ウェディング
遠征から戻って、一番喜んでくれたのは、やっぱりアイアンさんだった。
私達を順番に抱きしめて、ホッとしたように息をつく。
「誰一人欠けず、大きな怪我もない。それが何よりだ」
ディアンによく似た切れ長の大きな目で、一人づつ見つめては笑ってくれた。
私とライアンが婚約という形になったものだから、アイアンさんは屋敷に離れを増設すると言った。
「新婚時代くらいは、気兼ねなく二人で過ごせる場所が欲しいだろう?」
「いや、それは有難いけど、親父……金かかるだろ。別の場所に部屋を借りてもいいんだぜ?」
ライアンが困ったように言ったけど、アイアンさんは譲らなかった。
「後には、お前が継ぐ家だ。ここに住みなさい」
私は黙っていたけど、アイアンさんの気持ちが少し分かる。
家族と離れて住むのが寂しいんだよね。
私も婚約の報告ができない両親を思って、少しだけ寂しかったもの。
二人に、私は幸せに暮らしてるって伝えられたら良かったのにな。
シルビアさんへの贈り物も、何とか式までに間に合った。白い布にビーズで刺繍して飾り箱を完成させたんだけど、けっこう苦労しちゃった。やっぱり、手芸は根気がいるよね。
でも、すごく喜んで貰えたから、頑張って作って本当に良かった。
布を貼るのには、ガインさんに頼んでニカワを用意してもらった。
今回は、ちゃんとライアンからガインさんに頼んでもらったから、私は怒られないですんだけど。
後でガインさんにお礼だけ言いに行ったら、クスクスと笑われてしまった。
「あの人、ウチのが欲しがってるからって言ってましたよ。もう、すでにリンさんはライアンさんのなんですねぇ」
……はは。
まぁ、うん。ライアン、思ったより焼きもち妬くしねぇ。
私もガインさんと一緒になって笑うしかなかった。
シルビアさんとグレイさんの結婚式は、春先に執り行われて、その日は国民の祝日になった。
お城のバルコニーから、グレイさんと一緒に手を振ってくれた彼女の美しかったこと。本当に宝石みたいに綺麗だった。
……で。
私は今、ウエディングドレスを着せられているんだよね。
ドレスはライアンのお母さんが嫁ぐときに着たものだそうで、アイアンさんが是非にもと言って、ララさんが私に合わせて直してくれた。
絹布にレース、ビーズがふんだんに使われたゴージャスなもので、ちょっと気後れしちゃうけど、ララさんが涙ぐみながら。
「リンさん。とても綺麗ですよ」
そう言ってくれたから、ドレスに負けてるだろうなって思うけど、まあ、いいかな。髪にはレースの上から、春の花をたくさん使った花冠を乗せてもらってる。これはルシアが作ってくれたの。
トルアの結婚式は、私にも馴染みのある様式から、そう掛け離れていなかった。違うのは祭祀を行うのが父親であるアイアンさんだという事と、誓いを立てるのは精霊達へだということ。
だから、式は教会ではなく野外で行われるのが普通なんだって。
国樹と呼ばれている大きな木斛の木の前で、精霊達に結婚を宣言するの。
先に行って待っている花婿のところへ、私は立会人であるシルビアさんに連れられてゆく。馬車で移動して、ベールを被ったままで手を引かれ、花婿であるライアンの隣に連れて行かれた。
後ろにグレイさんとシルビアさんが立って、周りを友人や知人、家族が見守ってる。さすがに緊張しちゃって、あんまり周りを見る余裕がないけど。皆んな正装で参加してくれてるみたい。
アイアンさんが国樹の前で私とライアンの手を取って重ねる。
「良き日、良き時を選び、ブライアン・アイアンと前園凛の結婚を宣言する。順風の時も嵐の時も、二人で手を取って長き旅を乗り越えてゆきなさい。全ての精霊、友人、知人、家族は、君たちを祝福している」
ライアンが私のベールを捲って、ハッとしたように目を見張った。私もベール越しではなくライアンを見て、ちょっと心臓が跳ね上がってしまう。
だって、なんか、無茶苦茶に格好いいんだもの。髪をオイルで撫で付けてるみたいなんだけど、前髪が少しだけ額にほつれかかってる。白と金を貴重にした正装をしてる。元の世界でいえば、燕尾服が一番近いデザインだ。
彼は目を細めて微笑むと、ゆっくり私に口付ける。
……え?
