第32話 夜を満喫しようその3 イリスの受難
風呂と言えば俺の場合は前世での風呂もそうだけど、ここに来る前にいた、まだ母親が生きていた時代の家の風呂もなかなか良かった思い出がある。
その後は師匠の家に引き取られたので、後の風呂の思い出のほとんどといえば、聖域の森の師匠の家というか小屋の木のお風呂のことばかりだ。
ソフィたちと冒険をした時代は例外を除いてほとんどお風呂というのを経験したことがなかった。
お風呂の普及率が悪すぎるんだよな。
「ふふん、やっぱ風呂は楽しみの1つだよなぁ」
「そうですねそうですね!」
やたら元気がいいなこいつ。
脱衣所でくらい大人しいかと思いきやなんで俺の隣を陣取ってるんだ? アルテミシア以外の精霊組はまだ遠慮してるぞ。
そう、なぜか俺の隣にはあいなが陣取っていたのだ。
しかもちらちらと俺を見てくる始末。
「いやまぁいいんだけどさ。気にしすぎてもしょうがないか……」
「?」
急に距離を詰めてきたり構って欲しがったりと、こいつもしかして本当は犬だったんじゃないかと思わせられることが増えてきた。
おそらく犬系女子というやつなのだろう。
「イリスさんって、なんだか猫みたいですよね! 警戒心強いですし」
「そうかぁ? 普通じゃねえか?」
挙句俺を猫みたいという始末。
そんなに猫っぽいか?
まぁそんな些細な不満なんてさくっと置いてきて、俺は風呂を楽しむとしますかね。
そんなわけで素っ裸になった俺は早速浴場へと進入を果たす。
隣には当然のように素っ裸のアルテミシアが陣取っている。
幼児体形なのは見た目だけじゃないように中身も幼児そのものだったのには驚いたけど。
「というわけで色々と準備が多いやつらを差し置いて俺たちは突撃するぞ」
「「おぉー!!」」
あれ? 1人多くね? そう思って隣を見ると、身体にバスタオルを巻いて髪の毛をアップにしたあいながそこにいた。
さっきまでいそいそと準備をしていたはずなのにいつの間に……。
「お気になさらずに!」
「ふむ」
気を取り直して早速入浴前に軽く汚れを落とす。
聞いた限りではこのお湯はただのお湯らしいので入浴前に身体を洗ってはいけないなどの理由はないようだ。
天然温泉かけ流しなどの場合は注意が必要だけどね。
「そのうち温泉にいきたいなぁ。もしくは作る……」
「いいですねぇ。温泉好きですよ~」
温泉愛好家は隣にもいたらしい。
「温泉っていうと火山地帯とかにあるやつ?」
「あのぬるぬるするやつのことかしら」
「あのぬるぬるしたやつのことかも」
「温泉、知らない。調べる」
どうやら精霊組は温泉をちゃんとは知らないようだ。
辛うじてエリアとグレースは見たことがあるようだけどね。
ぬるぬるするのはおそらくアルカリ泉だと思うけど判断がつかないなぁ……。
「まぁ見かけたら調べてみるよ。今はこのお風呂を楽しむ」
お風呂は全力で楽しむものだからな!
「お背中お流ししますよ~」
「お~、あいなおねがい」
「は~い」
「じゃあ私があいなの背中を流す」
「おねがいしま~す」
「え、じゃあ俺はアルテミシアの背中を流せばいいのか?」
「円形難しい」
「だよな。あとでやってあげるよ」
「ん!」
さすがに漫画みたいに円になって洗いあうのは無理があったようなので一通り終わったら改めてやってあげようと思う。
それにしても人にやってもらうのってなんでこんなにくすぐったいのだろう……。
「むぅ、力加減が難しいです。このくらいかな……」
「く、くすぐったい……」
「じゃあこれくらい……」
「ちょっと痛い……」
「じゃあこのくらいで……」
「いい感じかも? でもやっぱりくすぐったい……」
あいなは気を遣ってくれているようだけど逆にくすぐったくなるというジレンマ。
これ思ったより難しいよ!?
