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魔法心理学科・渡良瀬ゼミの相談室 【第4話:魅了使いを底なし沼に沈める方法】

 

 ユロスちゃん 19歳

 精神操作・魅了魔法が使える。 ヤンキー。



 実験棟の五階__


 講義室の中から、女の子の悲鳴と凄まじい熱気が伝わってくる。


 講義室のドアを開けると、熱気の原因が分かった。


「そうよ!私は、シンに嫌われたくなかっただけ!」


「私を見てほしかっただけなのーー!」


 何かもめているらしい。


 女の子が弱々しく立ち上がると、連れの男と共に講義室を後にした。


 すれ違いざま、男と一瞬だけ目が合い、俺はそいつの後姿を目で追った。


「遅いぞ……何をしていた?」


「君は確か……」


「ユロスっす。教授ぅ……何回目ですか?いい加減覚えて下さいよ」


 状況が飲み込めない。


 ミノちゃんは、真っ赤な顔で丸くなって蹲っている。


 次女のねーちゃんは、オロオロと彼方此方をみている。


 教授がパンッ!と手を叩くと、周りの空気が一変した。


「邪魔が入ったが、講義を続ける」




 講義は昼過ぎに終わりを告げ、教授は俺を呼び止める。


「君の着眼点は面白い、解析がはかどる」


「っす!」


 この教授には、俺の精神操作(魅了)は効かない。


 本当に何を考えているのか分からない人だ。


 ただ、変にチヤホヤされない分、この講義は居心地が良かった。


 講義の後、次女のねーちゃんが俺を昼食に誘ってきた。


「いいっすよ」


 二つ返事で返した。


 フードを頭からかぶり、サングラス、マスクに猫背。 それでもキャンパス内を歩けば、鬱陶しい声が飛んでくる。


『好きです』『友達になってくれ』『何でも言うこと聞くから』


 そんな雑音が耳に入るたびに「黙れ!」と追い払う。


 殴られても、蹴られても、あいつらはうっとりした顔で笑っていた。


(どいつもこいつも、俺の力に支配されているだけだ。気味が悪い……おかしくなりそうだ)


 食堂で昼食を取りながら、ねーちゃんと他愛もない話をした。


 彼女は、今日の実験室での出来事を話してくれた。


(この子も、単に俺の魅了魔法に逆らえないだけか……)


 だが聞けば、その渡良瀬とかいう先生は、激怒したミノちゃんの攻撃を無傷で受け止めたらしい。


 にわかには信じられなかった。


 同時に興味も湧いた。どんな男なのか見てみたくなった。


「あのね……ユロス君、私も渡良瀬先生の話を聞いてみたいの」


「先輩、何か悩み事っすか?」


 椅子に肘をかけながら、話を聞いてみる。


「うん……少しね」


「それでね、一緒に行ってほしいんだけど……」


「俺っすか?なんで?」


「……忙しいのなら良いの……」


 ねーちゃんはそう言うと、肩をすぼめて俯いてしまった。


「……明日の昼なら良いっすよ。夜からバイトなんで」


 そう言うと、ねーちゃんはホッとしたように嬉しく笑った。


(そうせこの娘も、みんなと同じ……)



 翌日。


 柔らかな風が、芝生を軽やかに揺らす。


 庭先のハーブが小さな花を咲かせ、ゆらゆらと揺れている。


 相談室のドアの前に立ち、ノックする。


 中から男性の声が聞こえ、俺たちは中に入る。


 ねーちゃんはどこか入りづらそうだ。


「こんにちは、どうぞおかけ下さい」


「良い紅茶が入りましてね。いかがですか?」


「俺はアイスで。ミルクも入れて」


「私はホットでお願いします」


 彼はそう言うと、要望通りの紅茶を出してくれた。


「さて、今日はどうされましたか?」


 彼に促されると、ねーちゃんが俯きながら小さく語りかけた。


「私……好きな人がいて、どうやっても信じてもらえないんです……」


「こんな大きな女の子が、隣にいたら迷惑ですよね……」


 正直驚いた。彼女はミノタウロスの女の子だ。


 俺より身長は高いし、魔力もある。


 顔だって可愛い。


(へえ……こんなデカくて強い先輩でも、そんなことで悩むんだな)


 好きな男がどんな奴か、少し気になった。


 渡良瀬先生と目が合った。


(……良し、かかった。これで俺には逆らえない)


「先生、俺も気になる。聞いてみてよ」


 俺が魅了を込めてそう命じると——なぜか、ねーちゃんの方が喋りだした。


「その人は、かっこよくて、優しくて、それで……」


「寂しい人なんです……」


(な……なんだ!? なんでねーちゃんが喋りだすんだ!?)


