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第31話:12歳の代官様と、領地の一部委任

あの建国記念夜会での鮮烈な社交界デビューから、あっという間に二年の歳月が流れた。

死亡フラグを叩き割り、前世の事務スキルをフル稼働させて公爵家のブラックな労働環境をホワイト化してきた私も、無事に12歳。


姿見に映る自分の姿は、少しだけ背が伸びて、少女から大人の女性へと向かう『傾国』の美貌にさらに磨きがかかっていた。

……が、中身は相変わらず「残業は敵」「定時退社こそ至高」を掲げる、元・30代派遣社員のままである。


「ルル。今日からお前に、我が領地の『東部商業都市』の運営を全て任せようと思う」


執務室。

いつものように赤リボン案件(特急決済書類)を爆速で処理していた私に、父・ディートリヒが唐突にそう告げた。


「東部商業都市の、運営……私が代官になるということですか?」


私が持っていた羽根ペンを止めると、お父様は深く頷いた。


「そうだ。この二年間、お前が公爵家の内政をどれほど完璧に回してきたか、私は一番近くで見てきた。お前のその卓越した処理能力と先見の明は、もはや私や文官長を凌駕している」


お父様は立ち上がり、私の小さな頭を優しく撫でた。


「もちろん、12歳の子供に一つの都市を丸ごと背負わせるなど、本来なら父親として絶対にやりたくない。……だが、お前はすでに私の保護下にあるだけの『庇われる子供』ではない。自らの手で未来を切り拓く、立派な公爵家の跡取りだ。違うか?」

「お父様……」


アメジストの瞳が、真っ直ぐに私を見据えている。

その顔は「娘を溺愛する親バカ」ではなく、領民の命を預かる「公爵家当主」としての真剣な表情だった。


「はい。謹んで、お受けいたします」


私は立ち上がり、スカートの裾を掴んで優雅なカーテシー(お辞儀)をして見せた。


(ついに来たわね、一つの街の完全プロデュース権!)


私は内心でガッツポーズをした。

これまでも公爵家の内政には深く関わってきたが、あくまで「お父様の補佐」という立場だった。しかし、代官として全権を委任されたのなら話は別だ。

自分の裁量で、街の予算を完全にコントロールできるのだ。


***


その日の午後。

東部商業都市を管理する文官たちを集めた大会議室で、私は就任の挨拶を行った。

集まった数十人の文官たちは、相手が12歳の少女であっても誰一人として侮るような目は向けていない。この二年間で、私がどれほどえげつない業務効率化(と容赦ない論破)を行ってきたか、彼らは骨の髄まで知っているからだ。


「皆さま、本日から東部商業都市の代官を務めることになりました、ルルーティアです。さっそくですが、今後の私の方針を発表します」


私は教壇に立ち、背後の黒板をトントンと叩いた。


「私が目指すのは、魔法やチートに頼った『一過性の利益』ではありません。地に足のついた、堅実で無理のない改革です」


文官たちが、ゴクリと息を呑む。


「奇抜な発明品で一攫千金を狙うような真似はしません。まずは、現代……いえ、最新の『複式簿記』を完全に導入し、都市の資金の流れをガラス張りにします。その上で、無駄な経費を徹底的に削減します」


私は前世の知識――特に、長期的な資産形成の要となる『インデックス投資』や『高配当ETF』の概念を、領地経営に応用しようと目論んでいた。


魔法で無理やり金鉱脈を探したり、得体の知れない魔道具を乱発したりするのは、いわばハイリスク・ハイリターンの投機ギャンブルだ。

そうではなく、毎月確実に入ってくる都市の税収という名の「配当金」を、ただ貯め込むのではなく、インフラ整備という名の「優良銘柄」にコツコツと『再投資』し続けるのだ。


「いいですか。短期的な利益を追ってはいけません。毎月浮いた余剰資金(経費削減分)を、道路の舗装や水路の整備に一定額ずつ再投資し続けるのです。そうすれば、インフラが整うことで物流が活発になり、結果的に翌月の税収(利益)がさらに増えます」


文官たちは、私の説明に目を丸くしながらも、必死にメモを取っている。


「増えた利益を、さらに再投資する。これを繰り返せば、最初は小さな利益でも、『複利』の力で雪だるま式に領地は成長していきます。これこそが、絶対に破綻しない長期安定型の経済システムです!」


「おおお……!」

「な、なんという緻密で堅実な計画……! 一か八かの賭けに出ずとも、都市が自然と豊かになっていくというのか!」

「さすがはルルーティアお嬢様! 知の女神の化身!!」


文官たちが、感極まったように一斉に立ち上がり、盛大な拍手を送ってきた。


(よしよし、掴みはオッケーね)


私は完璧な『営業スマイル』を浮かべながら、内心でほくそ笑んだ。

前世で個人的に構築していた、S&P500のような強固で右肩上がりの長期ポートフォリオ。それを、今度は「東部商業都市」という巨大なスケールで実践してやるのだ。


「さぁ、皆さま。残業ゼロ、かつ最高益を叩き出す、最強のホワイト都市を作り上げますわよ! ついてきなさい!」

「「「ははっ!! 一生ついて参ります、ルルーティア様!!」」」


こうして、12歳の新米代官(中身は三十代の堅実派)による、チート魔法に頼らない、極めて現代的で『無理のない』経済改革が、静かに、しかし確実に幕を開けたのだった。

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