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第26話:宰相アルベルトの悪辣な罠

「聡明なる公爵令嬢に、ぜひこの場で、帝国が抱える課題について意見を伺いたい! 前へ出よ、ルルーティア嬢!!」


何千人という貴族がひしめく大広間が、水を打ったように静まり返った。

皇帝の横で、宰相アルベルトが意地悪な笑みを浮かべて私を見下ろしている。その後ろで、父・ディートリヒが「あのクソジジイ、今すぐ首を物理的に飛ばしてやる」と全身から氷の殺気を吹き出させていたが、皇帝の御前であるためギリギリのところで踏み止まっていた。


「お嬢様……」

「ルルーティア様、オレがあいつの頭の上の空間、削りましょうか」


背後のギルバートとノアが物騒な提案をしてくるが、私は彼らを片手で制した。


「大丈夫よ。行ってくるわ」


私は背筋をピンと伸ばし、純白のドレスの裾を揺らしながら、大広間の中央——皇帝と宰相を見上げる位置まで、完璧な足取りで進み出た。

周囲の貴族たちは「あんな小さな子供に、国政の質問だなんて」「宰相閣下も大人げない」「いや、公爵の顔に泥を塗る絶好の機会だ」と、同情や嘲笑がないまぜになった視線を私に突き刺している。


「陛下、そして宰相閣下。オルディス公爵家長女、ルルーティアにございます。このような晴れがましい場でお言葉を賜り、光栄の極みに存じます」


私は、大階段の下で、完璧な臣下のカーテシーをとった。

そのあまりにも堂々とした美しい所作に、皇帝が「ほう」と感心したように髭を撫でる。


「うむ。面を上げよ、ルルーティア嬢。そなたの聡明さは、我が皇室の耳にも届いておる。今日は余興だ、そなたの『知恵』を少しばかり披露してはくれまいか」

「余興、でございますか」

「左様」


皇帝の言葉を引き継ぐように、宰相アルベルトが一歩前に出た。

細い目をさらに細め、獲物をいたぶる蛇のような粘着質な声で語りかける。


「ルルーティア嬢。あなたは公爵領の内政にも口を出し……おっと失礼、素晴らしい助言をなさっていると聞きます。そこで、帝国全体が抱える『とある問題』について、ぜひご意見を伺いたいのです」


アルベルトは、大広間の全員に聞こえるように、わざと大きな声で演説するように話し始めた。


「現在、我が帝国の『南部の穀倉地帯』が、深刻な干ばつにより不作に見舞われております。今年の収穫量は例年の三割減。当然、農民たちは苦しみ、帝国への税収も大幅に落ち込む見込みです」


(ふむふむ。天候不良による原材料の供給不足と、それに伴う売上ダウンね)

私は内心で、前世のビジネス用語に変換しながら話を聞く。


「食糧不足を補うため、隣国の『東方王国』から小麦を輸入する案が出ております。……しかし! 東方王国からの輸入には『20パーセントの高額な関税』がかかる。これを国費で負担すれば帝国の財政はパンクし、かといって関税を免除すれば、今度は国内の他の地域の農家が『外国の安い小麦が流入しては商売あがったりだ!』と暴動を起こしかねません」


アルベルトは、ニタリと醜悪な笑みを深めた。


「税収は減る。輸入すれば財政が破綻するか、暴動が起きる。……さぁ、聡明なる公爵令嬢。あなたなら、この八方塞がりの状況を、どう解決なさいますかな?」


(なるほどねぇ……)


私は、扇子で口元を隠しながら、冷めた頭で状況を分析した。

これは、ただの意地悪な質問ではない。政治と経済のジレンマが複雑に絡み合った、大人でも答えを出すのが難しい『高度なマクロ経済と関税問題』だ。


おそらく宰相は、私が「農民が可哀想だから税金を安くしてあげて!」と子供っぽい感情論を言えば、「甘い! それでは国が滅ぶ!」と論破するつもりだろう。

逆に「輸入すればいい」と言えば、「国内の農家を見捨てる冷酷な娘」として糾弾する。

答えられずに泣き出せば、それこそ「公爵家の教育はなっていない」と大いにあざ笑うことができる。


「アルベルトォォッ!! 貴様、10歳の子供に向かってなんという悪辣な質問を……!!」


ついに耐えきれなくなったディートリヒが、大階段の上から怒号を飛ばした。

その怒気だけで大広間の窓ガラスがビリビリと震え、周囲の貴族たちが悲鳴を上げて後ずさる。


「おや、公爵閣下。ご息女の聡明さは本物ではないと、ご自身でお認めになるのですかな?」

「貴様ッ!! 今すぐその首を……!!」

「ディートリヒ、控えよ」


皇帝の低い声が、父の暴走を間一髪で止めた。

「これは余興だと言ったはずだ。娘が答えられぬなら、素直にそう言えばよい」


皇帝も、ディートリヒの勢力を削ぐために、宰相の公開処刑に乗っかっているのだ。

広間の空気は完全に「ルルーティアの敗北」を確信していた。

誰もが、哀れな公爵令嬢が涙を浮かべて「わかりません」と首を振る姿を想像していた。


——しかし。


(……笑わせないでよね)


私は扇子の裏で、前世の『修羅場をくぐり抜けてきた30代派遣社員の、完全に据わった目』をしていた。


関税? 供給不足? 財政圧迫?

そんなもの、前世で「海外の部品工場が火事で全焼して、納期が間に合わない上に代替品の輸入コストが爆上がりした時の、地獄のサプライチェーン調整」に比べたら、シンプルすぎてあくびが出るわ!


私は、ゆっくりと扇子をパチン、と閉じた。

そして、怯えるどころか、小首を傾げて、純真無垢な子供の顔のまま——アルベルトに向かって、極上の『煽りスマイル』を放った。


「宰相閣下」


凛とした私の声が、静まり返った広間に響く。


「そのような簡単なことも、宰相閣下ともあろうお方が、ご自分でお分かりにならないのですか?」


「……は?」

アルベルトの顔が、鳩が豆鉄砲を食ったように間抜けに引きつった。


「お言葉ですが……それは、考えるまでもないほど、簡単で単純な問題ですわ。なぜなら、我が公爵領ではすでに『似たような事態への対策』を完了しておりますもの」


「なっ、なんだと……っ! 強がりを言うな、子供が思いつきで解決できる問題ではない!!」


「強がりではありませんわ。——お父様」


私は大階段の上のディートリヒに向かって、にっこりと微笑んだ。

ディートリヒは私の余裕のある笑顔を見て、ハッとし、スッと怒りを収めて「……あぁ。言ってみなさい、ルル」と優しく促した。


「皆様、どうかよくお聞きになってくださいませ。帝国を救う、たった三つの簡単な手続きを」


さぁ、現代の経済学と実務データの恐ろしさを、異世界の貴族どもに見せつけてあげるわ。

私は一歩前に踏み出し、公開論破の口火を切った。

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