地脈
私が魔法暴走を起こしかかった翌日、地脈への干渉を行うってシルビアさんが言った。ディアンと私、そして探査の得意なニコラとグリスさんを連れて、国境のギリギリまでバザフ山に近づくそうだ。
ベースキャンプ近くまで押し込まれてた戦況は少し改善して、他の魔法騎士達は剣士と一緒に討伐を続行している。
私が暴走しそうになったお陰で、と、シルビアさんは言ってくれたけど、皆んなが頑張ったからだと思う。
私は地脈と言われてもピンとこない。
元の世界での友人なんかは、パワースポット巡りとか行ってたから、何か、そういう張り巡らされたモノは有るんだろうけどね。
バザフ山というのは、そこまで大きな山ではなかったけれど、火口からモクモクと煙を吹き出していて、まさに活火山なんだと分かる。
グリスさんに山の反対側には湖ができていて、地下水が湧いているんだと教えてもらった。
彼は魔法騎士の中でも最年長で、黒髪に黒い目はディアンと同じだけれど、肌は赤褐色に近く細身で無駄な贅肉が一切ついていない。目も細く鋭い切れ長だ。白毛の混ざった髪を短髪にしていて、尖った顎には短い髭を蓄えてる。
綺麗とかハンサムとかではないけど、圧倒されるような気配を持っていて、とても魅力的な男性だ。
「君と一緒に行動できると思わなかったよ。団長が離さないからね」
目尻に深い皺を刻んで、グリスさんが微笑む。
ううん。
アイアンさんも格好いい中年だけど、この人も負けずに格好いいわね。
大人の男性は余裕が違うわ。
「そうですね。私、魔法騎士団に勤めているのに、知っている魔法騎士の方は限られてますし」
私が笑って答えると、グリスさんは軽く首を傾げた。
「一人では魔法が使えないって聞いてたけど……そんな事もなさそうだ」
「ニコラに指導してもらったので」
彼は少し離れた場所で、ディアンとシルビアさんと話し込んでるニコラへ軽く目をやって微笑む。
「ああ。それなら納得が行く。彼は優秀な指導者だからね」
「グリスさんも鑑定魔法が得意なのですか?」
「得意なのかね。まあ、側に居ると人の得手不得手は何となく分かる」
グリスさんは、私を見て面白そうに口角を上げた。
「リンさんは回復と浄化が得意みたいだね。実は魔物が一番嫌がるタイプだ」
「……ええと。そうなんですか?」
「ああ。対局のエネルギーだからね」
そういうモノなのかな。
私は好奇心から聞いてみる。
「グリスさん。私は地脈というのが、よく分からないんですけど」
彼は少し微笑んで顎髭に手をやった。
「そうだね。どう言えば君に分かるかな……リンさんは人体に二種類の血管があるのを知ってるかな?」
「あ、知ってます。動脈と静脈ですね」
「へぇ。面白いな。君の世界では、そんな風に呼ぶんだね。ここでは、陽の血脈、陰の血脈と呼ぶ。地脈と呼ばれているモノも二種あってね。私達が住む星の血管のようなモノなんだよ」
グリスさんは長い腕を組んで、片手で髭を弄んでる。
「今、バザフからトルアに流れ混んでる地脈のエネルギーは陰性なんだ。陰のエネルギーは魔物を活発にする。……分かるかな?」
私は大きく頷いた。
すごい。
この世界でも自分達が星に住んでるって認識があるんだね。
しかも、人体の構造に重ねて考えるんだ。
「なんとなくですけど、わかります。でも、そうすると、どこかに流れ込んで浄化されるんですか?」
「そう。星の中心に人間でいうところの心臓があると考えられてる」
「うわっ。興味深いですね」
グリスさんが細い切れ長の目をさらに細めて、ククッと喉で笑った。
「面白い娘さんだね。こういう話に食い付きがいいなんて、非常に珍しい」
「そうでしょうか。すごく面白いですけど。えっと、そうすると、陽のエネルギーが流れている所でも、何かが活発になるんですね? 魔物は動きにくいとかあるんですか?」
「ご明察だ。陽の地脈の近くでは精霊達が活発に活動するようになる。君のいう通り、魔物は減る。彼らの活動エネルギーが減ってしまうからだね」
……ということは。
「では、地脈への干渉というのは、陰の地脈を細くする事なんですか?」
「いや、それは無理だ。地脈が流れている距離はとても長いからね。全てを細くすることはできないだろ? だからね、今回は向きを変えるんだよ。幸いにして、トルアを流れている地脈は、勢い余ってはみ出したような形になってるからね。バザフに押し戻すんだ」
「……えっと。それって、バザフの人達に怒られませんか?」
グリスさんが今度は声を出して、弾けるように笑った。
ええ、なんか面白いこと言ったかな?
「心配ないよ。もともと、あちらを流れてた地脈だからね。バザフは対策を取っていて、バザフ山付近に一般人は立ち入れないって聞いてる。勢い余ってこっちに来たものを、元の形に戻すだけだからね」
彼は笑いながら私の頭をグリグリと撫でた。
「心配ない。そんな不安そうな顔はしないでいい。怒られたりしないから」
完全に子供扱いされてるのね。
まあ、グリスさんにしたら、子供なんだろうけどさ。
シルビアさんが私達に近づいて来て言った。
「なんだか楽しそうなとこ悪いけど。そろそろ始めるわ」
グリスさんが笑って頷く。
「さて、仕事だ」
ヒョロッと細長いグリスさんが地面を見つめながら歩き出した。
シルビアさんが微笑んで私を見る。
「彼が地脈を見つけてくれたら、リンも仕事よ?」
「はい」
グリスさんが指し示した場所にディアンが立つ。
「リン」
ディアンに呼ばれて、私は彼の後ろから両肩に手を置く。
少し大人びた切れ長の大きな目が、私を見つめる。
彼と見つめ合うの久しぶりだな。
なんだか、とても穏やかな気分になった。
これから大仕事をするのにね。
「リミットは外していい。リンが気を失ったら俺が運ぶから大丈夫」
「……はい」
ディアンは小さく微笑んでから、前を向き直った。
聞いた事のない古語が、彼の口から溢れだす。とても不思議な呪文だ。
私の体に電気的な痺れが走り始める。
私の体が熱くなって、魔法エネルギーが凄い勢いでディアンに流れ込んでく。ディアンの体も熱くなって、上から圧力がかかってくる。押しつぶされるような重みを感じて、立っているのが辛い。
彼が大きく息を吐いて魔法を解き放った。
上昇ではなく、下降するエネルギーの渦に引きづられる。激しい目眩と共に、吸い出されるようにエネルギーを持ってかれるのが分かる。
倒れる寸前に、地面の下で暴れる大きな龍のイメージを見た。真っ赤な鱗に覆われた龍はディアンの魔法に引っ張られ、暴れていた。地面が激しく揺れ、木々が動揺している。
しばらく暴れた龍は、諦めて方向を変え、バザフ山の方へ向かってゆく。
グラついた私をディアンが振り返って支えた。
大きな魔法を放ったんだから、彼だって立っているのがやっとだろうに。
私が意識を失う前に、ディアンが笑いながら囁くのが聞こえた。
「他の奴に触らせるなって、ライアンに頼まれてるからね」
……ライアン。
弟に何を頼んでるのよ。
私は心の中で苦笑して、そのまま意識を失ってしまった。




