76 包帯巻き(嘘)
「いや、おかしいだろ」
寝床の上で包帯グルグル巻きのキースを胡散臭げに見ているハインズ。その冷ややかな視線に当の本人であるキースは若干の気まずさを感じながら、どう返してよいのかわからず苦笑いを浮かべる。
「なんというか、まぁなんとか……」
「なんとかってお前……」
イグナスに使用した身代わり、あれらは明らかに致命傷であった。そしてそれを行なったキースは間違いなく……。ハインズはそう思っていた。
だが実際はこうしてピンピンしている。狐疑になるのも当然である。いや、こうして包帯巻きな状態なのだから負傷はしていると思ってはいるのかもしれない。だがどちらにせよ重傷に至っていないことに対しては疑問に思うだろう。
もちろんこれはソフィアのスキルのお陰である。彼女の能力はキースを元の状態に修復する事ができる。例え死に至る致命傷であってもだ。そういう訳で、この包帯も単なる偽装であり治療する必要は全く無いのだ。しかし無傷となると流石に怪しいことこの上ないので少々あれだがこうして偽装しているのだ。
「自分でも死ぬかもとは思っていたんだがな。こうしてなんとか生きながらえた。シルビィには本当助けられた」
「シルビァーナさんか……。あの人は本当無茶苦茶だな……」
「流石に今回はかなりアレだったらしいぞ。なんか凄いアレな治療術だとか超希少な秘薬とか、そういったアレでソレしたとかなんとか……。そうアレだアレ。まぁ今回たまたま運が良かっただけだ。次はないぞと注意されたよ」
勿論大嘘である。なんか凄い治療術とか超希少秘薬だとかは一切関係ない。なんか凄い術っていったいなんの話なのか。自分で言っててよくわからないキースであった。
だがこれも必要なことなのだと自分に言って聞かせる。
今回のこの偽装、これはキース一人の提案という訳ではない。ソフィアのスキルの秘匿という目的の為に、ソフィアそしてシルビァーナと示し合わせての結果である。キース一人ではすぐにバレてしまいそうであるが、治療師として名を馳せているシルビァーナの名があればある程度の無茶は通せると見越してのこと。
勿論全てが騙せるとは思っていない。事実組合の補佐長には何かしら勘付かれてい節がある。しかし表立って言及してこなところをみるに、こちらの事情を考慮して黙認しているのだろう。
「だがまぁ、今回ばかりは本当にヤバかったのは事実だしな。しばらくはこうして養生するさ」
「それはそうだろう。一歩間違えれば死んでいたんだからだ。シルビァーナさんに感謝するんだな。それと、後できちんとイグナスに話をしておくんだぞ」
「イグナス?」
「自分のせいでキースが犠牲になったと勘違いしていたからな。精神的に相当参ってたみたいだな」
あの時イグナスが負った傷は致命傷であった。それを身代わりしたキースが命を落としたとイグナスが勘違いしても仕方がないことなのかもしれない。
「それでなくても仲間のイールーディが死んだんだ。精神が摩耗するのも仕方がない。まぁコッチは俺のせいでもあるんだがな」
「あの時はああするのが最善だった。とはいえ、それを理解するのと、納得するのでは、まったく別だからな。いくら実力があってもイグナスまだ子供だ。さすがに堪えただろう」
仲間の死。それは冒険者という危険な職業をしていれば避けては通れない道。ハインズやキースも経験している事である。しかしそれが仲間割れの挙げ句同じ冒険者に殺されるというのは流石に経験したことのないものだ。
「しばらくは冒険者活動を休業するかもしれんな」
「まぁ、それも致し方ないさ。時には立ち止まることも必要だ。そしてそれを支えてやるのが俺らみたいなおっさんの役目ってもんさ」
「お前はいつも立ち止まっているがな」
ハインズは冷ややかな目でキースを見る。
「こんな怪我人に動き回れって言うのかよ」
「流石にそこまで俺は外道じゃないぞ。そして、そんなこと言ってるんじゃない。それはお前もわかっているだろう」
ハインズは真面目な顔を見て、キースはハインズが何を言っているのかを理解する。
「さっさと冒険者を引退しろってか」
「そうだ」
これは以前からハインズがキースに言っていた言葉であり、これまで何度となく進言していた事であった。
