表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/18

第10話:破滅の運命は、私が叩き潰す

帝都の視察を終え、公爵邸へと帰る馬車の中。

心地よい揺れと、慣れない人混みを歩いた疲労から、私はうとうとと船を漕いでいた。


「疲れたのだろう、ルル。私の膝を枕にして眠るといい」


向かいの席に座っていたディートリヒが、ここぞとばかりに自分の膝をポンポンと叩く。

前世の私なら「大の大人が誰かの膝枕で寝るなんて」と固辞しただろうが、今の私は8歳の幼女だ。遠慮なく甘えさせてもらうことにした。


「……ん。お父様、あったかい……」


コロンと横になり、最高級の生地で仕立てられた彼の太ももに頭を乗せると、ディートリヒは「ふぉっ……!」と奇妙な息を呑む音を立てた。

そして、触れれば壊れてしまうガラス細工を扱うかのように、そっと私の頭を撫で始める。


「あぁ……天使だ。私の天使が、私の膝で無防備に眠っている……。ギルバート、この光景を今すぐ帝都一の画家に描かせろ。後世に残す国宝とする」

「閣下、俺も同感ですが、今は護衛任務中ですので我慢してください」


馬車の御者台に座っているギルバートが、呆れたような声で返事をする。

平和だ。なんて穏やかで、満ち足りた時間だろう。


(……この幸せが、ずっと続けばいいのに)


私がまどろみの中でそう願った、次の瞬間だった。


——ドゴォォォンッ!!


凄まじい爆発音と共に、馬車が大きく横に揺れた。

「きゃっ!?」

「ルルッ!」


ディートリヒが咄嗟に私を抱きかかえ、衝撃から守ってくれる。

馬車が急ブレーキをかけて停止した。周囲から、何十人もの怒号と、剣を引き抜く不穏な金属音が聞こえてくる。


「何奴だ!! オルディス公爵閣下の馬車と知っての狼藉か!!」


外でギルバートが吠える声がした。

私はディートリヒの腕の中から、馬車の窓をそっと覗き込んだ。


街道を塞ぐようにして立っていたのは、黒い覆面を被った武装集団だった。ざっと見積もっても五十人はいる。全員が殺気を放ち、手には魔法の光を帯びた物騒な武器を握っていた。


『公爵は馬車の中だ! 宰相閣下のご命令通り、ここで公爵の首をとり、オルディス家を終わらせるぞ!!』


賊の一人が叫んだ言葉に、私はハッとした。

(宰相……! ゲームにも出てきた、お父様と敵対している派閥のトップね!)


数日前の執務室で処断された横領犯も、宰相の回し者だった。

どうやら、自分たちの不正の証拠を握るディートリヒを、お忍びの外出という隙を突いて暗殺しに来たらしい。


(どうしよう……相手は五十人以上。こっちの護衛は、お父様とギルバート団長の二人だけ……!)


前世の常識に囚われている私は、数の暴力に血の気が引いた。

しかし、私を抱きしめているディートリヒは、焦るどころか、この世の全ての汚物を前にしたかのように、冷たく、酷薄な瞳で外を見つめていた。


「……ルル」

「は、はい」

「少しだけ、耳を塞いで目を閉じていなさい。虫が湧いた。すぐに掃除してくる」


ディートリヒは私を馬車の座席にそっと下ろすと、音もなく立ち上がった。

そして、馬車の扉を蹴り開け、夕闇の街道へと降り立つ。


「ギルバート」

「はっ。準備はできております、閣下」

「馬車に血を飛ばすな。十秒で終わらせろ」

「御意」


その後の光景は、もはや「戦闘」と呼べるものではなかった。

ただの『蹂躙』である。


「死ねぇっ! 悪逆公爵!!」


襲いかかってくる賊たちに向かって、ディートリヒは一切の詠唱なしで右手を振り抜いた。

その瞬間、大気が凍りつき、無数の巨大な氷の槍が地面から突き出した。悲鳴を上げる間もなく、賊の半数が一瞬にして氷塊に閉じ込められ、絶命する。


「な、なんだこの魔法は!? ば、化け物……っ!」


残りの賊が恐怖で逃げ出そうとした背後に、今度は赤い髪の猛獣——ギルバートが回り込んでいた。

彼の振るう大剣が一閃するたびに、数人の賊がまとめて吹き飛ばされ、宙を舞う。


(……すごい)


