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魔法心理学科・渡良瀬ゼミの相談室 【第5話:完全無欠の才女の壊し方】最終話

 


 ペルディちゃん 21歳

 全てがの魔法使えるオールラウンダー 優等生



 窓ガラスを伝う雨の雫が、まるで小さな川のように流れ、外の世界をぼんやりと歪ませている。


 大学の長い廊下を歩く。左足が地面につくたび、重たい鎖を引いているような抵抗感が走った。


 左腕は硬いギプスに覆われ、治癒魔法陣が時折、淡い光を放っている。


 重い足取りで歩いた先に、行く手を阻むように重厚なドアが立ちはだかる。


 ドアをノックすると、中から華奢でどこか重みのある声が聞こえた。


「学長、お久しぶりです」


「久しぶりだな、渡良瀬君。掛けたまえ」


 そう言うと学長は、背もたれの長い椅子に着席するよう促す。


 年代物のアンティークチェアは、どこか懐かしさを覚える作りだ。


 学長室には、一切の光は無く窓には厚いカーテンで閉め切られており、薄暗い年代物のシャンデリアが、ぼんやりとあるだけだった。


「酷い目に遭ったそうだな」


「えぇ。少しだけ驚きました」


「ミノタウロスの突撃を受け、無事なのは奇跡だ……」


 学長が背もたれに体を預けると、古びた木枠が「ギシッ」と低く唸り、深いため息が落ちた。


「君の研究は興味深い。だが学生から多数の苦情を受けている。これ以上、被害を出すわけにはいかない」


「よって、君のゼミを閉鎖する」


 学長の縦長の瞳が、闇の中で淡く光を放つ。


「僕のカウンセリングでは、一人の怪我人も出していません。


「相談に来る学生たちも、皆楽しそうですよ」


「……」


「私はバンパイアだ」


「人間の心理などは理解できん。……だが君は優秀だ」


「私の助手になれ。助教授にも推薦してやろう」


「ゼミも他の者に任せればいい」


 学長が右手を上げると、陰に隠れていた学生がブランデーを用意する。


「君のゼミは、何故か学生たちには評判のようだ……依存している者もいるようだな」


 僕は左腕の痛みに耐えながら、学長を見据えた。


「……僕から研究を取り上げ、学長の研究補佐をしろと?」


「苦情は、カウンセリングに対してではない。『ゼミを閉鎖するな』と言ってきているのだ」


「私の助手と学生たちで揉めている」


「……」


「一週間後に答えを聞こう。考えておきたまえ」


 空になったグラスを残し、学長は闇の中へ消えていった。



 翌朝__


 足音も靄が音を吸い込むのか、静かに遠のいていく……


 世界が深い霧の中に沈んでいるようだった。


 一ヶ月前、大きな爆発事故に巻き込まれ、記憶を失った。


 魔法実験の暴走によるものと説明を受けたが、記憶はおぼろげだ。


 気が付くと、私は小さなドアの前に立っていた。


 ノックしてドアをくぐると、大きなギプスをはめた華奢な男性が笑顔で迎えてくれた。


「やぁ、久しぶりだね。君から訪ねて来るとは驚きだよ」


 男性は朝食の途中だったのか、温かいパンとコーヒーを出してくれた。


「朝早くからすまない……私はペルディと言う」


「少し話を聞いて欲しい」


 男性は黙って頷き、パンをちぎって口にする。


「私は魔法が使えない。いや……使えなくなったと言っていい。事故以来、記憶がないのだ」


「だが……君の顔には見覚えがある」


「なぜかは分からないが……」


 私はコーヒーを冷ましながら、口にする。


「事故以来、私は生きている実感すら失ってしまった気がする」


「抽象的ですまない……記憶が戻らなければ、どうなってしまうのか不安なのだ」


(どうして初対面の男に、こんな惨めな悩みを打ち明けているんだ……不思議だ)


 彼は短く頷くと、私の目を見つめた。


「分かりました。一緒に考えましょう」


「でも、今日はこれからカウンセリングがありますので、明日の午後にもう一度お越しいただけますか?」


「……わかった。明日の午後、もう一度来させてもらう」


 そう言うと、私はカウンセリング室をあとにした。



 約束の午後、私は再びドアをノックした。


 優しくドアが開かれ、彼が出迎えてくれる。


 部屋に入ると、彼と全く同じ姿の男性がもう一人立っていた。


 一瞬目を疑ったが、すぐに直感した。ドアを開けた方が偽物だと。


「悪い冗談は止めてくれないか? 」


「私は遊びに来たのではない」


 そう言うと渡良瀬は嬉しそうに肩紐を解き、魔法陣でギプスを外した。


 ゴトッと鈍い音が部屋に響き渡る。


「いやぁ、さすがペルディ君だ!」


「彼女の幻術は完璧だったはずだよ」


「どうして分かったんだい?」


(バカにされている?……魔法を失った私を、笑っているのか……?)


