70 弟子爆誕
「あっはっはっはっ!!」
「笑い事じゃないんだよなぁこれが」
「ははっ! これを笑わず何に笑えっていうさねっ! 」
腹を抱え目に涙を溜め大笑いするシルビァーナを尻目に、キースは心底嫌そうなため息をつく。こちらの苦労などお構いなしといわんばかりに、大きく口を開けて、心の底から愉快そうに笑っているその姿。実に楽しそうだ。
「くくく、アンブロシア使った腰痛薬とか……っ! くははっ、そんなもの見たことも聞いたこともないさねっ!! あっはっは!!!」
一度使えばどんな病を治すといわれるアンブロシアを、まさか腰の痛みを癒やす薬に使用するなど、まさかアンブロシア自身も思ってもいなかったであろう。
「伝説の腰痛薬ここにあり! ってさね! これは伝説になるさねっ!」
未だ腹を抱えているシルビァーナ。ひとしきり笑った後、息を整えるようにして深呼吸をする。やっとのことで笑いが収まったシルビァーナは、指で涙を拭いながら話を続ける。
「まさか殆ど使用しちまうとはねぇ。その猫人、ミィーケっていったかい。案外大物じゃないさね」
「本人はそれがアンブロシアだって知らなかったからな。知ってたら流石に使わないだろ」
「いや、わからないさね。獣人ってのは本能に正直なやつらが多いからねぇ。知っててもその魅力に逆らえなかったかもしれないさね」
知ってて使ったのであれば、それこそこそ大物だろう。
……ミィーケならばやりかねないかもしれない。何故かキースにはそう思えてならなかった。キースの脳内に鼻歌混じりにアンブロシアを調合する姿が浮かんできて、思わず鼻で笑ってしまった。
「それにしても、セルバ氏もかなり思い切ったことするもんさね。アンブロシアに金貨千二百枚を提示するとか」
シルビァーナは顎をさすりながら、感心とも呆れとも取れる表情をする。
「当時のセルバさんはそこまで追い詰められていたんだろう」
未だに脳内で楽しそうに調合するミィーケを手で振り払い、シルビァーナに向き直る。
「今でこそ普通の生活をしているが、当時は辛かったんだと思うぞ。シャルティエルも、そしてセルバさんも、な」
「確かに、セルバ氏の行動はシャルティエルの嬢ちゃんの事を大事に思ってのことだろうさね。それでもアンブロシアに金千枚以上出そうとはねぇ。でもまぁ、相場の三、四倍と考えるとそこまでありえない話でもないのかもね」
「……帝国での相場、そんなに高かったか?」
シルビァーナの発言にキースは驚いた様子をみせる。それもそのはず、今シルビァーナが言った金額は、王国での相場のそれよりかなり高かったからだ。シルビァーナの話が本当なら、帝国でのアンブロシアの値段は一株あたり金貨二、三百枚ということになる。だが、王国では金貨百枚もしないのだ。
「まっ大体そのぐらいの金額にはなるさね。王国ではアンタがそれなりの数卸しているお陰でそこまで価格が高騰していないが、これが他所の国となると話は変わってくる。元々アンブロシアなんてのは、おいそれと流通するものではないのさ。だから国を跨いでとなると、その価値は何倍にも膨れ上がるのさ」
「まさか帝国でそれほどの値になっているとはな……。イデアランではだいたい金貨三十枚前後だろう。それが十倍か」
キースが驚く理由が正にそれであった。この辺境の町イデアランでは、アンブロシアはその程度の値段で入手出来るのだ。
超希少とされるアンブロシアがイデアランでは何故このような安価で入手出来るのか。
この秘薬とされるアンブロシアであるが、実のところキースは定期的に入手することが出来るのであった。というのも、キースは様々な薬草類を森で栽培しているが、そこにアンブロシアも含まれているのだ。とはいえ、流石に他の薬草のように大量に採取出来ると言わけではなく、その数は圧倒的に少ない。そして一つの苗から収穫できるまで約二年という年月が必要であるため、森の中に幾つもの場所に栽培していても尚、その収穫量は年間十株程度であった。
