魔法心理学科・渡良瀬ゼミの相談室 〜煽って、壊して、救い出す型破りな心理療法〜
今回の物語は、魔法専門の心理カウンセラーのお話です。
今日は、どんな相談が舞い込んで来るのでしょう?
ぜひ、最後までお楽しみください。
「この、デカ女! 実験の失敗ばかりしてんじゃねーぞ!」
爆音と共に、超強力な爆炎魔法が僕の目の前で炸炸する。
襲いかかってくるのは、この大学を代表する炎の魔術師——ミノタウロスの女性だ。
僕は結界魔法の陰で、冷静にメモ帳とペンを取り出した。
——さかのぼること、数時間前。
ふわりと揺れるカーテンの隙間から、暖かい風が頬をなでる。
大学にある、実験棟の裏にひっそりと建つ別館にそれはあった。
簡素なつくりでありながら、どこか物悲しい雰囲気を醸し出している。
テーブルには、入れたてのコーヒーが、カタカタと音を鳴らしながら揺れている。
ドアがゆっくりと開き、頭を下げながら入ってくる影があった。
僕は顔を上げ、彼女を見上げる。
「あの……カウンセリング室は、ここで有ってますか……?」
「合ってますよ」
「どうぞお掛けくだ……もっと大きな椅子が必要ですね」
「いえ……大丈夫です」
彼女はそう言うと、人間サイズに設計された椅子に、ちょこんと座る。
彼女は、この大学を代表する、炎の魔術師ミノタウロスの女性だ。
その姿とは裏腹に、彼女は高い魔力と学力を兼ね備える、三姉妹の末っ子だ。
「いま、お茶を入れますね」
「美味しいハーブティーが有りますので、お口に合うかどうか」
彼女が上目遣いに、つぶらな瞳で見つめてくる。
「有難うございます、お構いなく……」
そう言うと、ガラスの容器にハーブを入れ、お湯を注ぐ。
砂時計と共に、テーブルに静かに置く。
「……あの」
「私には、お姉様が二人いまして、大学の研究室に所属しています」
そう彼女は、ぽつりぽつりと語り始めた。
「隣の実験棟のところですね?」
「そうなんです、けど……」
砂時計が落ち切り、彼女がガラスの容器に手をかける。 指先で取っ手をつまみ、口に運ぶ。
耐熱性のガラスがカタカタと揺れ始め、ハーブティーが沸騰し始める。
「きゃ!」
短い悲鳴をあげ、グラスをテーブルに置く。
「ごめんなさい、私、感情が上手く制御できなくて、炎が暴走するんです」
「体が大きいのに、繊細な魔法の調整が苦手で……いつもこうなんです」
「お姉様とは、大違い……」
そう言うと、彼女は耳を下げ、申し訳なさそうに俯いた。
少し前に、実験棟で大きな爆発があったようだ。
実験の責任者であり、彼女の姉が「実験には失敗がつきものだ。文句を言うな!」と強引に事件をうやむやにしてしまったらしい。
「このままじゃ、私、お姉様たちの足手まといになってしまいます……」
「どうしたら良いでしょう……?」
僕はゆっくりと立ち上がり、彼女を見上げ微笑みかける。
「少し、あなたを見たい。外へ出ませんか?」
そう言うと、彼女を引き連れ、外へ出た。
「少し、失礼な事を言いますが、カウンセリングには必要なことですので、お気を悪くしないようにお願いします」
朝まで降り続いた雨はやみ、雲の間から暖かい日差しがさしこむ。
葉先から、雫が落ちる。
「あの……わたしは何をすれば?」
「僕が声を掛けるまで、そこにいて下さい」
彼女と十分な距離を取り、彼女を見上げる。
怒りを抑え込んでいる彼女には、あえて感情を引き出す必要がある。
失敗したら死ぬほど嫌われる方法だけどね。
僕はゆっくりと、息を吸い彼女に向けて、出来るだけ大きく声を上げる。
「この、デカ女!実験の失敗ばかりしてんじゃねーぞ!」
「だから、男にも相手されねーんだよ!」
彼女は身を震わせ、息遣いが激しくなる。
すると、彼女は両手を広げ、凄まじい雄たけびを上げ、その目からは殺気が感じられる。
近くにいた学生たちが、一斉に振り返る。
逃げていく学生もいる様だ。
「お、おい……渡良瀬先生、何やってるんだ?」
「また始まった……。」
「止めろ! 本気で殺されるぞ!」
学生たちの、ざわめきが聞こえてくる。
彼女は、両手を広げ、片手ずつに魔法陣と胸のあたりに巨大な魔法陣が展開される。
大学内でも使用が禁止されている、超強力な爆炎型の魔法陣だ。
雄たけびを上げながら容赦なく、彼女から爆炎魔法が繰り出される。
僕は、結界魔法を展開させ、胸ポケットからメモ帳とペンを取り出す。
爆炎魔法が僕の目の前で炸裂する。
辺りには、凄まじい爆音とともに、草木の雨水を蒸発させる。
もう一押ししてみるか。
「怒ってる顔も、かわいいね」
「どうかな?姉さんに追いつけなかった気分は?」
彼女の踏み出した、足元には芝生が深くえぐれている。
猛スピードで、僕に突進してくる。
彼女の右腕が、大きく円を描き、僕にダウンブローの一撃を加えて来る。
だが、魔法陣が邪魔をし、会心の一撃も僕には届かない。
「ほらほら、もっと力入れないと僕には届かないよ」
彼女は怒り狂ったように、連続で殴りかかってくる。
繰り出される衝撃波で、草木が左右に大きく激しく揺れる。
僕はその場から動かず、彼女の行動をメモ帳に記録する。
目だけを彼女に合わせ、笑みを浮かべながら、こう言い放つ。
「本当は、お姉さんに、認めてほしかったたんだろ?」
「素直になれよ!」
怒りに我を忘れている。
視線が合っていない。
少しずつ怒りが収まってきたのだろう、パンチ力が落ちてきている。
「そうよ!私は、お荷物なんかじゃない!」
「私だって一生懸命やってるのにーー!」
最後の一撃で、僕の結界魔法は砕けた。
辺りは静まり返り、そよそよと芝が揺れる。
彼女はそのままへたり込み、涙を浮かべていた。
遠くから、学生たちのざわめきが聞こえる。
「やっと素直になれたね」
「君は、怒りを我慢しすぎて、いい子になろうとしている」
「そんなことしなくて良いんだよ」
「泣いたり、笑ったり、ありのままの自分を受け入れてもいいんだ」
「そのほうが、君らしいし、かわいいと思うよ」
彼女は、潤んだ瞳で僕を見つめてくる。
「ほんとうに、そうなの?こんな私でも?」
「そうさ、もっと自分を出していい。みんなも助けてくれる」
「君には、優しいお姉さんがいるじゃないか」
「うん……」
僕は彼女の頭を少し撫でながら、目を見つめる。
「酷いこと言って、ごめんね」
彼女は首を振りながら、僕の小さな手を握る。
「私もやり過ぎちゃった……」
「さあ、戻ろうか。ハーブティー入れ直すよ!」
彼女は立ち上がり、僕の後ろをゆっくりと付いてくる。
その夜。
ミノタウロスにおける、感情のプロセス及び論理的思考の考察
「うん。良い論文が出来そうだ」
次回【第2話:溺れかけた治癒魔法師の使い方】です。




