第27話:公開論破と、皇帝の喝采
「第一に『関税割当制度』の導入。第二に『代替作物の作付けと灌漑支援』。そして第三に『ハブ・アンド・スポーク方式による物流の効率化』ですわ」
私が指を三本立てて告げた言葉に、大広間の貴族たちはポカンと口を開けた。
誰も聞いたことがない単語の羅列だったからだ。無理もない、これは私が前世のビジネス知識を異世界風に翻訳して名付けた、現代経済の基本システムなのだから。
「な、なんだそれは……? デタラメな単語を並べて誤魔化すつもりか!」
宰相アルベルトが額に汗を滲ませながら吠える。
「誤魔化してなどおりませんわ。順を追ってご説明いたしますね」
私は、プレゼン先のクライアントに企画書を説明する時のように、理路整然と、しかし誰もが理解できる言葉で語り始めた。
「まず第一の『関税割当制度』。宰相閣下は、輸入か否かのゼロか百かでしか考えておられません。ですが、答えは簡単。今回不足している『三割分』の小麦だけ、特別に関税を免除して輸入すればよいのです」
「なっ……三割分だけ、だと?」
「はい。市場全体で必要な量が満たされる『だけ』の小麦を入れるのです。そうすれば供給過多にならず、価格は暴落しません。国内の農家を守りつつ、国費も圧迫せずに食糧不足を解決できます」
(前世ではバターが不足した時によく国がやってた『特別輸入枠』の応用ね。供給量のコントロールなんて、メーカーの生産管理部なら常識よ)
「ば、馬鹿な! そんな都合よく輸入量を調整できるわけが……」
「できますわ。事前に国が商会に『輸入許可証』を発行し、その枠内でのみ免税とすればいいだけですから」
私がサラリと即答すると、宰相は言葉に詰まった。
「次に第二の『代替作物の作付けと灌漑支援』。南部の干ばつは今に始まったことではありません。ならば、小麦に固執せず、乾燥に強い『パポタ(※前世のジャガイモに似た作物)』への転作を国が補助金を出して進めるべきです。同時に、我がオルディス公爵家が誇る『ゼニス魔導工房』が開発した水路建設用の魔導具を貸し出しますわ。これなら、わずか一ヶ月で南部に巨大な水路が完成します」
「ま、魔導具で水路を……っ!?」
「そして最後。輸入した小麦の価格をどうやって平民の手に届くよう安く抑えるか。これには『物流網の効率化』が必須です」
私は、以前マルタたちと作り上げたシフト表の概念を、今回は国土全体に広げて説明した。
「帝都から各領地へバラバラに馬車を出して運ぶからコスト(運送費)がかかるのです。中継地点となる大きな街に一度大量の荷物を集め、そこから各村へ放射状に配送する……。この効率的な物流網を使えば、輸送コストはこれまでの半分以下に抑えられます。輸入関税が少し乗ったとしても、平民の食卓には今までと同じ価格でパンが届きますわ」
大広間は、完全な静寂に包まれていた。
反論の声は、誰一人として上がらない。
宰相が突きつけた「関税のジレンマ」「財政圧迫」「農家の暴動」という三つの難題。
それを、10歳の少女が「関税の調整(法律)」「代替品の投入とインフラ整備(技術)」「サプライチェーンの最適化(物流)」という、あまりにも完璧で多角的な視点から、わずか数分で鮮やかに解決してしまったのだ。
「あ、あ、ありえん……。このような高度な国政の策を、子供が……っ」
宰相アルベルトは、信じられないものを見る目で私を指差し、ワナワナと後ずさった。
「宰相閣下。私が申し上げたことの裏付けデータや試算表は、すべて我が公爵家の文官局が作成し、いつでも陛下にご提出できる状態に整えてございます。……お役に立てて、光栄ですわ」
私は最後に、完璧なカーテシーと共に、とどめの『営業スマイル』をアルベルトに突き刺した。
(どう? これが残業地獄と修羅場をくぐり抜けてきた、現代の事務職の論理武装よ)
「…………素晴らしい!!」
静寂を破ったのは、玉座の前に立つ皇帝の、割れんばかりの拍手だった。
「見事だ、ルルーティア嬢!! まさかこれほどまでの知見を持っていようとは! 関税の割当に、物流の効率化……! なぜ我々大人がその発想に至らなかったのかと恥じ入るばかりだ!!」
「へ、陛下……っ! しかし、これは公爵家が……」
「黙れアルベルト! 貴様は10歳の少女に知恵比べで完敗したのだ、これ以上見苦しい真似を晒すな!」
皇帝の一喝に、宰相アルベルトは顔を真っ青にして俯いた。
その瞬間、大広間を埋め尽くす貴族たちから、私に向けて雷鳴のような拍手と歓声が巻き起こった。
「す、すごい……! あんな完璧な策を即座に……!」
「なんという天才だ! オルディス公爵家には、知の女神が微笑んでいるぞ!!」
「ルルーティアお嬢様、万歳!!」
先ほどまで私を冷笑していた空気が、完全に『熱狂と崇拝』へと反転した。
そして、大階段の上から、誰よりも誇らしげな顔をした男が、マントを翻して駆け下りてきた。
「ルルゥゥゥゥッ!!」
「あ、お父様……きゃっ」
ディートリヒは私を抱き上げると、そのまま高い高いをするように大広間の中央で私を掲げた。
「ふははははは!! 見たか愚図ども!! これが私の娘だ!! 帝国一……いや、世界で一番賢くて、美しくて、可愛い私の天使だ!!」
「お、お父様、恥ずかしいから下ろして……」
「皇帝よ! この策を採用するなら、ルルに特大の勲章と、それに相応しい報酬(領地の拡大と特別免税特権)を用意しろよ!!」
皇帝に向かって堂々と要求を突きつける父に、皇帝も苦笑しながら「あぁ、約束しよう。オルディス公爵家の……いや、ルルーティア嬢の功績に報いると誓おう」と頷いた。
こうして。
私に恥をかかせるはずだった宰相アルベルトの悪辣な罠は、逆に「ルルーティア・フォン・オルディスこそが、帝国随一の神童である」という絶対的な名声を、社交界全体に知らしめる最高のお披露目の場として終わったのだった。




