37 剥奪
「確かにあの場でザイルに逃げられたのは正直キツかったさ。だが、ザイルが撤退したという行動自体は、別にそこまで悪いことじゃない。」
「……え?」
キースの発言にイグナスは間の抜けた声を上げる。
「もちろん勝手に逃げたのは駄目だ。だがもし事前に仲間にそのことを伝え、そして隊として撤退という決断をするならば、それは選択肢の一つだ。ザイルの行った行為で叱咤すべき事は無言で逃げたことだ。一言言えばあの場では納得できなかったとしても、肯定はできる。」
「……なんでそんな考えが出来るんですかっ。おかしいですよ!!」
「これは感情抜きにしての結果だけを見てのことだ。実際ザイルが町に戻ってきたことで、ワイバーンの情報を持ち帰ることが出来た。だから組合はそれに対応するべく行動を起こすことができる。この中にも、新たなワイバーン出現の報告を耳にして、行動すべく準備していた者もいただろう。それがザイルがもたらした情報の結果だ。」
無論個人の感情としては頭にこなくもないがな。とキースは最後に付け加える。
キースの話を聞いて、納得は出来ないが理解の色をしめす冒険者が複数。彼らは情報を元にどう動くかを思案していた者たちだろう。だからこそキースのこの発言をある程度受け入れることが出来た。
だがそんな言葉を素直に聞き入れられない者たちだって当然存在する。目の前のイグナスがそうだ。イグナスはキースの言葉を聞き入れられるほど大人ではなかった。
「そんなもん詭弁です……。俺はコイツが許せない。」
「別に許す必要はない。武器を抜くなと言っているだけだ。冒険者稼業なんて別に仲良しこよしでやるものでもないだろう。気に食わない相手とは隊を組まなければいい。お互い距離を取って離れればいい。ただそれだけだ。それに、ザイルは元々この町の冒険者ではない。他の街から一時的に身を置いているだけだ。時期が過ぎれば元の町に戻るだけだ。」
「……」
キースの言っていることを理解したくもなかったイグナスではあったが、だがこんな怒り任せに刃物を抜いては駄目だという理性も残ってはいた。感情のせめぎ合いがイグナスの中で行われる。結果、感情よりも理性が勝り矛を収める。
そんなイグナスの頭をキースは少々乱暴になでつける。
「それでいい。お前には犯罪者にはなってほしくないからな。」
「……何いっちょ前のこと言ってんだよ雑魚がよ。てめぇもここの冒険者もクズの集まりだな。」
再びザイルが悪態をつく。それも先程よりも、明確に負の感情を込め。
「ザイル、あまり他の連中を焚きつけるな。全員が気が長いって訳ではないんだからな。それに、いつまでもそんな態度を取り続けていると、いつかしっぺ返しをくらうぞ。もっと自分を律しろ。」
「……うるぇんだよクソが。てめぇ何様のつもりだよ雑魚野郎がっ!!」
「何様でもない。一人の大人としての忠告だ。」
「何だ忠告だ。てめぇみたいな雑魚に言われる筋合いはねぇってんだよっ! まずはテメェの雑魚っぷりを直してから出直せよ雑魚が。てめぇなんて一人では何も出来ないクソ野郎だろうが。えぇ!? そうだろうがよっ!!」
ザイルは感情的になってキースに怒鳴りつける。
「だいたいなんだテメェはよ!! さっきからグダグダえらそうに!!! いい加減うぜぇんだよ!! 雑魚が俺に指図すんじゃねーーー!!!!」
そして感情が爆発する。
今この場でなによりもザイルをイラつかせるのは、絡んできた冒険者なんかではない。目の前の男キースであった。
