72 三人で昼食
「みゃぁっ! みゃぁ!」
食台の上に置かれた料理を嬉しそうに眺めながら器を手にする。そしてそれを自分の方へ寄せていき、よだれを拭い料理に手を付けていく。
「美味ゃーにゃ! うみゃーにゃ! 重労働の後のご飯はうみゃーにゃ!」
朝の薬草採取を終え、町に戻ったキースとミィーケは昼食の為に食事処へと足を運んでいた。ミィーケの労働とは当然薬草の採取なのだが、本人が言うほど重労働ではない。だがそんなことはミィーケには関係ない。本人がそういうのであれば、そうなのだ。
「もう少しお上品に食事をしてはいかがでしょうか」
騒がしくご飯を食べるミィーケの姿は少々品が欠けると言えなくもない。その姿をみていたシャルティエルが困った様子で声をかける。
そう、この場にはシャルティエルも同席していた。これまで彼女は薬草採取を終えた後、屋敷に戻ってそこで昼食を取っていた。だがミィーケがキースの元に転がり込んで来るようになってから状況が変わった。ミィーケとキースが二人で昼食を取っているのを後から知ったシャルティエルが、ならば自分もとそこに加わる形となったのだ。二人だけでズルい、というやつである。
それを聞いてキースは「ズルいも何もないだろう……」と呆れた表情をしたが、別に断る理由もないので、今では昼食は三人で取る、というのが一連の流れとなっていた。
ちなみに執事であるセルバはここに含まれていない。セルバはキースらが森に行っている間に食事を済ませているからだ。そのため昼食時はシャルティエルの後ろで控えている。一緒に席につけばいいのではと思うキースではあったが、セルバにはセルバの考えがあり、執事として譲れないものがあるのだろう。
ともかくとして、こうして三人で昼食をとっているのだが、先も言ったようにミィーケの食事風景は少々騒がしい。その事に元貴族であるシャルティエルは色々思うことがあるようだ。
「食事を楽しむなとはいいません。ですがもう少し、落ち着きを持って食事されてもいいのではないでしょうか」
「にゃ? ウチは落ち着いているにゃ! これが普通だにゃっ!! うみゃーー!!!」
言ったそばからミィーケは声を上げて顔をほころばせる。あっけにとられるシャルティエルを他所にミィーケた楽しそうに食事を続けていく。
「うみゃーな! うみゃーな!! にゃ? シャルティエルはご飯食べないにゃ? これうみゃーよ? 食べにゃいともったいにゃいにゃ!!」
食事に手を付けないシャルティエルを心配するようにするミィーケだが、その間食事する手は止まっていない。ミィーケとは本能に生きる女なのだ。
もはや諦めの表情をするシャルティエル。この猫人には何を言っても無駄なのだと悟ったのだろう。ミィーケに向けていた視線を店内へと移し、中にいる店の主人に頭を下げる。
「お騒がせしてしまい、申し訳ありません」
「はっはっは!! 気にするな嬢ちゃんっ!! 俺が作った飯を美味そうに食ってんだ。迷惑なんて思っちゃいねぇよ」
店の主人の発言にほっとするシャルティエル。元より育ちの良いシャルティエルはこういった周囲への配慮に気を配る質なのである。
「それにしても、キースよ。お前さんいつからこんな別嬪さんを連れて歩くようになったんだ。見た所いいとこの嬢ちゃんみてぇじゃねーか」
「仕事で少しな」
「キースさんには大変お世話になっていまして。今も色々と学ばせて頂いているんです」
「へぇー。キースが世話たぁ、嬢ちゃん冒険者には見えねぇけどな」
主人がしげしげとシャルティエルを観察するが、どうみても冒険者には見えないその様子に眉を潜めている。
「はい、私は冒険者ではありません。キースさんには薬草の取り方や薬の調合なんかを習ったりしています。それとシルビァーナさんという治療師の方にお話を伺ったりしています」