「ふん!」
「あひぃ!?」
アルテミシアの謎の気合とよくわからない声をあげるあいな。
一体何が起きてるんだ。
「これでいく」
「ひっ、ひぃ!? く、くすぐったい!?」
「じゃあ手で洗う」
「ま、まってください! それはさすがに!? ひゃん!?」
後ろが後ろでいちゃいちゃしはじめたせいで今度はこっちがくすぐったくなってきたんだけど……。
一緒に入るお風呂って案外難しいのかもしれない……。
「ここがいいと見た」
「そ、そこは!? あひぃ!?」
振り返るともうすでに背中を洗うどころじゃなくなっていたようで、アルテミシアにつんつんさわさわされて浴場の床を倒れ込んで奇妙な奇声をあげるあいながそこにいた。
「ふぅ。ふぅ。そ、それ以上は……私が耐えられません……」
「じゃあとどめ」
「だ、だめです!」
「ええい、やめい!」
なんか取り返しがつかないことになり始めていたので慌てて俺はアルテミシアを抱っこして強制停止させる。
残されたのは息も絶え絶えになり、なんだか艶めかしい姿で床に倒れ伏すあいなの姿だけであった。
「アルテミシア。調子に乗りすぎ」
「ごめんなさい」
アルテミシアは非力な俺でも抱えられるくらいには軽い。
ついでにすべすべもちもちしているので触り心地がいいのだが、それはどうやらアルテミシアも同じことのようで……。
「アルテミシア。すりすりされるとくすぐったいからやめて」
「は~い……」
どこか残念そうなアルテミシアだけど、くすぐったいからダメです。
「アルテミシアずるい……」
「ブランのことはわからないけど日ごろの行いだと思うわ」
「ブランのことは知らないけど日ごろの行いよ」
「うぅ……」
ブランが恨みがましそうにこちらを見ていたのは気にしないでおこう。
きっと健康に良くないから。
その後愛奈が復活するまでアルテミシアの背中を流し、髪の毛などを洗う。
あいなが復活してからは少し気にしつつ浴槽へ向かう。
しばらくしてあいなを見てみると、何やらエリアとグレースと会話をしている様子。
その後ちょっとだけ暗い表情になっていたので声を掛けてみることに。
多分色々悩むことがあるんだと思う。
「あいな、何暗い顔してんだよ? せっかくの風呂なんだから楽しめよな」
俺が声を掛けるとこっちに顔を向けるあいな。
でも視線がなんかおかしい。
俺の身体をじっくり嘗め回すように見てるのはなんなんだ?
平たい胸でもいいじゃないかよ。
「いえ、いずれ帰る時になったらどうすればいいのかな~と思いまして。私の家族って祖父母を除けば単身赴任で海外に行っている父だけなんです」
そう口にするあいなだが、いきなり真顔になったあたり妙なことを考えていそうだ。
もしかしてごまかせたとでも思ってるのか?
その後あいなには軽く俺の情報を話しつつ今後の話をしてあげることに。
どうやらもし向こうに帰ったら俺に会えなくなるかもと悩んでいたらしい。
まったく、しょうがないやつだ。
今すぐにとはいかないけど、そのうち会いに行けるようになるはずだからもし帰ってしまったとしてもまた会えるはずだと伝えておこう。
しばらく話俺は浴槽に戻ることにした。
なんかすっきりした顔していたし悩みは解決したようだしな。
そう思っていた矢先……。
「イ・リ・ス・さ~ん!! 覚悟~!! ぶべっ!?」
入浴を再開した俺のところにニヤニヤ顔のあいなが飛び込んできたのだ。
お風呂でとびこみなんてするんじゃねえっての。
すると俺のところにあいなが届くか届かないかの辺りであいなが見えない壁にぶち当たっていた。
周囲を確認するとアルテミシアが勝ち誇った顔をしているのが確認できる。
「お触り、だめ。セクハラ禁止。バリアバ~リア」
「ぐぬぬ、アルテミシアさん……」
あいながめちゃくちゃ悔しそうな顔をしている。
しゃーねーなー……。
「はぁ。お前は何やってんだ。喜び勇んで飛び掛かってくるとか犬かよ。しゃーねーからこっち来ていいぞ。さっさとしないと許可取り消すからな」
「あ、はい! 今いきま~す!!」
なんかかわいそうに思えてきたのでこっちに入れてやることにした。
すると途端に嬉しそうな顔になって俺に抱き着いてきやがる。
本当に犬かお前は。
「うへへ~。イリスさ~ん。やわらか~い」
「おい、あんまり触るなよな? 胸も尻も禁止だ!」
「うへへ」
こいつは……。
はぁ、今日はもうしばらく我慢してやるか。
俺の気持ちとは裏腹に、あいなは心底幸せそうな顔をしていたのだった。
たく、あっちこっち触りやがって。