無能で役立たずな雑魚。D級冒険者と一人前にすらなれないクズな落ちこぼれ。そんな存在をザイルは見下していた。本来であればそれだけだ。そこにそれ以上のものはない。ただ見下しそれでおしまい。これほど感情的になる相手ですらない。そのはずだった。
森での探索で、ワイバーンと遭遇したザイルは、撤退という判断を下した。突発的な遭遇であり、準備も不十分、おまけにこちらの戦力は魔術使いと先のクズ冒険者の二人だけ。ならばここは無理に戦わず一時撤退し情報を組合に持ち帰ることが重要である。そう思いザイルは行動に移った。
そしてそれは間違いではなかった。ザイルの持ち帰った情報は組合に迅速な行動を行わせるのに役立った。新たなワイバーンの出現に、町にはそれに対応するべく行動を起こす。もし情報を持ち帰らなければ、後手に回っていたであろう。己の行った行動は正しい。間違ってはいない。ザイルはそう思っていた。
他者に逃げただのなんだの言われようが、そんなもの関係ない。冒険者としてやるべきことをしたまでだ。自身にそう言い聞かせた。無理やりにでも言い聞かせた。仲間を見捨てて逃げ出したとしても、それは必要な犠牲だ。ひと一人の命よりも重要な事などいくらでもある。今回のことがまさにソレだ。ザイルは何度も自分に言い聞かせた。
そんな見捨てた人間が帰還した。
それもワイバーンを討伐しての帰還。
結果として残ったのは、自分は逃げ雑魚が逃げずに立ち向かったという事実。たとえ雑魚の力でワイバーンを討伐したのではないのだとしても、そんなもの関係ない。周りの人間はそう捉えない。
自分よりも圧倒的に実力で劣る者。ただ単に逃げ遅れだだけのノロマなくせに自分よりも上だと周りの者は判断している。そのことにザイルの自尊心は酷く傷つけられた。
心の奥底では、逃げたことへの後悔、そして見捨てたことへの罪悪感、それらがけっして消すことの出来ない沈殿物となって残り続けていたのだろう。そんな消すことの出来ない異物が、様々な感情によって爆発してしまったのだ。
ザイルは自身でも抑えることの出来ない感情を吐き出すことしか出来なかった。
「テメーは最初っから何も出来ないクソだったよなぁぁ!? 調査の時も何もせずただ後ろをついてきただけ。実力も能力も何もありゃしない! そんなクソがたまたま味方に恵まれてワイバーンを倒せたからって調子にでも乗っちまったか? 勘違いすんじゃねーぞ! テメーはクソな雑魚だ! いい気になってんじゃねぇ!!」
「別に勘違いなど__」
「テメーのその態度がそうだって言ってんだよ!! 雑魚が俺に歯向かってんじゃねーーー!!!! ああっ? クソが!! くそがよ!!! てめムカつくんだよ!! 殺すぞ!!!! あぁ!?? 死ぬか!?」
ザイルはキースに詰め寄ると勢いよくその胸ぐらを掴む。近くに居たイグナスが止めようとするが、それをザイルが力任せに突き飛ばす。
「たまたま運よく生き残れたからって勘違いするな! 偉そうにすんじゃねー! テメーはクソなんだよ!! 勘違いしないように俺が殺してやるよ!」
胸ぐらを掴まれたキースは感情そのままに勢いよく突き飛ばされる。全力で吹き飛ばされたキースはそのまま壁に叩きつけられる。
「雑魚が芋虫みたいに地面にへばりついてお似合いじゃねーか!! なぁ、そうだろう!?? それが人様に舐めた口きいてんじゃねーよ! ゴミはゴミらしく道端で汚らしく転がってりゃいいんだよ!!!」
パシーーーーンッッ!!
