表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/17

第14話:魔法師団の不満と、次なる視察先

執務室の書類は滞りなく決裁され、メイドたちのシフトは「お嬢様の導き(ただのガントチャート)」によって完璧に回り始めた。

オルディス公爵家は、巨大な組織としてかつてないほどの滑らかさで機能していた。


「素晴らしい……! ルルが横に座ってくれているだけで、書類仕事が羽が生えたように終わっていく。これでもっとルルとお茶会をする時間が増えるな!」

「はいっ、お父様!」


父・ディートリヒの執務机の横(特別に増設された私専用の小さな机)で、私は赤いリボンを結び終えた書類の束をドヤ顔で差し出した。

前世の派遣社員時代、どんなに仕事を早く終わらせても「じゃあこっちの部署の仕事も手伝って」と無限に仕事を押し付けられていたことを思えば、定時(お茶の時間)にきっちり終わって褒められるこの環境は、まさにホワイト企業の極みである。


そんな平和な午後。

執務室の扉をノックして、黒曜騎士団長のギルバートが入ってきた。


「閣下。それに、お嬢様。お茶の時間に申し訳ありません。少々、耳に入れておきたい報告がございまして」


豪快でいつもは快活な彼が、珍しく渋い顔をしている。


「なんだ、ギルバート。ルルとの神聖な時間を邪魔するからには、よほど重大な案件なのだろうな?」

ディートリヒが途端に「冷酷な悪役公爵」の顔になり、不機嫌そうに目を細めた。


「はっ……。実は、銀星魔法師団の連中から、騎士団の方へクレームが来ておりまして」

「魔法師団から?」


公爵家には、ギルバート率いる物理戦闘メインの『黒曜騎士団』の他に、魔法戦や魔導具の運用を専門とする『銀星魔法師団』が存在する。

ギルバートはガシガシと赤い髪を掻きむしりながらため息をついた。


「ええ。最近、支給されるはずの『新しい魔導具』の納品がひどく遅れているらしいんです。既存の魔導具のメンテナンスも滞っていて、任務に支障が出かねないと。……どうやら、大元の製造元の動きが止まっているようでして」

「製造元……『ゼニス魔導工房』か」


ディートリヒが舌打ちをした。


(ゼニス魔導工房……)

私は前世のゲームの記憶を探った。

確か、オルディス公爵家が莫大な資金を投じて運営している、帝国最高峰の魔導具研究・生産拠点だ。公爵家の圧倒的な武力と富を支える、いわば『自社工場兼R&D(研究開発)部門』である。


「ゼニス魔導工房が遅れている原因は分かるの?」

私が尋ねると、ギルバートは困ったように眉を下げた。


「それが……あそこは優秀な魔法学者が集まっているんですが、とにかく偏屈な連中ばかりでして。騎士団から催促の使いを出しても『今、新しい魔法陣のインスピレーションが湧いているから邪魔するな!』と追い返されてしまうんです」

「……」


(なるほど。研究開発(R&D)と、量産(生産ライン)の区別がついてない職人気質の職場ってわけね)


私は瞬時に事態を察した。

前世でも、優秀なエンジニアやクリエイターが集まる部署ほど、納期管理や在庫管理がズタボロになりがちだった。彼らは「面白いもの」「新しいもの」を作るのには熱中するが、「同じものを決められた数だけ作る(量産)」ことや「整理整頓」を極端に嫌う傾向があるのだ。


私の『元・事務職』としての血が、ふつふつと騒ぎ始めた。

これは、組織の根幹に関わるボトルネックだ。放置すれば、公爵家の戦力低下に直結する。


「お父様!」

私はディートリヒの服の袖をきゅっと引っ張った。


「私、その『ゼニス魔導工房』というところに行ってみたいです!」

「なっ!?」


ディートリヒは信じられないものを見るように目を見開いた。


「だ、だめだルル! あそこはダメだ!」

「どうしてですか?」

「あそこは埃っぽくて、薬品の変な匂いが充満していて、一日中太陽の光も浴びずに魔法陣を弄り回している変人の巣窟だ! 私の純真無垢な天使を、あのような薄汚れた場所に連れて行くなど、絶対に許さん!!」


(自社の最高技術拠点を『変人の巣窟』って言い切っちゃうトップってどうなの……)

と内心でツッコミつつ、私は引き下がらない。


「でも、魔法師団の人たちが困っているんですよね? それに、お父様の大切な工房が上手く回っていないなら、心配です」

「ルル……お前はどこまで公爵家のことを……っ」

「私、お父様のお仕事の場所、全部見てみたいです。それに……」


私はとどめとばかりに、両手を胸の前で組み、上目遣いでディートリヒを見つめた。


「お父様が一緒に行ってくれるなら、どんな怖い場所でも、埃っぽい場所でも、ルルは全然平気です。……お父様と一緒じゃ、ダメ、ですか?」


「…………ッ!!!」


ディートリヒが、心臓を直接打ち抜かれたような顔をして硬直した。

ギルバートが「あーあ、閣下のライフがゼロになった」という顔で天井を仰ぐ。


「……ギ、ギルバート……」

「はいはい。馬車の手配ですね」

「今すぐだ!! 最上級のサスペンションを積んだ馬車を出せ! ルルに少しでも埃が被らぬよう、工房までの道中に浄化魔法をかけ続けろ!!」

「無茶言わないでくださいよ!」


完全に陥落したディートリヒの指示に、ギルバートがやれやれと笑いながら手配に走る。


(よし、視察の許可はゲットしたわ)

私は内心でガッツポーズをした。


魔法陣の書き方や、魔導具の仕組みなどの『技術的なこと』は私には分からない。

だが、モノを作る場所において、作業効率を落とす原因はいつの時代も、どの世界でも同じだ。


(待ってなさい、ゼニス魔導工房! 現代日本の派遣社員が叩き込まれた『5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)』の恐ろしさを、異世界の職人たちに教えてあげるわ!)


こうして、公爵邸の内政を完全に掌握した幼女(中身は三十代の事務の鬼)の魔の手は、帝国の最高技術拠点へと伸びていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