77 とある丸薬
「それで、お前はいつまでそうして狸寝入りしてるんだ」
「……狸じゃにゃいにゃ……」
キースの隣で眠るように静かにしていたミィーケは、そのつぶらな瞳をゆっくりと開く。だが起き上がる気配は一向にない。その小さな身体を一層小さくするように身を丸め、顔を埋めるよいうに布団にうずくまる。
先日の出来事。イールーディが治療院にて暴走したあの事件。その時ミィーケはその身に大きな傷を負っていた。それはともすれば歯に繋がりかねない大怪我であったが、キースの身代により、今ではすっかりその傷は癒えていた。
だが傷が癒えた今でも、こうしてミィーケは寝床で元気無さげに蹲っている。大怪我を負ったのだから多少のことは仕方がないのかもしれない。だが、それらが原因ではないようにキースには思えた。
キースは小さく丸まっているミィーケの頭に手を置き、指でその頭をなでる。
「……なんにゃ……」
「いや、別に」
その後も無言で頭を撫でるキースに、大した抵抗もせずにされるがままのミィーケ。時折喉をゴロゴロと鳴らすミィーケ。
しばらくしてそうしていると、布団に顔を埋めていたミィーケがその顔をゆっくりと上げその丸い瞳を半分ほど開いてキースをにらみつける。
「……キースはヘンタイにゃ……」
「猫族に手出すほど飢えてはねぇよ」
「……本当かにゃ」
そう思うなら部屋に居着かなきゃいいだろう。と言いたいところだが今のところミィーケはキース預かりなところがあり、部屋から追い出すと根無し草になりかねない。なので追い出すようなことは出来ずこうして居候させているのである。
充分に撫でられたことである程度落ち着いてきたのか、その小さい身体をゆっくりと起き上がらせ、寝台の縁にちょこんと座るように腰掛けるミィーケ。
「…………」
物思いに憂いた瞳で前を見据えているミィーケ。
「……別に無理に話す必要はないんだぞ」
「……」
ミィーケのこの態度を見れば誰でも気がつく。先の出来事に対しミィーケは何かを知っている。そしてそれを隠している。いや、隠しているというよりどう話せばよいかわからないといった方が適切なのだろう。だからこうして回復した今でも部屋に引きこもっているのだ。
だがやがて、意を決したかのか。おもむろに立ち上がったミィーケは自分の荷物が置かれている場所に移動すると、その鞄から何かを取り出し、そしてそれをキースの前へと持ってくる。
「……これは?」
小さく丸められた丸薬のようなものが、ミィーケの小さな手に握られていた。
「これは帝国で作られた丸薬にゃ」
「帝国で?」
「そうにゃ。これは今でこそ使われにゃくにゃった丸薬だけど、一時期ある界隈で水面下で一部蔓延していたモノにゃ」
ポツリポツリと語りだしたミィーケ。そこにどんな感情が含まれているのかはキースにはわからない。だが心情穏やかではないのだろう、その喋る声はどこか震えているように思えた。
「これは所謂強化薬にゃ。これを摂取すれば一時的に自身の力を高めることが出来るにゃ」
この小さな丸薬はその見た目によらずなかなかの効能らしい。だが、その程度の物であれば別に特別なものではない。帝国と言わずこの王国にでも似たようなものはいくらでもある。だが、ミィーケの様子からさっするにただの強化薬ではないのだろう。
「……キースの考えている通りにゃ。これは普通の強化薬とは少し違うにゃ。これは……人の心と身体を蝕むにゃ」
「どういうことだ」
「そのまんまの意味にゃ。使い始めのころはまだいいにゃ。でも使い続けていくうちに、心は不安定、情緒不安定ににゃるにゃ。感情を抑制することが難しくにゃるにゃ。具体的には怒りっぽくにゃったりするにゃ。そして次第にそれは加速していき、そしてそのうち人間性も……にゃ……」
ミィーケは手にしていた丸薬をそっと衣嚢へとしまい込む。
「これには依存性があるにゃ。使えば使うほどその依存度が高くなり、自身では使用を止めることが出来なくなってしまうにゃ。そして厄介なことに、これは強化薬としの面を見ればとても優秀だということにゃ。だからこそ使用者はその力を求め、より薬に依存していく……。その先にあるのは……」
「破滅、ということか」
「にゃ……」
ミィーケの話を聞いて、これまで不思議に思っていた幾つもの出来事に合点がいった。以御布令前イグナスから聞かされた話によると、イールーディはここ最近目に見えて実力を付けてきたと言っていた。それと同時に性格が荒っぽくなっていったとも。突然の性格の変化に戸惑いを感じていたイグナスであったが、どうやらそれらは全てこの強化薬が原因だったらしい。
「だが、ただの強化薬でアレ程の力を獲ることが出来るのか?あの変化はただ事ではなかった。イールーディは……、その強化薬を使ったやつの名前なんだが、そいつは以前はそれほど突出した実力を持っているわけではなかった。だがあの時のイールーディの力は、並のものではなかった。それこそ上級冒険者と同等かそれ以上の能力を有していた。……ただの強化薬にそんなことが可能なのか」
「一回の使用では無理にゃ。でも長い間、もしくは大量に摂取すればそれも可能にゃ。この丸薬には脳の制約を解除する効果もあるにゃ。それによって本来以上の力を獲るにゃ。そして体内に流れる魔力もより強大になり、それによりより一層力を獲るにゃ。でもそれには大きな代償が付きまとうにゃ。無理した身体には歪みが生じ、酷使した内臓はゆっくりと痛んでいくにゃ。心拍数の急激な変化に特に心臓は消耗していくにゃ。」
「そこまで酷い副作用となると……」
「当然使用は禁止されていくにゃ。一時期これが帝国内に流れ問題になったにゃ。皇帝直々にこの丸薬の使用を禁ずる御布令が出たにゃ。これを販売および使用する者、所持する者皆取り締まったにゃ」
そうなるのも当然といえば当然だろう。この薬は少々危険だ。一度使用すれば後は破滅へと一直線。ならば蔓延する前に出どころを絶つのが定跡であろう。
そう考えるキースであったが、ふとミィーケの方をみると、その身体が小さく震えているのに気が付いた。
「ミィーケ?」
「………」
しばしの沈黙。
そしてミィーケは静かにその口を開いていく。
「……これを調合したのは」
ウチの兄だったにゃ




