71 朝の日常
「ふぁ……んっ」
欠伸を噛み殺し、腕を上げ身体を伸ばしていく。寝起きの重たい身体を伸ばし、意識を少しずつ覚醒させていく。
外はまだ薄暗く、朝と言うには少し早いその時間帯。往来に人の気配というものはあまり感じられない。町の人々は一部を除き今も夢の中であろう。
寝台から身体を起こし立ち上がる。季節的にいえば初夏にもならないこの時期、早朝ともなればまだまだ肌寒い。にも関わらず、寝ている間に汗をかいたのであろう、その身体にまとわりつく不快感にキースは眉をひそめる。
その原因を思うと少々、というか、いや、結構、だろうか。少なくない不満にキースは重い溜息をつく。
「むにゃ むにゃ むにゃ…… んにゃぁ……」
その原因であるソレは、気持ちよさそうに鼻提灯を作り夢路の旅へと誘われている。
「むにゃむにゃ…… もう食べられにゃいにゃぁ…… むにゃむにゃ」
寝台の上で仰向けに寝転がり、前足で顔をコネコネとさすり、気持ちよさそうにしながら寝言を口走る。満足したように口をモゴモゴさせ、にゃははと笑いながらイビキをかいていく。その間鼻提灯はぷくぅと割れることなく存在感を主張している。
「……こいつは毛皮着てる癖に熱くないのかよ、ったく……」
げんなりした様子でソレを見つめるキースは、もはや諦めといった表情で項垂れるのであった。
寝ている時、いつの間にか自分の寝床に潜り込んでくるミィーケにうんざりするキースであったが、何度文句を言っても一向に治らないその行動に、ついには諦めるしかなかった。その結果、隣にある温かい毛皮のせいで毎夜寝汗をかく羽目になっていた。
ミィーケがキースの元で活動すると決めた日。ミィーケはその日の内にキースの元に転がり込んで来た。断固拒否するキースであったが、扉の前でみゃぁみゃぁ鳴くミィーケの姿に周りの住人が眉をひそめ、その状況に耐えられなくなったキースは、そしてついに心が折れた。以降キースとミィーケは寝食を共にしているのであった。
椅子に掛けてあるズボンに足を通し、靴の紐を結び立ち上がる。
扉の前に立て掛けてある木刀を手にし部屋から出て行く。
裏口から建物の外に出て、裏庭の中心まで移動する。そこで木刀を握っている手にゆっくりと力を込めてゆく。手に馴染んだ木刀は、吸い付くようにキースの手に収まっている。
「スゥッ! 」
木刀を構え、そして振り抜く。
空気を切り裂く音が静かな夜闇に浸透してゆく。
己の太刀筋をしっかりと確認するように、慎重に、丁寧に、だが決して手は抜かず、力強く全身の筋肉を使って木刀を振り抜いていく。
日課となる鍛錬。
剣を取り、一人で生き抜いていくと決めたその日から、日々欠かすことなく剣を振る。役立たずのスキルしか身に付けられなくても、冒険者として大成しなくとも、才能が無くても、それでもひたすら剣を振るう。
いや、才能がないからこそ、毎日こうして鍛錬をするのだ。もし剣を振るのを止めれば、今も冒険者として生き抜いていくことはできなかったであろう。
「ふぅ」
額に流れる汗を手で拭い、大きく息を吐きだし呼吸を整える。
幾度も木刀を振り、そうしているうちにすでに城壁の向こうから朝日が昇りはじめていた。朝日と共に町の住人が少しずつ活動をはじめていく。そして人々の活動と共に町が息ずいていく。
そんな町の息吹を肌で感じ取り、キースは剣を振るうのを止める。そして裏に設置されている井戸に近寄り、そこから水を汲む。それを頭から勢いよくかぶる。
「つっめてぇっ!!」
冷えた井戸水が火照った身体に染み渡る。
井戸の横に置いていた手ぬぐいを取り、汗とともに水を拭い取ってゆく。
こうしてキースは日課の朝の鍛錬を終えるのであった。
「ほらっ、起きろ寝坊すけ」
未だ寝台にて寝ているミィーケの鼻提灯を突いて破裂させると、それが合図となりゆっくりと目を覚ましていく。目をうっすらと開け、丸めた手で顔をこすり、髭をピクピクさせ大きな欠伸をしながら身体を起こしていく。
「……にゃぁ…… ふにゃぁぁ…… キースゥ…… 汗くさいにゃぁ……」
「うっさい。さっさと起きろ」
眠たい目を擦るミィーケの首の後ろを摘み上げる。未だ眠たそうにしているが、お構いなしにキースはミィーケを運んでいく。そして椅子の上に座らせ目の前の机に食事を置いていく。
「ほら、朝飯だ。食って目を覚ませ」
ミィーケの前の椅子に座ったキースは、同じく自分の前に用意した食事に手を付け始める。
「……これ飽きたにゃ……」
ミィーケは目をシパシパさせ、眠たそうにしながらパンを口にしていく。
「文句をいうな。貧乏冒険者にはこれで充分なんだよ」
「……肉が食べたいにゃ……」
「贅沢いうな。って寝ながら食うなっ!!!」
いつの間にか鼻提灯を浮かべながらパンを噛りるという器用なことをするミィーケの頭をキースは思わず叩く。
「ん”に”ゃゃあ”あ”! いきなり何するにゃ! 痛いにゃ! 暴力反対にゃ!」
手足をバタバタさせ抗議するミィーケにキースもたまらず声を荒げる。
「お前がアホなことしてるからだろっ!! どんだけ器用なんだよその鼻!! ってからさっさと食え!! いつまでたっても出発出来ないだろうが!!」
「にゃ!! にゃ!!! にゃ!!!! 」
爪を飛び出させ威嚇してくるミィーケを無視し食事を済ませていく。いつまでも付き合っていたらキースまで食べるのが遅れてしまうからだ。
キースは自分の食事を終えると、席を立ち部屋の隅に置いてある荷物へと近づいていく。そしてそれらを手にし軽く点検して不備が無いことを確認していく。
「よし、それじゃあ行くぞ」
「にゃ!! んにゃぁ!! ちょっと待つにゃ!!!」
「待たない。止まらん。先に行く」
荷物を背負い部屋の外へと足を運ぶ。その後ろでは食事を口に放り込み頬がパンパンになったミィーケが慌てて支度をし始めていく。慌ただしく準備するミィーケは途中転けたりなんかもするが、それでも準備を終えると、急いでキースの後を追っていく。
「ちゃんと戸締まりしたか?」
「にゃ!?? にゃぁあああ!!」
慌てた様子で踵を返し部屋へと戻っていくミィーケ。その後ろ姿を目にしながら、キースは静かにため息をつく。
「もっとゆったりとした朝を迎えたいんだがなぁ……」
こうして二人は、慌ただしくも元気な朝を迎えるのであった。
ミィーケは押しが強いですね
評価、感想、ブックマーク、お待ちしております。




