75 二人のためにも
背後から発生する衝撃音。イグナスを治療していたキースはその突然の出来事に驚き後ろを振り向く。そしてそれを目の当たりにする。
「ぐぐぐぅぅ」
口から涎を垂れ流し、目を充血させ、唸り声を上げるイールーディが立っていた。
それは異常であった。
盛り上がった筋肉、赤黒く変色した皮膚、体中を無数に這う血管。高熱からかその身体からは湯気が立ち込めている。
その後ろでは、瓦礫の下に倒れ伏しているハインズの姿があった。先程の衝撃音はハインズを吹き飛ばした時のものであろう。瓦解した壁の下で、ハインズは口から血を流している。だが息をしていることから死んではいないようだ。しかし無事というわけにはいかないだろう。
しかしキースはそんなハインズよりも、目の前に立っているイールーディから目を離すことが出来なかった。その異常な姿に。
イールーディが動き出す。床に落ちていた剣をゆっくりと拾いそしてを無造作にこちらへ投げつけた。キースはとっさに避け――――ようとはせず場に留まった。
投げた剣はキースの腹を貫いた。
「キースさんっ!!!」
意識を取り戻したイグナスがキースの名を叫ぶ。だがキースはそれに応えることなくその場に崩れ落ちる。逆流した血が喉を通り口から吐き出される。同時に腹部から大量の出血。器官が血で塞がれ息をすることすら困難である現状、まともに動くことすら出来なかった。
「イールーディィィイイイイイ!!!!!!!」
感情を爆発させるイグナス。
一瞬でイールーディとの間合いを詰めその顔面へと拳を振り抜く。イールーディは拳が当たる瞬間、自身の身体を捻りイグナスの打撃を躱―――
すでに背後へと周っているイグナスがイールーディの無防備のその顔面を捉える。
背後から不意の一撃。躱すことも守ることも出来ぬその打撃を受けイールーディは勢いよく吹き飛び壁を突き抜ける。勢いは弱まることなくさらに反対側の壁をも突き抜け建物の外へと弾き飛ばされる。
室内に舞い上がる粉塵の中、額に汗を流し、肩で息をしながら、イグナスは外に吹き飛ばされたイールーディをただただ睨みつけていた。
「はぁ はぁ はぁ」
殴った時の感触が未だ手に残っている。
肉が潰れ骨を砕く感触。
だがそれでもイグナスは躊躇うことなく全力でその拳を振り抜いた。
全力を持って。
スキルを使用しての一撃。
イグナスの拳は粉々に砕け散っていた。
砕けは骨は肉を突き破り、手からは大量の血が流れ出す。
だが腕の痛みなどイグナスにはどうでもよかった。
キースが傷つけられたことへの怒り。
そして何より―――
友を殴った拳の痛み。
その痛みがイグナスの顔を歪めさせた。
「何やってんだよバカ野郎……」
ズドォッッ!!
「!?」
舞い上がる粉塵から飛び指す影。勢いよく迫りくる影、反応することが出来なかったイグナスはその衝撃をもろに受けてしまう。
うめき声を上げる時間すらなくさらなる追撃。そして壁際まで吹き飛ばされ身体を強打する。そこへ追い打ちをかけるが如くの強打。
先程とは逆の立場となりイグナスは壁を突き破り外へと投げ出される。
土煙を上げながら地面を転がってゆくイグナス。
飛ばされた場所から血の跡が道となって地面を赤く染め上げる。
「…………がはっ…」
仰向けの状態でなんとか呼吸をしようにも上手くいかず、口からは大量の血が吐き出される。吹き飛ばされた時に身体から嫌な音がしていたが、今の状態をみるに骨だけでなく内臓も著しく負傷しているのだろう、それは自身でも理解できた。
立ち上がろうとするが身体にまるで力が入らない。身体を動かすことが出来ずかろうじて目線だけを前へ向けようとした時、そこに陽の光を遮るようにイグナスに影が落ちる。
「……ィ……ルーディ……」
全身ボロボロのイグナスに馬乗りになるようにイールーディが跨る。そしてイグナスの目を真っ直ぐ見ながら、その首を締め上げる。
「がっ……がはっ……」
ぎりぎりと絞められる首。イグナスは呼吸することさえ満足することが出来ずに苦しみに顔を歪める。だがイールーディは絞め上げる手を緩めることなく更に力を込めていく。
イグナスの顔からは血の気が引き、目は充血し、口からは血と涎が流れ出る。
ミシミシと首から嫌な音か聞こえてくるが、それでも絞まる力は緩まない。
ミシッ ミシッ
更に絞まる力が強まっていく。
既に意識は朦朧とし、視点は定まらず両者の目線は交わることはない。
ミシ ミシ
「………っ……ぁ……」
ミシ ミシ
ミシッ
ゴキッ
静かに鳴り響く骨が砕ける音。
そこでようやく手の力を緩め、折れた首から手を離す。
「…………」
肉を潰し骨を砕く感触。それをイールーディは確かに感じ取っていた。
だが……
「なんで……」
目を見開き驚くイールーディ。
目下には同じく目を見開き、驚きの表情をするイグナスがいた。
「馬鹿野郎がよ……」
イールーディの背後から静かに呟く声が聞こえてくる。
いつの間にかその場に移動していたハインズは、その場に居ない誰かに向かって呟いているようであった。しかしそんな呟きも、次の言葉にかき消される。
「悪く思うなよ」
言葉を言い終えた時には全てが終わっていた。
イグナスの身体に馬乗りになるように跨っていたイールーディの身体を退かし、倒れているイグナスに手を差し伸べる立ち上がらせる。
「大丈夫かイグナス」
「は、はい……」
「仲間を助けてやれなくて悪かったな」
「……いえ……」
顔を伏せ悲しみの表情をするイグナス。
「……イールーディの…その……身体は…」
「悪いが動かすことは出来ない。衛兵に現場検証してもらわなければならんからな。可哀想だがこの場に置いておく」
イグナスは離れた場所に視線を向ける。そこには、もうけっして喋ることのない、友の頭部が転がっていた。
「…………」
「お前は何も悪くない。俺がイールーディを殺した。それだけだ」
「……でも……」
イグナスは唇を噛みしめる。
「……俺が止めるべきでした……。最後も、せめて……俺が……」
それ以上の言葉をハインズは喋らせなかった。イグナスの頭に手を置き、無遠慮になでつける。
「ガキにガキを殺させてたまるか。そういうのは俺みたいな汚れた大人がやる。だからお前は真っ直ぐ生きろ。二人の為にもな」
「……っ!?」
咄嗟に首に手をやるイグナス。
そこで全てを察したイグナスは、そしてその場に崩れ落ちる。
「……キース……さん………」
嗚咽混じりにその名を呼ぶイグナス。
後はただ、声にならない声を上げることしかイグナスには出来なかった。
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