室内に渇いた音が鳴り響き喧騒が静まる。
音の発生源、そこにいるは組合職員のナタリー。
「冒険者ザイル、横暴も行き過ぎると組合職員として見過ごすわけにはいきません。場をわきまえなさい。」
「……あぁ?」
己の頬を叩いた職員を睨みつけるザイル。しかしザイルの睨みに対し、ナタリーは一歩も引くことなく正面に立つ。
そんなナタリーに今にも殴りかからんばかりに凄むザイルであったが、そんなザイルに対し、ナタリーは誰にも聞こえないような、本当に小さな音量で言葉を発する。目の前にいる男にだけ聞こえるように。
粋がるなよ雑魚が 身の程を知れカス野郎
勢いよく拳を振り上げ目の前の女を殴りつける。
全力で振り抜いた拳は体重の軽いナタリーを勢いよく吹き飛ばす。
突然の出来事に周りの冒険者の反応が遅れる。
気づいた時にはナタリーは既に殴られた後であった。
「てめぇ……今なんて言った? あぁ?」
吹き飛んだナタリーにゆっくりと歩み寄るザイル。その瞳からは完全に冷静さが失われていた。周りの冒険者がザイルを止めようとするが、それよりも早く___
「受付風情が俺に舐めた口聞いてんじゃ……」
ザイルが続く言葉を発するのを止める。そして止めたのは言葉だけではなかった。歩みそのものも止めたのだ。しかも不自然に、突然その場に崩れ落ちるように地面に倒れ込む。
「……あぁ?」
突然の事に、周りに居た冒険者が唖然とし、倒れ込んだザイル本人も突然のことに理解が追いついていないようであった。
立ち上がろうとするが、なぜか一向に立ち上がる気配がない。その異様な光景に周囲の空気がざわつき始める。
「どうなってやが………」
ザイルが立ち上がろうと身体を起こそうと、手足に力を入れるが、何故か力が入らない。その事に不審に思い、己の手足に視線を向けると__
「……なんだ……こりゃ…」
ザイルの両手両足が、歪に折れ曲がっていた。いや、折れ曲がっているというにはあまりにも似つかわしくない表現。まるで骨という支えが粉々になったかのような。言い換えるなら道端の雑草を何度も踏みつけてグチャグチャになった姿のような、そんな表現がぴったりな、そんな状態になっていた。
不思議と血は出ておらず、それがかえってどこか作り物の手足のような、そんな錯覚さえ覚えてしまうほど。
そんな異様な光景の中、静かな足音が聞こえてくる。その足音はその者は倒れているザイルに近寄ると、まるで感情の感じられない冷たい瞳を向けて冷ややかに声をかける。
「組合職員への暴行、看過することは出来ぬ。組合規定により冒険者ザイル、貴様を拘束する、ならびに現時点をもって貴様の冒険者としての資格を一時剥奪する。」
「……なんだ…グゥッ」
突如くぐもった悲鳴を上げる。まるで首を絞められた河鵜のように、声なき声でうめき声をあげる。いや、実際絞まっているのだろう。見えない手で絞められているかのように首が圧迫され押さえつけられている。ギリギリと絞まる首に、息が出来ずザイルは口をパクパクと動かす。
「黙れ、喋るな。私は言ったはずだぞ。いい加減にしろと。今のこの状況、自分で蒔いた種だ。黙って受け入れろ。」
冷たい視線をザイルに向ける補佐長。そんな補佐長の言葉であるが、当の本人であるザイルは全く聞いていなかった。すでにザイルは意識を手放していた。
「___ここまで愚か者だったとは。」
補佐長はうんざりした様子で転がっているザイルを眺める。そして視線を後方へと移し、言葉をぶつける。
「キース、お前の目は少しばかり節穴だったようだな。」
こちらに近寄ってくるキースに補佐長は淡々と言葉を投げかける。
「まさか、ここまで短絡的に行動を起こすとは思いもよりませんでした。確かに口は悪かったですが、一線は越えない人物だと思っていたのですが……。」
「ふむ……。」
補佐長はゆっくりと視線を動かす。キースの横、その腕に支えられるように立っている人物に。
「お前が必要以上に挑発し感情を逆撫でするからだぞ、愚か者。」
「___何のことでしょうか?」
「私が気づかぬとでも思っていたか?」
「それでも実際に手を上げたのは彼です。弁解の余地はなしかと。」
「無闇に面倒事を増やすなと言っているんだ。この忙しい時に。人手はいくらあっても足りぬのだぞ。事後処理もしなければならぬというのに。ナタリー、お前にはその埋め合わせをしてもらう。しばらくは休みがないと思え。」
「はい、了解しました。」
話は終わりだと言わんばかりに、補佐長は組合の奥へと歩き去っていく。その後ろをザイルを抱きかかえた組合職員が続いていく。
「まったく、何をしているんだナタリー! 無茶をするんじゃないっ!」
キースは抱えているナタリーを叱りつける。あれはいくらなんでもやりすぎだ。一歩間違えれば大事故に繋がっていた可能性だってある。しかし、当の本人は何処吹く風、まるで気にしていないといった雰囲気である。
「聞いてるのかナタリー。」
「聞いてません。」
「なっ!?」
「聞きません知りませんわかりません。」
「何ごねてるんだっ。」
口を閉じすまし顔をしながら、ナタリーは組合の奥へと姿を消していってしまった。その後姿をキースは唖然としながら、ただ見つめることしか出来なかった。
次の投稿は2~3日後になるかと思います。
基本週2、3話更新を目処に投稿していくかと思います。




