第24話:令嬢の微笑みは、鋼の盾より硬く
「……何を笑っておいでなの?」
私が優雅に微笑んだのを見て、夫人たちは怪訝そうに眉をひそめた。
生意気な子供が泣き出すのを期待していた彼女たちにとって、私の余裕のある態度は予想外だったのだろう。
「いえ。皆様のあまりにも『親しみやすい』お振る舞いに、つい心が和んでしまいまして」
私は扇子をパチンと閉じ、胸の前で両手を合わせた。
そして、この大広間全体によく通る、透き通った声で言葉を紡ぐ。
「皆様の仰る通り、私にはお母様がおりません。ですが、お父様はその分、帝国で最も優れたマナー講師と、完璧に洗練された使用人たちを私の教育係として与えてくださいました」
「そ、それがどうしたというの?」
「ですから私、皆様のような『一般的な(三流の)』お作法を拝見するのは初めてで、とても新鮮なのです」
「……は?」
夫人の顔から、スッと余裕が消えた。
「我がオルディス家では、『他者の容姿や服装を公の場で論うのは、下働きの者ですら恥じて行わない下品な振る舞い』だと厳しく教えられて育ちましたの」
私は、小首を傾げて、純真無垢な子供の顔で彼女たちを見つめた。
「でも、皆様はそのような言葉を堂々と口になさる。……ということは、皆様の属する派閥や領地では、それが『最先端の礼儀』であり、『素晴らしい郷土色』ということなのですね! 帝都の常識とは少し違うようですが、とても勉強になりますわ」
「なっ……!?」
夫人たちの顔が、一瞬にしてボンッ! と音を立てるように真っ赤に染まった。
言葉の裏に隠された『あなたたちのマナーは下働きのメイド以下だ。田舎者は引っ込んでろ』という猛烈な毒を、彼女たちも正確に理解したのだ。
「き、貴様……っ、子供のくせに、なんという生意気な……!」
「おや? 生意気、とはどういうことでしょう?」
怒りで声を震わせる夫人たちに、私はさらに『営業スマイル』の圧を強めた。
「私は皆様の独自のお作法を称賛しているのですわ。もし、ご自身のマナーに自信がおありでないのなら、我が公爵家から一流の講師を派遣して差し上げましょうか? 無料で構いませんよ、皆様のお家の『お恥ずかしい現状』を見過ごすわけにはいきませんもの」
「~~~~ッ!!」
完璧な敬語。完璧な笑顔。
しかし、その一言一言が、鋼のハンマーとなって彼女たちのちっぽけなプライドを粉々に打ち砕いていく。
貴族の戦いにおいて、怒りに任せて声を荒らげた時点で負けである。ましてや相手は10歳の子供。ここで激昂すれば、彼女たちは「子供相手にムキになってヒステリーを起こしたみっともないオバサン」として社交界の笑い者になる。
「……っ、お、覚えてらっしゃい!!」
ついに耐えきれなくなったリーダー格の夫人が、顔を真っ赤にしてヒールを鳴らし、逃げるようにその場から立ち去った。
残された取り巻きの夫人たちも、扇子で顔を隠しながらそそくさと後を追っていく。
(はい、論破。クレーム対応、一件完了っと)
私は内心で小さくガッツポーズを決めつつ、グラスのフルーツ水を一口飲んで喉を潤した。
前世で、理不尽な取引先を論理と笑顔で追い詰めた時の達成感に似ている。
しかし、私が夫人たちを鮮やかに撃退したその光景は、遠巻きに見ていた中立派の貴族たちに、計り知れない衝撃を与えていた。
「おい、見たか……。あの口うるさい宰相派の夫人たちを、たった一人で、しかもあんなに涼しい顔で追い払ったぞ」
「まだ10歳だぞ!? なんだ、あの完成された話術と度胸は……」
彼らの視線が、単なる「好奇心」から、明確な「畏怖」へと変わっていくのが分かった。
「……あのおぞましい氷の公爵が、手放しで溺愛するだけのことはある。オルディス公爵家の真の怪物は、ひょっとするとあの令嬢の方かもしれない」
誰かが囁いたその言葉は、すぐに波紋のように広間へと広がっていった。
こうして私は、不用意に近づけば言葉の刃で切り刻まれる『触れてはいけない美しき薔薇』としてのポジションを、早々に確立してしまったのだ。
「……お嬢様。俺の出番、無かったですね」
壁際からスッと近づいてきたギルバートが、拍子抜けしたように肩をすくめた。
その後ろでは、ノアが「ルルーティア様に文句言ったおばさんたちの屋敷、後でこっそり空間ごと削り取ってこよう……」と物騒な独り言を呟いている。
「ありがとう、二人とも。でも、これくらい自分で対処できないと、お父様の隣は歩けないわ」
私が微笑んで見せると、ギルバートは「さすがは我らがお嬢様だ」と誇らしげに笑った。
(さて、小物の処理は終わったわ。次は……)
私が広間を見渡そうとした、その時だった。
「素晴らしい。見事な立ち回りだったね、ルルーティア嬢」
背後から、鈴を転がすような、爽やかで甘い少年の声がかけられた。
振り返ると、そこにはプラチナブロンドの髪に、海のように青い瞳を持った、絵に描いたような美少年が立っていた。
豪奢な白い礼服には、皇室の第一位継承権を示す紋章が輝いている。
(出たわね。乙女ゲームのメインヒーロー……!)
私は内心で警戒レベルを一気に引き上げた。
第一皇子、レオンハルト。
表面上は誰にでも優しく、非の打ち所のない完璧な王子様。しかしその本性は、他人を「使える駒」か「不要なゴミ」かでしか判断しない、究極の腹黒策略家。
彼が、計算し尽くされた極上の王子様スマイルを浮かべ、私に向かって優雅に右手を差し出してきたのだ。