窓からこっそりとその惨劇……もとい、圧倒的な力の蹂躙を見つめながら、私は恐怖よりも強い「感嘆」を覚えていた。

乙女ゲームでは、彼らはあくまで「主人公ヒロインが乗り越えるべき強大な壁」として描かれていた。

しかし、現実の彼らは次元が違う。帝国最強の武力と、最強の魔法。それが束になって、私というたった一人の幼女を守るために振るわれているのだ。


文字通り「十秒」後。

街道には、五十人の賊がチリ芥のように転がっていた。

ディートリヒの服にも、ギルバートの剣にも、一滴の血すら跳ねていない。


「終わりました、閣下。……お嬢様を怖がらせていなければ良いのですが」

「あぁ。全くだ。ルルの機嫌を損ねた罪は重い。背後の宰相ごと、明日には物理的に消し飛ばしてやる」


物騒な相談をしながら馬車に戻ってきた二人は、私を見てビクッと肩をすくめた。

私が座席の上で、じっと彼らを見つめていたからだ。


「ル、ルル……」

ディートリヒが、またしても「嫌われた父親」の顔になってオロオロし始める。


「ご、ごめんなさい、お父様。こっそり見ちゃいました」

「あぁっ! すまない、あんな野蛮な光景を……! やはり私の娘にはふさわしくない……っ!」

「違います!」


私は、ふるふると首を横に振った。

そして、彼ら最強の二人に、真っ直ぐに微笑みかけた。


「すごく、かっこよかったです。お父様も、ギルバート団長も」


「え……」

「私を守ってくれて、ありがとうございます。お父様たちは、世界で一番強くて素敵な騎士ですね」


その瞬間、二人の大男の顔が、ボンッ! と限界まで赤く染まった。


「せ、世界で一番……っ!」

「素敵な騎士……っ!!(号泣)」


完全にノックアウトされた二人が、馬車の外で謎のガッツポーズを取りながら感涙にむせぶ姿を見下ろし、私は密かに、しかし強く拳を握りしめた。


(ゲームのシナリオ通りなら、10年後、このお父様はヒロインたちに討たれて死ぬ。公爵家は没落して、ギルバート団長たち騎士団も壊滅する)


それは、彼らが『孤独な悪役』であった場合の歴史だ。

誰も愛さず、誰からも愛されず、ただ力を振りかざすだけの存在だった場合の未来。


けれど、今は違う。

彼らは私を愛してくれている。私のために笑い、泣き、怒り、そして最強の力で守ってくれる。

前世で何も持っていなかった私が、神様からもらった「最高の家族」だ。


(この人たちを、絶対に死なせやしない)


10年後にヒロインが来ようが、皇子が来ようが関係ない。

私には、前世で培った「大人の知恵」と「組織を回すマネジメント能力」、そしてこの規格外の公爵家の力がある。

父親の破滅フラグ(死亡フラグ)は、私が全て、一本残らずへし折ってやる。


「ルル、どうした? 怖い顔をして」


ひょっこりと顔を出したディートリヒに、私はとびきりの笑顔を向けた。


「ううん、なんでもないの! お父様、大好き!」

「ぐふっ……!(クリティカルヒット)」


この異世界で、私は悪役公爵の「本来いないはずの娘」として生き残った。

甘やかされて、愛されて、そして時にはしたたかに暗躍して。


最強の味方たちと共に、最高に幸せな人生を勝ち取るための、私の新しい物語が今、幕を開けたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