「いい加減お前もいい歳だ。ここらで引退するのも別におかしなことじゃない。それにお前が冒険者を引退したところで、D級冒険者が一人いなくなるだけだ。組合としてもさして損害が出るわけでもない。俺はここらが潮時だと思っている」
「――それで俺に組合の職員になれってか」
「そうだ」
「俺みたいなD級冒険者が組合の職員になったって意味ないだろう。むしろこんな無能が職員になってみろ。それこそ軋轢が生まれるぞ」
「俺はそうは思わぬ。確かにお前は未だD級でくすぶっている冒険者だ。だがそれは荒ごとを成す実力や、有用なスキルを重視する冒険者としての枠組みでの話であって、それが組合職員としての能力と直結するわけではない。それらは人材として無能とかどうかを判断する材料にはならない。まったく関係ないとは言わないが重要視するものでもない。むしろこれまでの冒険者としての経験が職員として活かせるだろう。現にお前は古参冒険者として、イグナスを始めとした若い冒険者を幾人も育て導いている。それらの実績は組合職員、そして多くの冒険者が認めていることだ。お前が職員になったところで、今更軋轢など生まれないだろう」
「イグナスが優秀なのはアイツ自身の素質であり実力だ。そこに俺は関係していない。アイツが駆け出しの頃少しばかり一緒に活動していただけに過ぎない。それを俺が育てたなんて、烏滸がましいにも程がある」
「イグナスはそう思っていないぞ」
「それはアイツが真面目過ぎるからだ。少しの恩をいつまでも大げさに想っているだけだ。俺なんかいなくてもアイツは立派な冒険者になってたさ。そしてこれからもそうだ。B級、それこそA級にまで届くかもしれん。そこに俺は関係していない」
「イグナスだけではない。他の多くの若手冒険者がお前の世話になっている。それは紛れもない事実だろう」
「それにしたって、薬草の採取方法であったり、野営のやり方であったり、冒険者として必要最低限のことを伝えただけだ。そんなもん誰に教わっても一緒だ」
「その誰に教わっても一緒の事をお前が教えているからこそあいつら若手が育っていったんだ。イデアランの冒険者は辺境の割に若手の実力は決して低くない。死亡率も他の街に比べ低い。駆け出しの未熟な時期にしっかりとした下地を身に着けているからだ」
確かにイデアランで活動している若手冒険者は辺境という町にあって、それなりの力量をもつものが多い。だがそれは彼らの実力があってこそのもので、それをキースの手柄だとはキース自身はこれっぽっちも想っていない。流石にそこまで厚かましくはない。
「何も事務仕事に専念しろとは言わない。むしろこれまでやってきた事を職員という立場で行うべきだと俺は思っている」
「職員になったら行動に責任をもたなければならなくなるだろう。俺には荷が重すぎる。それに俺は別に率先して若手と一緒に行動している訳ではない。自由に適度に仕事をこなすのが性分に合っているんだよ」
「職員になれば細々と薬草採取しなくて済むんだぞ」
「放っとけ。俺はその細々としたことをするのが好きなんだよ」
ハインズの物言いにキースはキッパリと言い放つ。薬草採取は仕事としては勿論のこと半ば趣味とかしている節も有る。キースは今の生活がそこそこ気に入っているのだ。それを手放すことは今の所考えていなかった。
「今すぐに結論付けろとは言わん。選択の一つとして考えておけ」
「そんな選択肢は要らん」
「……たく、なんでそこまで冒険者に固執するのか俺にはわからんがな……」
「俺はお前と違うんでね」
「……ふん」
ハインズは苛立たしいそうに鼻で息を吐き出す。そしてもう話すことは無いと言わんばかりに立ち上がり、部屋を出ようとした所で、キースの方へと視線を向ける。
「……ところで、あえて触れずにいたんだが、それはどういう状況なんだ?」
ハインズが視線を向けた先。
そこにはキースに抱きつくようにして寝床で横になって寝ているミィーケの姿があった。
「まさかとは思うが……お前らいつの間にそういう関係……」
「違うわ馬鹿たれ」
呆れつつも今更ミィーケのことを説明するのが面倒なキースは、シッシッと手を振ってハインズを追い払うのであった。