 無性に腹が立った。


「彼女の幻術は完璧だ。細部まで再現されている」


 私は幻術使いの腰に手を伸ばし、無理やり引き寄せると、首筋に甘い息を吹きかけながら渡良瀬に冷たい視線を送った。


「きゃ!」


 女の子が短い悲鳴を上げ、幻術を解除する。


「だけどね、男と女では決定的な違いがある」


「感性だよ。君にも分かっているはずだ」


 なぜそんな言葉が出たのか、自分でも分からなかった。


 パチパチと、渡良瀬のぎこちない拍手が響く。


「いいね! 凄くいい!」


「ここでは狭い、外を歩きながら話そうか」



 私を庭先に誘い出すと、幼さが残る治癒師らしき男性の姿があった。


  先ほどの幻術使い(エンデ)が、彼の元へ駆け寄っていく。


「エンデ、彼女は誰なの?」


「彼女は魔法大学の才女、ペルディ。私の憧れの先輩なのーー」


 嬉しそうなエンデに対し、治癒師のシンは不機嫌そうに渡良瀬を睨みつけている。


 キャンパスの中庭に出ると、前を歩いていた渡良瀬が足を止めた。


「この辺で良いかな。エンデ君、はじめようか!」


 振り向くと、エンデが私と同じ姿に変身した。


 行き交う学生たちが立ち止まり、視線を向けてくる。


 シンが渡良瀬へ詰め寄るのが見えた。


「先生、エンデに何をさせようとしているんですか?」


「ん? ちょっとしたショック療法だよ。エンデには『魔法の再現性を見て貰う』と嘘を吐いてある」


 シンは眉をひそめ、渡良瀬を軽蔑するように見つめている。




 その直後——私の頭上に魔法陣が形成された。


 耳を切り裂く爆音と共に、激しい落雷が私を直撃する。


「ぐああぁぁっ!?」


 全身の力が抜け、膝から崩れ落ちる。


 周囲の悲鳴。


 衝撃を受けた瞬間、途絶えていた記憶の断片が一気に脳裏を駆け巡った——。



「本日は古代魔法を応用した、新たな魔法を発表いたします」


 夕暮れ時、渡良瀬と私は学長の前にいた。


「始めてくれ」


 巨大な魔法陣が地上に形成され、幻想的に照らし出す。


 私が詠唱を唱え、渡良瀬が補助魔法を展開する。


 だが、光の柱は異常な振動を起こし、地響きと共に肥大化していった。


(馬鹿な……魔法陣は完璧のはず……!)


「渡良瀬!制御を手伝え!」


 しかし渡良瀬は、遥か遠くに一人で結界を張り、退避していた。


「これ以上やると、暴走するよーー」


「黙れ! 私は完璧だ!!」


 その瞬間、陣が決壊し、視界が白い光に包まれた……




「ペルディーー! あと二回ぐらいで、もう一度病院に逆戻りだぞ! 」


「見世物になるのは嫌だろーー?」


 渡良瀬の煽るような声が響く。


 頭上に展開された陣から、追い打ちの雷撃が迫る。


 二度目の直撃。


 三度目の直撃が来る直前——


 私は震える手で瞬時に魔法陣を展開し、雷撃を打ち消した。


(思い……出した……!渡良瀬……お前だけは……)


 息が出来ない、足が震える。


 だが、ここで無様に倒れるわけには行かない!


 私は震える足を支えながら、立ち上がった。


「エンデには、手を抜かないように説明してたのに、大したものだね」


 あざ笑うかのように、彼は近づいてくる。


「魔法が使えなくなって、自分が分からなくなるとは、才女も落ちたものだね」


「どうだい?生きている実感は沸いたかな?」


「貴様……貴様のせいで実験は……」


 呼吸がままならない……


「あぁ、あの陣は失敗だよ。気付かなかったのかい?」


「僕が止めたにも拘らず、君が強行するから……」


 彼の胸元を鷲掴みにし、


「貴様……ぬけぬけとよくも!」


 渡良瀬は、私の手を掴みゆっくりと振りほどく。


 震える私をゆっくりと見据えながら、


「自分に自信があり過ぎるのも問題だね」


「少しは、失敗も学ばなきゃ、生きていてもつまらないよ」


「もう少し、肩の力を抜いて生きてみなよ」


 激しい怒りと、悔しさが込み上げてくる。


「お前には負けない……!」


「何が有っても叩き潰す!」


 気が付くと、足元には治癒魔法が掛けられていた。


 治癒師と幻術使いが申し訳なさそうに寄ってくる。


「先輩……ごめんなさい……私……」


「詰めが甘い!模倣するなら、完璧に模倣しろ!」


 彼女は委縮したかのように、肩をすぼめる。


「素質は良い……次は私を一撃で沈めてみせろ」


 そう言うと、私は何故か微笑みかけていた。


「あと、治癒師!」


「っ……はい!」


 治癒師が慌てて背筋を伸ばす。


「陣の展開が遅い!もっと周りを見て状況を把握しろ!」


「治癒師は一瞬の判断が、生死を分ける!覚えておけ!」


 息が上がるが、痛みは無い。優秀な治癒師だ。


 渡良瀬は僕を見つめ、不敵に笑った


「ペルディ、僕を恨んでも良い、生きる理由ができたのならね」


 私は髪をかき上げると、鼻で笑いその場を後にした。




 五日後。学長室。


「返事を聞こうか」


「学長、折角の申し出ですがお断りします」


「……理由を聞こう」


「この大学の生徒数は膨大です」


「僕に依存している生徒なんていませんよ」


「ただ……人手が足りないのは事実です」


 渡良瀬は不敵に微笑む。


「僕にカウンセリングの講師をさせて下さい」


「各学科に僕のような存在がいれば、退学者が出なくて済む」


「助教授になるのは、それからでも遅くないでしょう?」


「……」


「学長にとっては、一瞬の出来事でしょうけどね」


 学長は、しばらく渡良瀬を見つめた後、くくっと低く笑った。


「……面白い男だ。いいだろう、好きにしたまえ」


 学長は闇の中へ音もなく消えていった。




 その夜。


『完全者における自己否定、及びトラウマ起因による魔力不全の臨床考察』


「よし、論文完成っと」




最後までご覧頂き、有難うございました。

また、お会いしましょう。

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