 わけが分からなかった。


 何かを思い出したかのように、渡良瀬先生は立ち上がった。


「少し外へ出ませんか? 近くを散歩しながら話し合いましょう」




 部屋を出てどれくらい歩いただろう。


 気が付くとそこには、広大な草原が広がっていた。


 ここは魔法の実習場で、俺も来たことがない場所だった。


 遠くからは雷鳴が轟き、視界の端では巨大な竜巻が巻き起こっている。


「この辺で良いでしょう」


「彼女は、少し目を瞑ってもらえますか」


 そう言うと、ねーちゃんは素直に目を瞑った。


 その瞬間——目の前が真っ白になった。閃光魔法だ!


(しまっ……完全に油断した!)


 俺が目を伏せ、顔をそらした瞬間に、足元がズブズブと底なしの沼に変わり、腰のあたりまで飲み込まれていた。


「てめぇ! 何しやがる! さっさと出せ!」


 その間にも、ゴボゴボと俺の身体が少しずつ沼の中に吸い込まれていく。


 男はあざ笑うかのように、俺の目の前にしゃがみこんできた。


「ほらほら、もう少しで胸まで沈むよーー」


 彼は胸ポケットから、メモとペンを取り出す。


(こいつ……こんな状況でメモを取ってやがる……なんなんだコイツは)


 彼は大きく深呼吸をすると、冷ややかな声で告げた。


「君は魅了魔法を使うようだけど、僕には効かないよ」


「そうやって人を魅了し、自分の殻に閉じこもっているだけじゃないか」


「お前なんかに何が分かる!」


「分からないさ、人の気持ちなんて」


「君は本気で人を好きになったことなんてないだろ?」


「好きと言われる自分に、酔っていただけだろ?」


「黙れ!」


「そんなお子様には、泥遊びがお似合いだね」


 泥が肩まで沈み、もはや片手しか上げられない。


 沈みゆく視界の中で——何か大きな物体が、渡良瀬先生をドスッと突き飛ばす姿が見えた。


 同時に、凄まじい力で腕を掴まれ、そのまま沼から強引に引きずり出された。


 ドサッと倒れ込んだ俺は、柔らかく、大きな体に強く抱きしめられていた。


「よかった……間に合って……よかった……!」


 俺を抱きかかえていたのは、泥だらけになったねーちゃんの体だった。


 突き飛ばされた渡良瀬先生は、服を払いながらゆっくりとねーちゃんの前に現れた。


「どうして……どうしてこんな酷いことをするんですか!」


「絶対に許さない!」


 ねーちゃんの目には、涙と激しい怒りが宿っていた。


(なんで……なんで俺なんかを助けるんだ……?)


 俺の魅了魔法にかかっているからじゃない。それなのに……。


 呆然とする俺に、彼女は涙ながらに、しゃがれた声で教えてくれた。


「ミノタウロスはね……精神支配や魅了は通じないの……」


(え……?)


 最初から、魅了なんて効いていなかった。


 彼女は魔法のせいなんかじゃなく、自分の意志で、俺と一緒にいてくれたのだ。


 渡良瀬先生は、涙を流す彼女の前に立った。


「好きな人を助けられて、良かったね」


「君も、ようやく素直になれた」


「お姉さんは優秀だ。妹も才能がある」


「……自分には何もないと、思っていたでしょ?」


「どこか、二人に遠慮している。違うかい?」


 彼女は彼から目をそらす。


「君は十分、人を助けられる勇気を持っている」


「もっと自分に自信を持っていい」


「悩みがあるなら、彼に相談すればいい」


「きっと、解決できると思うよ」


 ねーちゃんは静かに泣いていた。 そして俺の目からも、なぜか涙があふれて止まらなかった。


「……ありがとう……ごめん……」


 俺は鼻をすすりながら、初めて彼女の名前を呼んだ。


「さぁ、戻ろうか。服も洗わないとね」


 そう言うと、先生は歩き出した。


 俺たちはしっかりと手を繋ぎ、彼の後ろを追った。




 その夜


 精神支配と魅了魔法の自己否定及び、ミノタウロスの緊急時における内面の変化とその考察。 


 外傷・左腕骨折


「痛かったけど、二つもデータがそろった。いいぞ!」


 包帯を巻いた腕を押さえながら渡良瀬が呟くと、ドアがノックされた。


「どうぞ」


 学生が一人、入ってくる。


「渡良瀬先生。学長がお呼びです」


「わかりました」


 学長室へ向かい、学長に挨拶する。


「渡良瀬君。君のゼミは、今月で閉鎖する」






次回【第5話:完全無欠の才女の壊し方】最終話。です。


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