が来ているのに、魔族側に動きもみられないのは妙だ」


セウスは詳しく知らないが、魔術的な罠や何かでこの事態を知ることができるはずなのだ。なのに、魔族国に動きはない。杞憂だといいが、と言うセウスに、セラーナが何かを感じた様子であった。


「・・・・・・・・・・!兵士たちから、わずかに魔力を感じる。強い、闇の波動が・・・・・・」


「つまり?」


セウスが問うと、セラーナは小首を傾げ、片側に結った髪を撫でた。


「誰かがこの軍を動かしている」


「つまり、そのものはこれらの国の王や政府すらも従わせるだけの力を持つ、ということか」


セウスは手を顎に当て唸った。


「それだけの強力な力、魔神やそれに準ずるものしかできないはず」


基本的に人間に不干渉な魔神。だが、時折こういった野望に手を出す魔神がいる。セウス自身、そう言った手合いとは戦ったことがある。

目の前で、巨大な陰謀が繰り広げられていることが二人にはわかった。


「知らせねばなるまい」


セウスが言う。


「魔族国が気づいていないならば、知らせねば」


「もう、遅いかもしれないのに?」


セラーナの問いに、それでもだ、とセウスは返した。


「このような行為が赦されてなるものか。一方的な殺戮の果てにあるのは、栄光ではなく堕落だ」


セウスはそう言い切ると、セラーナを見る。厭なら来なくてもいい、と言う眼であった。だが、セラーナはふと笑うと、砂色の髪の青年を見る。


「あなたと一緒に行くわ。きっと、それは正しいことだから」


「・・・・・・・・・・・・そうか」


セウスとセラーナは軍が動きを止めている間に、闇に紛れ、魔術で身を隠しながら遺跡から抜け出し、森の奥に進む。

一秒でも早く知らせることができたならば、流れる血は少なくなるであろう。今のセウスにできることは、少ない。統べる王国もない騎士は、少女を腕に抱き、森の中を疾走する。




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