赤いライオン2
ライアンに連れられて、ベースキャンプまで戻ると相変わらず混戦が続いていた。
シルビアさんとディアンのチームだけでなく、ベースキャンプを守る為なんだろう、ライアンの所属してたチームもキャンプ近くで参戦していた。
少し目をやれば、他のチームもすぐ側で魔物と戦っている。
魔物に押し込まれてるんだと分かった。
私が思ってたより、ずっと戦況が悪いみたいだ。
ライアンは、ここで崖下の閃光を見て、助けに来てくれたのかもしれない。
ディアンの近くまで行くと、ライアンがビックリするような大声で怒鳴った。
「こいつを一人にするな! オークに持ってかれる所だったんだぞ!」
本当に……どっから出したのってくらいの怒声で。
ディアンどころか、シルビアさんも、騎士達も、魔物まで動きを止めた。
シルビアさんが走って来て私の肩を掴み、ライアンに頭を下げた。
「すまない。私の不注意だ」
ディアンもハッとしたように頭を下げた。
ライアンは何も言わず、そのまま踵を返して剣を抜き、再び動き出した魔物を切り倒しに向かった。
シルビアさんが私を抱きしめる。
「リン。見当たらないと思ったら」
「……ごめんなさい。私が悪いんです。足を滑らせて、崖下に落ちて」
ディアンが顔を歪めた。
「オークに襲われたの?」
「追いかけられただけ。ブレスレットを使ったし、閃光を見てライアンが来てくれたから」
ほんの少しの会話だったのに。
背後がにわかに騒がしくなって、振り返るとメドヴェーチが現れた所だった。
シルビアさんが愕然とした表情でメドヴェーチ、魔性の熊を見つめる。
大きさが三メートルは有りそうな、凶暴な熊だ。
ディアンが古語を唱えて、近くの剣士にシールドを張る。
体躯が著しく大きいのに加え、メドヴェーチは力が半端なく強い。身体は硬い毛に覆われていて、刃物を通しにくく、鋭い爪に加えて牙を持つ。魔物の中でも最強クラスの相手だと習った。
そのメドヴェーチが木々をなぎ倒し、シールド魔法をモノともせずに剣士を薙ぎ払い、口から涎を流しながら向かって来る。ニコラとルシアが魔法を放ってくれたが、動きを止めたのも一瞬だ。
メドヴェーチに走りこんで、剣を突き立てようとするライアンが見えた。身軽な彼だが、剛毛に阻まれて剣が効かず、鋭い爪を持つメドヴェーチの腕に薙ぎ払われてしまった。
転がりながら受け身を取ったライアンだけど、彼の額が血液で赤く染まってるのが見えた。
……怪我してる。
私の頭に血が上ってゆく。
耳を劈くような、獣の咆哮が自分から聞こえた。
体が震えてくる。
赤いライオンが怒りで震えているからだ。
立髪を振り立てたライオンが疾走してゆくのを見た。
私の視界は赤い光に包まれ、ライオンが見ている映像が流れ込んで来る。
大きく跳躍し、メドヴェーチの首に食らいついていく。実体のないライオンに襲われ、魔性の熊が目を見開いて慌てふためき、腕を闇雲に振り回していた。
その間もミキミキと音を立て、まるで自分の牙がメドヴェーチの首に食らいついているかのように、肉を切り裂き、溢れる血を飲み込み、牙が骨に当たる感触を感じてた。
呼吸が出来なくなったメドヴェーチが、血液と泡を吹いてドッと崩れ落ちる。
口を離したライオンは大きく咆哮を上げたけれど、彼の怒りは収まらずに、側をウロついている魔物を次々に襲っていく。牙で、力強い前足の爪で……。
私の視界は赤いライオンが見ているモノしか見えていなかった。
見えるのは真紅の光に包まれ、スローモーションのように流れて行くライオンの視界だけだ。
私は、ただ、ただ、ライオンにエネルギーを注ぎ込み続ける。
彼が跳躍し、疾走し、魔物を狩るのを、肌で感じていた。
自分が自分で無くなったようだ。
混濁した意識の中で自分とライオンの境が曖昧になってる。
ふっと私の中に甘い呼気が吹き込んだ。
……リ……リン。
耳の底から声が聞こえる。
誰かが、私の名前を呼んでる。
「リン!」
ふっと気づくと、ライアンの顔が目の前にあった。
額にはメドヴェーチに抉られた傷が、今も血を流している。
「……ライアン。傷」
私は手を伸ばして回復魔法をかけようとしたけど、腕を動かす事もできずに意識が途切れた。
☆
赤いライオンが私の頰を舐めていた。
金色の目に気遣うような色を浮かべてる。
私は微笑んでライオンの首を抱きしめた。
……ありがとう。
また、ライアンを助けてくれたね。
ライオンがゴロゴロと喉を鳴らし、私に大きな頭を擦り付ける。
首を離すと、彼は、もう一度だけ私の頰を舐め、ゆっくり立ち上がった。
そして踵を返して歩き出す。
ああ……行っちゃうんだな。
もう、私のそばに居ないんだなって。
なんでか、そう思った。
目を開くとライアンが心配そうに私を上から見つめてた。
「……ライアン」
彼はホウッと息をついて、私の上半身を抱きしめた。
意識を失った私は、胡座をかいてる彼の足の上で横になってたみたい。
私の体をゆっくり戻すと、髪を撫でてから顔を上げた。
「ニコラ、リンの意識が戻った」
すぐ側でニコラが頷いて、私の額に手を置いた。
彼の焦げ茶の瞳に砂金の光が舞う。
電気的な痺れを感じて、少し体が楽になったみたい。
ニコラが、あの、とても優しい笑みを浮かべた。
「大丈夫。自我にも傷一つない。本当によかった。赤いライオンは、リンを気遣って立ち去ったんだね」
私が目を瞬いて二人を見ると、ニコラが聞く。
「……覚えてる?」
そうだ。
怪我を……。
私が慌ててライアンを見ると、彼の額の傷は綺麗に無くなってた。
「ライアン。傷」
「ん? ああ、ニコラが治療してくれた」
私はホッとしてニコラを見る。
「ありがとう、ニコラ」
彼は少し苦笑して首を振った。
「いいんだよ。で、他のことは何か覚えてる? 君は危うく暴走する所だったんだけど」
……暴走?