「なんだ嬢ちゃんシルビァーナさんとも知り合いなのか」
「シルビァーナさんをご存知なのですか?」
「そりゃ、このイデアランでシルビァーナさんを知らない方が珍しいだろう」
主人はさも当然とばかりに言ってみせる。
「こんな辺境ともなると、医師なんかも少ないからな。治療できる人間などはどうしても限られてくるのさ。だからこそ俺らみたいな下っ端の冒険者もこうして仕事にありつけるんだけどな」
キースの説明にシャルティエルは納得した表情をみせる。シャルティルはキースと共に何度も薬草採取を行っているが、他にそういった事をしている人を他に殆ど見なかった。医師や治療師と共に薬剤師などの数もおそらく少ないのだろう。
「なんにゃ、この町に薬剤師は少ないにゃか?」
ご飯を頬張っていたミィーケが意外とばかりに会話に加わってくる。
「そうだな。そもそもこんな辺境の町は大きな街に比べ人口自体がすくないからな。そこまで必要じゃないのさ。医者ばかり多くてもそう仕事が増えるわけでもないしな」
「にゃるほど、それも当然だにゃ」
「まぁ、少ない分今いる医師や治療師たちの負担が多くなるんだけどな」
「だからヘッポコなキースにも沢山仕事があるにゃ」
「そのヘッポコの元で働いているのはどこの猫様なんだろうな」
「それはそれにゃ」
歯に衣着せぬ物言いのミィーケであるが、言っていることは正しい。もし大きな街などであればキースに出来る仕事はもっと少なかったであろう。それをわかっているからこそキースもこうして辺境の町に居着いているのだ。
当たり障りのない会話をしながら三人で食事をしてたところ、何やら外が騒がしい事に気がつく。
「なんにゃ?」
「……どうやら喧嘩みたいだな」
大声で怒鳴っている声が複数聞こえてくる。そしてそれを囲むようにして野次馬の声も複数聞こえてくる。
「なんにゃ物騒だにゃぁ」
「最近いざこざが増えた気がするな」
店の主人の言葉にキースが反応する。
「オヤジもそう思うか」
「ああ。特に若い連中が言い争いをしているのを目にするな。見た感じ冒険者っぽいナリをしていたが、そこらへんどうなんだキース」
「俺も少し気になっていたんだよな。駆け出しの若い連中の中で、こう何ていうか、言動が少々目立つやつがちらほら見かけるんだが。少し妙なんだよ」
「にゃ?妙ってにゃんだにゃ?」
「そいつらの事を詳しく知っている訳ではないんだが……。そいつらは別に昔から素行が悪い訳ではなかったんだよ。それが最近になって、短気になったというか、気が荒くなったというか、そんな様子らしいんだ」
「なんにゃ、思春期かにゃ」
「いや、それは流石にないだろう……」
若いとは言っても、流石にそこまで若いというわけではない。一部少年といっても差し支えない年齢の者もいないわけではないが。
そこでキースはふとある事を思い出す。それは以前イグナスから聞かされた話だ。その話では、イグナスの冒険者仲間の一人が最近気が荒くなったと言っていた。そのせいで言い争いをしてしまうこともあるのだと……。
「キースさん、どうかしましたか?」
いつの間にか考え込んでいたキースに、心配するように声をかけるシャルティエル。
「ああ、いや、なんでもない」
「そうですか、何やら難しい顔をしていたようでしたので……」
「そんな顔していると、あっというまに老けるにゃ」
「心配しなくても俺はもうおっさんだよ」
「にゃにゃにゃ!! 加齢臭にゃ!!」
「まだしないわっ!! え、しないよな?」
「にゃ!! 枕から臭うにゃ!!!」
「……嘘だろ……」
外の喧騒などまるで耳に入らないかのように、ただ呆然とするおっさんがここに一人、どこか遠くをみつめているのであった。
ミィーケさんは残酷です




