第14話:魔法師団の不満と、次なる視察先
執務室の書類は滞りなく決裁され、メイドたちのシフトは「お嬢様の導き(ただのガントチャート)」によって完璧に回り始めた。
オルディス公爵家は、巨大な組織としてかつてないほどの滑らかさで機能していた。
「素晴らしい……! ルルが横に座ってくれているだけで、書類仕事が羽が生えたように終わっていく。これでもっとルルとお茶会をする時間が増えるな!」
「はいっ、お父様!」
父・ディートリヒの執務机の横(特別に増設された私専用の小さな机)で、私は赤いリボンを結び終えた書類の束をドヤ顔で差し出した。
前世の派遣社員時代、どんなに仕事を早く終わらせても「じゃあこっちの部署の仕事も手伝って」と無限に仕事を押し付けられていたことを思えば、定時(お茶の時間)にきっちり終わって褒められるこの環境は、まさにホワイト企業の極みである。
そんな平和な午後。
執務室の扉をノックして、黒曜騎士団長のギルバートが入ってきた。
「閣下。それに、お嬢様。お茶の時間に申し訳ありません。少々、耳に入れておきたい報告がございまして」
豪快でいつもは快活な彼が、珍しく渋い顔をしている。
「なんだ、ギルバート。ルルとの神聖な時間を邪魔するからには、よほど重大な案件なのだろうな?」
ディートリヒが途端に「冷酷な悪役公爵」の顔になり、不機嫌そうに目を細めた。
「はっ……。実は、銀星魔法師団の連中から、騎士団の方へクレームが来ておりまして」
「魔法師団から?」
公爵家には、ギルバート率いる物理戦闘メインの『黒曜騎士団』の他に、魔法戦や魔導具の運用を専門とする『銀星魔法師団』が存在する。
ギルバートはガシガシと赤い髪を掻きむしりながらため息をついた。
「ええ。最近、支給されるはずの『新しい魔導具』の納品がひどく遅れているらしいんです。既存の魔導具のメンテナンスも滞っていて、任務に支障が出かねないと。……どうやら、大元の製造元の動きが止まっているようでして」
「製造元……『ゼニス魔導工房』か」
ディートリヒが舌打ちをした。
(ゼニス魔導工房……)
私は前世のゲームの記憶を探った。
確か、オルディス公爵家が莫大な資金を投じて運営している、帝国最高峰の魔導具研究・生産拠点だ。公爵家の圧倒的な武力と富を支える、いわば『自社工場兼R&D(研究開発)部門』である。
「ゼニス魔導工房が遅れている原因は分かるの?」
私が尋ねると、ギルバートは困ったように眉を下げた。
「それが……あそこは優秀な魔法学者が集まっているんですが、とにかく偏屈な連中ばかりでして。騎士団から催促の使いを出しても『今、新しい魔法陣のインスピレーションが湧いているから邪魔するな!』と追い返されてしまうんです」
「……」
(なるほど。研究開発(R&D)と、量産(生産ライン)の区別がついてない職人気質の職場ってわけね)
私は瞬時に事態を察した。
前世でも、優秀なエンジニアやクリエイターが集まる部署ほど、納期管理や在庫管理がズタボロになりがちだった。彼らは「面白いもの」「新しいもの」を作るのには熱中するが、「同じものを決められた数だけ作る(量産)」ことや「整理整頓」を極端に嫌う傾向があるのだ。
私の『元・事務職』としての血が、ふつふつと騒ぎ始めた。
これは、組織の根幹に関わるボトルネックだ。放置すれば、公爵家の戦力低下に直結する。
「お父様!」
私はディートリヒの服の袖をきゅっと引っ張った。
「私、その『ゼニス魔導工房』というところに行ってみたいです!」
「なっ!?」
ディートリヒは信じられないものを見るように目を見開いた。
「だ、だめだルル! あそこはダメだ!」
「どうしてですか?」
「あそこは埃っぽくて、薬品の変な匂いが充満していて、一日中太陽の光も浴びずに魔法陣を弄り回している変人の巣窟だ! 私の純真無垢な天使を、あのような薄汚れた場所に連れて行くなど、絶対に許さん!!」
(自社の最高技術拠点を『変人の巣窟』って言い切っちゃうトップってどうなの……)
と内心でツッコミつつ、私は引き下がらない。
「でも、魔法師団の人たちが困っているんですよね? それに、お父様の大切な工房が上手く回っていないなら、心配です」
「ルル……お前はどこまで公爵家のことを……っ」
「私、お父様のお仕事の場所、全部見てみたいです。それに……」
私はとどめとばかりに、両手を胸の前で組み、上目遣いでディートリヒを見つめた。
「お父様が一緒に行ってくれるなら、どんな怖い場所でも、埃っぽい場所でも、ルルは全然平気です。……お父様と一緒じゃ、ダメ、ですか?」
「…………ッ!!!」
ディートリヒが、心臓を直接打ち抜かれたような顔をして硬直した。
ギルバートが「あーあ、閣下のライフがゼロになった」という顔で天井を仰ぐ。
「……ギ、ギルバート……」
「はいはい。馬車の手配ですね」
「今すぐだ!! 最上級のサスペンションを積んだ馬車を出せ! ルルに少しでも埃が被らぬよう、工房までの道中に浄化魔法をかけ続けろ!!」
「無茶言わないでくださいよ!」
完全に陥落したディートリヒの指示に、ギルバートがやれやれと笑いながら手配に走る。
(よし、視察の許可はゲットしたわ)
私は内心でガッツポーズをした。
魔法陣の書き方や、魔導具の仕組みなどの『技術的なこと』は私には分からない。
だが、モノを作る場所において、作業効率を落とす原因はいつの時代も、どの世界でも同じだ。
(待ってなさい、ゼニス魔導工房! 現代日本の派遣社員が叩き込まれた『5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)』の恐ろしさを、異世界の職人たちに教えてあげるわ!)
こうして、公爵邸の内政を完全に掌握した幼女(中身は三十代の事務の鬼)の魔の手は、帝国の最高技術拠点へと伸びていくのだった。




