最後の遠征
結婚の話をディアンにするのは、遠征から帰ってからにしようという事になった。きっと勘のいい彼の事だから、気づいているんだろうけど。
遠征前の休み、ディアンはルシアを誘って町に遊びに行ったそうだ。
ちょうど、人形劇が来てたんだって。
まあ、教えてくれたのは、ミリアンに話を聞いたライアンなんだけど。
ディアンは何にも話してはくれない。
あえて、聞いたりもしないけどね。
ディアンは、アレで照れ屋だし。
一週間は、あっという間に過ぎて行った。
騎士達は交代で休みを取ってたけど、その間も遠征に向けて準備は進んでいた。
移動に一日、討伐に三日、帰路に一日。
五日間の日程が組まれ、グループわけされて討伐範囲を割り当てられる。
魔法騎士も分かれて配置され、同行する魔法使いも選別されて、医療班として後方支援を担当する。
宿泊は主に野営になるそうだ。
まあ、私とルシアはシルビアさんのテントに泊まるので、男性よりはシビアじゃないと思う。何たって、彼女は王族なわけだから。
私は、これが魔法騎士の一員として活動する最後の討伐になるんだよね。
魔法騎士にはなれないってニコラに言われたし、結婚が決まったら辞めるという、アイアンさんとの約束があるし。
戻ったら、騎士団の魔法使いとして救急班へ転属が決まってる。
救急班の仕事は二十四時間体制だそうだけど、女性は朝から昼までの早番と、昼から夕刻までの遅番を担当するんだって。夜勤は男性のみなんだそうだ。
魔法使いの女性は多くないから、一緒に仕事をするのが今から楽しみだな。やっぱり、女性同士の会話って楽しいなって、見学させてもらった時に思ったし。
とにかく、遠征が無事に終わって欲しいと心から願うよ。
☆
現地につくと、皆んな緊張でピリピリしだした。
予想より魔物が多いみたいだ。
ベースキャンプが作られ、振り分けが発表される。
私はディアンとシルビアさんという面子で、第二騎士団の騎士についていく。騎士団は四つのチームに別れるようだ。
第一、第二、騎士団とも、団長、副団長がチームを率いて、魔法騎士が同行する。ライアンが割り振られたチームには、ルシアとニコラが同行するらしい。
遠征に出る前、ライアンから絶対に一人になるなと念を押されてた。
私の魔法は、まだ発動率が五割だから、魔物に襲われた時に発動するとは限らない。一人で魔物に襲われて魔法が発動しなければ、最悪の事態が待っている。
ディアンからも離れるなと、きつく言われてた。
のに……。
私達のチームはベースキャンプの近くを担当し、戦っていたのはヴォルクの群れだったんだけど、ヴァローナの群れが上空から襲ってきて、混戦になり、私はディアンから少し離れてしまった。
シルビアさんが剣士達に支援魔法を放ち、剣士の人達が魔性の狼に加え、カラス達を薙ぎ払ってる時。
跳躍して来たヴォルクを避けようとして、私は足を滑らせた。
戦っていたのが、ちょうど小さな崖のある場所だったのも悪かった。
背後からの奇襲を避ける為に、ベースキャンプは崖のそばに作ってあったから。
滑り落ちた私は、森の中で一人になってしまった。
頭上の崖の上、元の位置に戻るには、少し大回りして森の中を抜けていかなければならない。
「……も、戻らなきゃ」
私が崖沿いに移動し始めてすぐ。
オークに出会ってしまった。
人の倍の大きさ、黄土色の皮膚、人の美意識で言えば醜く、そして知性が低く乱暴で衝動的。オークは魔性を帯びた人間だ。原始的で野蛮な部分が強く出ている。
白濁した灰色の目に、獲物を見つけた喜びが浮かぶ。
黄色い歯を剥き出して歪んだ笑みを見せる。
……オークが居るなんて聞いてないよ。
不幸中の幸いは単体だった事。
不幸中の不幸は雄の個体だった事だ。
私は踵を返して走り出す。
捕まったら、連れ去られて繁殖に使われてしまう。
……最悪だ。
オークは私の数倍の大きさだ、ゆっくり追いかけて来てるにの速い。
自分の足の短さを恨んだって仕方ないけど。
全く逃げ切れる気がしない。
私は左手のブレスレットに触れる。
ディアンの言葉が頭をよぎる。
……使う時に躊躇しちゃダメだ。
追い詰められた私は足を止めてオークを睨む。
オークが大きな腕を伸ばして来た。
歪んだ笑みに背筋が総毛立つ。
魔法を発動させる時間はない。
左手のブレスレットを掴んで、引きちぎって投げつけた。
四本のブレスレットは、眩い閃光を放ってオークの動きを止める。
……投げつけたら迷わず走って逃げろ。
私はオークの横をすり抜けて、来た道を全力で走った。
そっちに行かなければ、崖の上に戻ることができないもの。
執着の強い性質を持つオークは、しばらく閃光で足を止めていたけど、やっぱり追いかけてくる。次に追いつかれたら打つ手がない。
息が上がって足の動きが遅くなる。
後ろから追って来たオークの気配が近づいてくる。
……どうしよう。
混乱する自分を抑え込み、とにかく足を前に出す。
その時、私の横を走り抜けてく人が見えた。
……え?
振り返れば、ライアンが飛び上がって木の枝に飛びつき、反動をつけてオークを蹴り倒すのが見えた。彼は着地すると同時に剣を構える。
オークは唸り声を上げて立ち上がり、ライアンに太い腕を伸ばした。
彼はオークの腕をすり抜け、踊るように背後に回って、後ろからオークの首に剣を当て、両手を使って力任せに切り裂いた。オークの黒みがかった緑の血液が飛び散って、口から泡と血液を吹き出して倒れた。
肩で息をするライアンが剣を地面に刺し、私に両腕を伸ばして呼んだ。
「リン!」
私は走って行って彼の腕の中に飛び込み、しがみついた。
体の震えが止まらない。
「お前、こんな所で何やってんだ」
溜め息のようなライアンの声が聞こえる。
私は返事もできないで、ただ、彼に強くしがみついてた。
ライアンは私を抱きしめて髪に顔を埋める。
「閃光が見えたから、村人かと思ったんだぞ」
私は大きく息を吸って、彼を見上げた。
ライアンは、泣きそうな、ホッとしたような、複雑な目で私を見つめる。
「……崖から、落ちて」
「どこも、何ともないか?」
私が無言で頷くと、彼は、もう一度、私をギュウッと強く抱きしめてくれた。
その体温とライアンの匂いで、体の震えが収まってくる。
私は全身で息を吐き出した。
本当に……怖かった。
ライアンは私を離すと辺りを見回した。
「戻るぞ。走れるか?」
頷いた私の手を掴んだライアンは手を引いて走り出した。
足がガクガクするけど、私は必死で彼について走った。