あれ、リハーサルした時より長くない。
や……ちょっと気が遠くなっちゃう。
やっと唇を離したライアンが、物凄く甘い目で私を見つめ、少し頰を染めて小さく囁いた。
「すげぇ、綺麗だから。もっとキスしてたいけどな」
自分がボッと音を立てそうな勢いで赤くなるのが分かった。
ライアンが悪戯そうに、ククッて喉の奥で笑った。
少しムッとしちゃう。
すぐ揶揄って遊ぶんだからね。
私はお返しにライアンの耳に囁き返す。
「ライアンも、すごく格好いい。ドキドキする」
彼はふっと息を飲んでから、目を瞬かせて真っ赤になる。
それから、片眉を軽く上げて私を睨んだ。
……こういう時のライアンは、本当に可愛い。大好き。
周りの人たちが祝福を口にしながら、花を投げ始めた。
私はライアンの腕を取って、二人で花の中を歩いていく。
精霊達も祝福してくれてるのが、肌を通して感じられた。
すごく、幸せ。
立食式の軽食を用意したテーブルの前に立って、参加してくれた人達を招いて振る舞う。アイアンさんが、相貌を崩して私を抱きしめた。
「とても綺麗な花嫁だ。誇らしいよ、リン」
「ありがとうございます。お父さん」
私がそう呼ぶと、少し涙ぐんで嬉しそうにしてくれた。
アイアンさんの隣に立ってたディアンに両手を広げると、彼は少し照れたように笑って抱きしめてくれた。
「おめでとう、リン。本当に姉になっちゃうんだな」
「今日から家族だね」
私が笑って彼を離すと、ディアンが小さくため息をついた。
「ライアンが羨ましい。本当に綺麗な花嫁だよ」
ライアンが片眉を上げて弟を抱きしめる。
「いくらお前にだって、リンはやらないからな」
「わかってるよ。ったく、おめでと、兄さん」
ミリアンとダインさんと抱きしめ合う時、ちょっとライアンの視線が痛かった。
場が場なんだし、多めに見て欲しいよね。
ミリアンは涙ぐんでた。
「結局、こうなるんだなぁ。幸せに、リンさん」
ダインさんと抱き合った時、彼は静かに髪を撫でてくれた。
「リン。君が幸せそうで本当に良かった。けど、嫌になったら、いつでも俺のとこに来なよ。待ってるから」
そう言ってライアンを見ると、悪戯そうに笑う。
ライアンがダインさんを睨み返すし。
冗談なのはわかるけど。
後のライアンが本当に怖いから……。
揶揄わないでね、ダインさん。
その後も、次々と参加してくれた人達と抱きしめあって、最後にシルビアさんがギュッと抱きしめてくれた。
「可愛い子供を産んで、魔法騎士団に入隊させてね」
「……気が早いですシルビアさん」
彼女は私を離してウィンクした。
「あら。私はすでにお母さんよ?」
……なんですと?
私がビックリしてグレイさんを見ると、珍しくはにかんだ笑顔を浮かべた。
「出産予定は冬頃なんだけどね」
もう、私は彼女を思い切り抱きしめ直す。
「おめでとうございます、シルビアさん、グレイさん」
「ありがとう」
なんだか、二重、三重に幸せな日になった。
☆
私はアイアンさんが建ててくれた離れで、ライアンの為にお茶を淹れる。
彼の好きなミントのお茶をね。
離れでも簡単な煮炊きができるように、小さなカマドを作ってもらえたから。
朝食は二人で作って、二人で食べる。
ベッドルームから起きて来たライアンは、まだ眠たそうに欠伸をしている。
簡単なスープを作ってる私の腰を抱き、首筋にキスをした。
「リン。おはよう」
「おはよう」
……って。
そのまま、首へのキスを続行ですか?
「ラ、ライアン。調理してるから」
「……うん。気にしないで、続けな」
「気になるよ」
彼は悪戯そうに笑うと、私の耳を噛んだ。
「ひゃっ。ライアン!」
「今日、俺は非番だよって言ったろ」
ライアンが甘えるような目で私を見る。
「そ、それは聞いてるけど」
「リン、遅番だって言ってなかったか?」
「そうだけど」
笑ってお鍋を移動して、カマドに蓋をしたライアンが私を抱き上げた。
「飯は後だな」
「え……ラ、ライアン。お茶くらい飲もうよ」
「終わったら飲む」
そう言って私を抱きかかえ、ベッドルームに戻って行きながら微笑む。
「シルビアも行ってたろ。早く子供作れって」
「そりゃ、言ってたけど」
「きっと可愛いぜ? 親父も喜ぶ」
「それは、そうだろうけど」
ポンッと私をベッドに放り投げると、甘く笑って覆いかぶさってきた。
「……なら、励まないとな」
私はフッと息を吐いて目を閉じる。
ライアンの体温と香りに包まれて、なんだか胸がいっぱいになった。
ふっと、ダインさんの言葉を思い出す。
誰かに出会うのは、それだけで奇跡みたいなものだから……。
私は自分に起こった奇跡に感謝してる。
召喚されたのが、トルアで、召喚者がディアンで……。
ライアン。
あなたに会えた。
「……大好き」
私の言葉に彼は甘く微笑んで、溶けてしまいそうな声で囁く。
「俺は、その何倍もお前が好きだよ」
彼の口付けで私の意識が遠のいていく。
目を閉じると、桜吹雪が舞うような気がした。
もうすぐ、春も終わる。
最後までお付合い下さった皆様に心から感謝します。読みにくい部分、分かりにくい部分もあったと思うのですが、今後の課題にしたいと思います。
時節がら暗いニュースや悲しい出来事も多いので、ちょっとした楽しみ、隙間時間の穴埋めになっていたら、やはり嬉しいなぁ。
評価をくれた方々、ブックマークしてくれた方々、感想をくれた方、皆さんのお陰でお話がエンディングまでかけたようなものです。本当にありがとう。スペシャルサンクスを送ります!




