魔法心理学科・渡良瀬ゼミの相談室 【第2話:溺れかけた治癒魔法師の使い方】
シンちゃん 20歳
医療系治癒魔法科 おとなしい。
__大学の本館 教授室
穏やかな雨上がりの朝。
鳥たちが小さな鳴き声と共に飛んでいく。
男はタバコを吹かしながら、窓際に肘をつき、朝の陽ざしを楽しんでいた。
ドアがノックされ、大柄な女性が入ってくる。
「教授、おはようございます」
「あぁ、おはよう。今日はいい天気だね」
男は振り返ることなく、あくびをしながら返事をする。
「教授、本日の実験ですが__」
隣接する建物の庭を見ると、男と長身の女の子の姿があった。 男が何かを叫ぶ声が聞こえた。その瞬間——
辺りを切り裂くように、凄まじい雄たけびが聞こえる。
後ろの大きな体の女性が、上半身を窓から乗り出しながら、私に警告するように語りかける。
「あの子、何してるの……教授、止めて下さい!彼が危険です!」
「んーーあぁ、大丈夫だよ。彼は私の弟だからね」
「しかし、あの子、本気で怒ると私でも止められません」
私の隣にいる子は、雄たけびを上げている彼女の姉であり、私の助手だ。
「うん。ミノちゃんは優秀だからね」
「そうではなく……」
「まぁ、見ててごらんよ」
太陽の光は柔らかく、雲の流れもゆっくりと感じられる。
庭先のハーブに水を撒くと、七色の虹が小さく浮かぶ。
後ろから、芝を踏みしめる微かな足音が聞こえる。 振り返ると、大きなカバンを肩から掛け、膝まであるコートを身にまとった男性が目に入る。
「……あの……カウンセリング室は、ここでしょうか?」
「えぇ。ここで大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」
木製の扉を開け、男性を中へと招き入れる。 簡素な木製のテーブルと、丸椅子が対面で二脚ずつ並べられている。
「紅茶で良いですか?」
「ありがとうございます。出来ればお砂糖を……」
「分かりました」
淹れたての紅茶が、男性の前に置かれる。 彼はカップから立ち上る湯気を見ながら、こう続けた。
「僕は、治癒魔法を専攻している、シンと言います」
「講義で怪我をした生徒を、治療したりしています」
「最初は、怪我が治り元気に姿を見るのが嬉しかった」
「でも今は……」
(傷口を塞ぐたび、その痛みが自分の身体に流れ込んでくるみたいだ。誰かが苦しんでいるのを放置なんてできない。でも、治せば治すほど、自分が削られていく——)
紅茶に砂糖を入れながら、かき回す手が止まる。 一口飲むと、彼はこう続けた。
「傷を負った生徒が苦しそうにしている姿が、自分のことのように感じられて……」
「お辛いですね」
「えぇ……僕はどうしたら……」
彼はそう言うと、目を伏せ肩を震わせていた。
「今日はいい天気です。少し外を散歩しませんか?」
「え? 外ですか?」
僕は立ち上がり、彼の横を通り過ぎて玄関を開ける。
「さぁ、行きましょう」
彼の目は不安そうに、僕を見つめる。
外へ出ると、先ほどとは打って変わり、空はどんよりと雲が立ち込めていた。
「この時期は天候が変わりやすいですからね。近くにしましょう」
歩き出す僕の後ろを、彼はトボトボと付いてくる。
「ここが良いですね」
僕が向かった先は、大学内にある巨大な人造湖だ。
そこでは水魔法の実習が毎日のように行われ、螺旋を描いた水柱や水で出来た球体がいくつも浮遊している。
「さて、始めますか」
「何を?……うわぁ!」
彼の身体が浮き上がり、浮遊魔法で水柱の方へ放り投げる。
水柱に巻き込まれ、彼の身体が宙に舞う。 近くにいた講師が、慌てて陣を解除する。
彼は再び、ドボンと大きな音を立てて湖に叩きつけられる。
(な、なんで……!? 冷たい……息が、できない……っ!)
僕は肩を掴まれ、力一杯引っ張られた。
「お前は、何を考えている!」
講師が怒り狂った表情で僕をにらみつける。
近くにいた生徒も顔が引きつっている。
「ひでぇ……」
「最低だ……」
生徒たちの声が聞こえてくる。
「先生、これはカウンセリングの一環なので、お気になさらずに」
「ふざけるな! 何がカウンセリングだ!」
僕は構わず、バシャバシャと頭だけになった彼に、こう言い放つ。
「さっさと上がってこないと、本当に溺れるぞーー!」
「他人より、自分が大事だろ?」
胸ポケットから、メモとペンを取り出す。
彼は水面をもがきながら、怒りに満ちた目で僕を睨みつける。
「待ってろ! すぐに助け……」
助けに行こうとする講師を腕で静止する。
「得意な治癒魔法で、自分を回復させたらどうだ――?」
彼は必死になって泳いでくる。その目は殺気立っていた。
(こんなところで、死んでたまるか……!僕はもっと……)
ゲホゲホと荒い息を吐きながら、湖から這い上がってくる。
僕が手を伸ばすと、藁にもすがる思いで僕の手を取る。
ゼェゼェと手を膝に着け、呼吸を整えている。
「どうだい? 溺れかけた感想は?」
「必死でもがいただろ? 生きたいと思っただろ?」
彼は足元に魔法陣を描き、自分を治療している。
(くそ!こいつ……狂ってる……)
「ふざけるな!」
「何がカウンセリングだ! 溺れかけるところだったじゃないか!」
今にも殴りかかりそうな勢いだった。
「もし、他に溺れている子がいたらどうするんだい?」
「僕がもう一人湖に投げ込んで溺れていたら、君ならどうする?」
一瞬の間があり、彼は目をそらした。
「そんなの助けるに決まってるじゃないか」
「本当に? 本当に自分を犠牲にしてまで助けるのかい?」
彼は目をそらし、拳を握りしめていた。
「この世界は理不尽なことで満ちている」
「大型の魔獣や自然災害、全員を助けられるわけじゃない」
「それなのに君は、生きようとしている」
「何故だい?」
彼は僕の目をまっすぐ見据えた。
「分からない……分からないけど」
「そんなの、水掛け論じゃないか!」
彼は回復が終わったのか、落ち着きを取り戻す。
「君は優しい……その優しさに、みんな頼ろうとする」
「そんなのは治癒魔法じゃない」
「身を切り裂く、剣士じゃないか」
彼は目を伏せながら、僕の言葉に反応する。
「他人を助ける事は、自分を助ける事だ」
「そのために、治癒魔法を勉強してるんだろ?」
「もう君は、自分を傷つけなくていい……」
彼は小さくうなずき、目を合わせた。
「さぁ、部屋に戻ろう。服も乾かさないとね」
釈然としない彼にそう言うと、僕は歩き出した。 彼も後ろから付いてくるのが分かった。
(こんな僕でも、人が救えるのか……?わからない……でも今は……)
その夜。
『治癒魔法師による、自己嫌悪と自己救済の過程における、心理的内面の変化』
「少し長いけど、これでよしっと」
次回【第3話:逆さ吊りにされた恋心】です。




