報告
朝、目を覚ますと、ライアンがジッと私を見つめてた。
ずいぶん、真剣な表情で。
「……ライアン」
「おはよう」
「あ、おはよう。あの……」
彼はふっと表情を緩めて微笑んだ。
「俺、簡単に死ねなくなったな」
私は思わずライアンの首に抱きついてた。
言葉は出てこない。
ライアンは私を強く抱きしめて髪に顔を埋めた。
「リン。大切にする。誓うよ」
優しい声でそう言ってくれた。
私は胸がいっぱいで、ただ彼を強く抱きしめ返した。
私の目が覚めた時間が遅かったみたいで……。
昨夜の食事をワゴンに片付けて廊下に出したら、もう新しいワゴンが置かれてた。
朝食はパンとハムとフルーツにお茶で、軽めだったのは嬉しかった。
ライアンが欠伸を噛み殺して伸びをしてる。
寝不足なのね……私もだけど。
食事をして、荷物を片付け、部屋を少し整えていたらノックの音がした。
ライアンが扉を開けると、淡い水色のワンピース姿のシルビアさんと、光沢のあるシャツにゆったりしたグレーのズボンを履いたグレイさんが、揃って手を繋いで立っていた。
「おはよう、二人とも。ゆっくりできた?」
ライアンが笑って肩を上下する。
「お陰様で」
グレイさんが、私の左手を見て微笑んだ。
「シッカリ決めたみたいだな」
ライアンが、小さく笑って私を呼ぶ。
「リン」
私がライアンの隣に並ぶと、肩を抱いて二人に言った。
「俺たちも結婚するよ」
二人が笑って頷く。
シルビアさんが続けて言った。
「式は私達の後にしてね。私とグレイが立会人になるから」
私が不思議そうに彼女を見ると、微笑んでウィンクした。
「トルアの結婚には、立会人が必要なのよ」
グレイさんも微笑む。
「先に結婚してる夫婦が立ち会うものなんだよ」
……なるほど。
仲人的なものを指してるのかな?
それから、両腕を広げたシルビアさんが私を呼んだ。
「リン、来て」
私は微笑んで彼女の腕に抱かれる。
「少し残念だわ。本気で面倒みたかったのにさ。でも……おめでとう」
「ありがとうございます」
彼女は私を離してしみじみと見つめ、柔らかく髪を撫でた。
「ここに召喚された頃は、まるで迷子みたいな顔してたのよ。どれだけ、申し訳ないと思ったかしれないわ。でも、今はトルアの大切な魔法使いになった。頼りにしてるわ、リン」
私は少し恥ずかしくて、目を瞬く。
「皆さんのお陰です。まだ、一人前じゃないですけど、頑張ります」
グレイさんが私たちを見て微笑むと、ライアンに視線を移す。
「さてと、ライアン。用意が出来たら先に行こう」
「はい」
ライアンが自分の荷物を持って、私の頭をポンと軽く叩いた。
「先に帰ってる」
「……はい」
討伐前のお休みは、きっと、忘れられない。
大切な思い出になって胸に残るだろうな。
私はふっと自分の左手薬指に目をやった。
シルバーにハメ込まれた小さなトパーズが、陽の光を受けて煌めいて見えた。
☆
アイアン家に戻って荷物を片付け、ララさんに挨拶してお茶を入れてもらった。
「シルビア姫の別荘は、いかがでしたか?」
「お屋敷でした。アレで別荘なんですから、何やら勿体無い」
私が笑うと、彼女も笑った。
それから彼女は不思議な笑みを浮かべた。
「ライアン坊ちゃんとご結婚なさるんですね」
「……え?」
どうして分かるんだろう。
彼女は微笑んで悪戯そうに言った。
「娘が嫁ぐ事を決めた時と、同じ様子をしてますもの」
私は少し恥ずかしくなって、軽く俯向いてから頷いた。
「………はい」
ララさんは座ったままで、私を抱き寄せる。
「貴女が他に嫁がなくて良かった。これからもよろしくお願いしますね」
「私の方こそ。ララさんは、トルアに来てからのお母さんだと思ってますから」
彼女は目を細めて、少し涙目になる。
「あの小さかった方が、こんな可愛いお嬢さんとねぇ。不思議なものですよ」
私は幼かった頃のライアンの思い出話しを、ララさんから、たっぷり聞かせてもらった。
☆
夕方になって、少し眠ってた私の部屋を誰かがノックする。
……ああ、ライアンだなって分かった。
私ってば、ノックの仕方でライアンだと分かるようになってる。
起き上がってドアを開くと、ライアンがクスッと笑った。
「寝てたか」
「うん。でも、もう起きるよ。夜、眠れなくなるし」
「親父が帰って来たから、ちょっと付き合えよ」
「……はい」
きっと、報告するんだよね。
少し緊張するなぁ。
二人でアイアンさんの書斎を訪ねると、彼は面白そうに私達を見た。
ライアンは前置きも言わないで、私の肩を抱いて言う。
「父さん。俺、リンと結婚するよ」
アイアンさんは、嬉しそうに笑った。
「やっと、そうなったか」
……やっと?
アイアンさんが、優しい目で私に問いかける。
「リン。本当にライアンに嫁いでくれるのかい?」
私は大きく頷いて微笑んだ。
「はい」
アイアンさんも微笑んで、私を抱き締めた。
「有難う。息子をよろしく頼む」
私を抱き締めたまま続ける。
「私にも、やっと娘ができるんだな」
ライアンが片眉を上げて父親の腕を軽く叩く。
「いつまで抱いてんだ?」
アイアンさんが苦笑して私を離した。
「少しくらい幸せを分けたっていいだろうに。ケチくさいな、ライアン」
「大きなお世話だよ」
二人はそのまま抱き締め合って、背中を叩き合う。
「他に持ってかれるかと心配したぞ」
「人になんかやらねぇよ」
アイアンさんが、父親の目でライアンを見つめて笑う。
「おめでとう」
ライアンは、少し照れたように微笑んだ。
「ああ、有難う」
ライアンを離したアイアンさんが、目を細めて言った。
「これからの話しは、改めてにしよう。とにかく、二人とも遠征から無事に戻って来るんだぞ」
ライアンが、私の肩を抱いて言った。
「分かってる。無事に戻って来るよ。リンも、俺も」
アイアンさんが静かに頷いた。
そうだよね。
アイアンさんは、息子を二人とも遠征に送るんだよね。
彼の家族を……。
私は祈るような気持ちで、遠征が無事に終わる事を願わないで居られなかった。