こうして収穫出来たアンブロシアは、自身用に数株を手元に、そして残りを商会などに卸しているのだ。そのため、この辺境の町イデアランでは他所の街に比べ価格が低いという仕組みであった。帝国に流れたアンブロシアは、おそらくキースから仕入れた物を高値で取引したものであろう。
「とはいえ、いくらイデアランでは入手しやすいとはいえ、それを十五株も使うなんてねぇ。帝国価格に当てはめれば、金貨にして約四千枚さね。そりゃ正気も失いたくなるさねっ!」
再び笑い出すシルビァーナ。今回の事が余程気に入ったのか、気を抜けば大笑いをするその姿にキースはため息をつくのであった。
「――――今考えると、セルバさんがあんなにも動揺していたのも、それが原因だったんだな」
ミィーケは誤ってアンブロシアを使ってしまったが、セルバからしたら他人事でしかないはずだ。なのにあれほど動揺していたのは、その価値、価格を考えてのことだったのであろう。特にセルバ本人からしたら、アンブロシアは金千二百枚を提示しても手に入れることが出来なかった代物だ。それをミィーケは十五株も……と思っただろう。セルバの感覚的からしたら金貨約二万枚……
「……おふぅ…」
想像しただけで頭が痛くなる金額だ。正気を失うのもある意味仕方がないのかもしれない。
あの後のミィーケは本当に酷かった。
まず、まともに話せる様になったのはそれから数日経ってのことであった。そして正気を取り戻してからも、その行動はそれはもう酷いものであった。
まず最初にミィーケが取った行動、それはキースに己の命を差し出すということだ。これは命を絶つというのではなく、己の命を賠償金としたのだ。これは言ってみれば奴隷宣言みたいなものだ。
この行動にキースは本気で頭痛で頭が痛くなった。
その表現が間違っているとか、そんなことどうでもいいと思えるぐらい、本当に頭が痛かった。それはもう目眩がするぐらい。
それもそうであろう。キースが今いるこの王国では、過去に奴隷制度があった。今でこそ公にその制度は失われているが、裏ではそれに準ずるような形で今も深く根付いている。そんな眉をひそめるようなもの、しかもそれを亜人でなどと。冗談でも触れていいものではない。それをミィーケはそれに近い形を提示してきたのだ。これが頭痛にならなくてなにになるというのだあろう。
いくら止めろといっても、ミィーケは首を縦に振らなかった。というか、まともな判断が出来ていなかった。干からびた猫にまともな頭などなかったのだ。これには流石のキースも声を荒げ、そして数日かけて説得していった。
やっと冷静に物事が判断出来るまでに回復していったミィーケではあるが、それでも自身がしでかした事に責任を感じており、その責任を取る方法を探していた。
そしてキース、ミィーケ双方が頭を捻り、数日かけ、悩みに悩んだ末に行き着いたのが、キースの弟子になる、ということであった。弟子として、もしくは助手として、キースと共に行動し、キースの手助けをし、キースの為に働き、そして借りを返していく。そう結論ずけたのだ。
今にして考えると何だそれは? と思うかもかもしれないが、その時はそれが最善だと思っていたのだ。というか、もうそれ以外考えられなかったのだ。ぶっちゃけ、その時すでに二人共まともな判断力は失われていたのだ。途中二人で失われた世界の秘宝を探しに冒険の旅に出る、などと分けのわからない案も出ていたことを考えると、そうならなくて本当によかったと考えさせられるのであった。
こうして底辺D冒険者に、謎の専属助手が誕生したのであった。
本当なんだこれ………
因みに、この話を聞いたシルビァーナが再び笑地獄に囚われたのは、言うまでもないことであった。
シルビァーナ曰く「この歳で腹筋がつるとは思ってもいなかった」だそうです。




