そういう君が好き
私とライアンは、別荘と反対側の岸にボートを寄せ、少し散策することにした。
ライアンが湖からボートを引き上げて、ひっくり返した。
えっと。力も強いんですね。
彼は私を振り返って笑う。
量の多い黒い癖っ毛が風に揺れて、中性的な甘い顔で微笑まれると。
やっぱり、見惚れるくらい綺麗な人。
シャツの襟も留めてないから、首筋とか鎖骨とかが見えてて。
もう、本当に色気があるよね。
召喚されてすぐ、食堂で会った時に目のやり場に困った事を思い出した。
なんか……困っちゃうな。
私に向かって手を差し出して、少し首を傾げて見る。
「どうかしたか?」
その手を握りながら、私は軽く首を振る。
「なんでもない」
まさか、色っぽいね、とも言えないじゃない。
対岸の林は広葉樹が多いみたい。
あんまり人の入らない林らしくて、下草も多いし土がふわふわ。
ライアンが私の手をクッと軽く引いた。
「リン。ウサギだ」
彼が指差した方向には、薄い茶色の夏毛に覆われたウサギが跳ねてた。
「うわぁ、野生のウサギって初めて見た」
私が目を丸くしてると、ライアンがクスクスと笑った。
「本当に、何にでも感動すんだな」
「ええ? だって。私が居た所では、野生のウサギを見る機会はなかったんだよ」
「そうなのか?」
「うん。誰かが飼育してるのしか見た事ない」
彼は不思議そうに私を見る。
「飼育すんの?」
「そう。飼って可愛がったり、繁殖させて観察したり」
「へぇ。なんか、奇妙なんだな」
……ふぅん。
トルア的には奇妙に映るんだ。
でも、そうかもしれない。
私はこの国に来て、ペットを飼っている人に会った事がない。
馬や犬達はペットではないらしいし。
彼らは一緒に行動する友人に近いようで、主従の関係もあまりないようだし。
そう言えば、ライアンにずっと聞いてみたかった事を思い出した……。
「ねえ、ライアン。ライアンはどうして剣士になったの?」
「どうして?」
彼は繋いでない方の手で顎に触れる。
「そうだな。親父が剣士だったからかな」
「アイアンさん?」
少し懐かしそうに目を細めたライアンが頷く。
「今は管理職で、ほぼ内勤だけどな。親父も若い頃は剣士として働いてた。お袋が体の弱い方だったから、お袋の体調がすぐれない日なんかに、小さい俺を訓練場へ連れてく事があったんだ」
「え? 子供を?」
彼は面白そうに笑って頷く。
「あの人、お袋にベタ惚れだったからな。少しでも休ませてやりたかったんだろ。俺がそばに居ると、無理して起き上がって相手しようとするから」
「へぇ。でも、まあ、分かるかな。アイアンさん、優しいもんね」
ライアンは少し遠くを見た。
「小さい俺にも扱えるような、玩具みたいな剣をくれたよ。それで、真似事みたいに剣を振るってた。周りの剣士の人も親切だったしな。まあ……格好良く見えて。憧れたんだよ」
私は彼の視線を追って、少し遠くを見つめた。
子供の頃の彼は、きっと女の子みたいに可愛らしかったんじゃないかな。
そんな男の子が、小さな剣を振り回して、剣士達に混ざってるなんて。
……すごく、可愛かったろうな。
「リン」
彼は、ふっと不思議な目をして私を見つめた。
「俺は、剣士になって良かったなって思ってるよ」
私から視線を外すと、ぼんやり空に目をやった。
「俺が育ったのは城下町の付近だから、巡回も頻繁だし、魔物が出ればすぐ討伐に出る。城下町に居る限り、魔物に出会うことはまずない。一生、出会わない人間もいるだろうな」
私は賑やかな街の様子を思い出してた。
それと同時に、初めての討伐に行った村の様子も……。
「……そうかもね」
「城下町から離れれば離れるほど、討伐も巡回も回数が減るし、村人は魔物に怯えて暮らしてることが多い。生活も楽じゃないし、生きるので精一杯だ。剣士になって遠征に出て、自分の状況は、すごく恵まれてるって事に気づいた」
彼は少し厳しい目つきで足元に視線を落とす。
「気づくまで、文句や不満ばっかだったぜ? ろくな人間じゃなかった。人が生きてくって、大変なんだって考えた事もなかった。自分ばっかでさ。魔物を倒して、誰かを守ることができてるなら……少しはマシな人間になってる気がするよ」
それから、ふっと息を吐いて笑った。
「だから、剣士になって良かったよ。まあ、あの頃の俺は生意気なガキだったな。お前と会ったのが、その頃じゃなくて良かったくらいだ」
……そっか。
でも、私は生意気なライアン少年にも会いたかったな。
私は繋いでるライアンの手を強く握って、顔を上げて彼に微笑む。
……やっぱり、私。
この人、すごく好きだな。
「そういう話、聞けて嬉しい」
彼は困ったような、少し照れたような笑みを浮かべた。
「こんな話、人にした事ないぜ? ウザいだろ」
「ウザくないよ。格好いい」
……うわ。
ライアンが、照れて真っ赤になってしまった。
なんか、私まで恥ずかしい。
それから、赤い顔のままで私を見て微笑む。
「で、お前は、なんで図案を描いてんだ?」
私はライアンの手を引いて、ゆっくり歩き出す。
「子供の頃にポスターを描いたの」
「ポスター?」
「うん。ええとね、ゴミはゴミ箱に捨てましょうねっていうヤツ。注意事項を絵と字で描いたのね。皆んなに注意を促す為に張り出す物なんだけど」
彼が小さく頷く。
「それを、皆んなに褒めてもらった事があって。私ね、あんまり人に褒められた事がないんだ。要領も悪いし、人付き合いも得意じゃないし、だから……すごく、嬉しかったの」
私は少し恥ずかしくなって俯く。
「ライアンみたいに、格好いい理由じゃないけどね。私にも褒めてもらえる事があるんだなって……描くようになったんだよ」
ライアンは空いてる手で、ポンッと私の頭に手を置いて笑った。
「お前の描く絵は綺麗だよ。そりゃ、人も褒めるさ。それに、楽しそうだしな」
私は笑って頷く。
「本当に不思議。描くのは、すごく、楽しい」
彼は私を覗き込むように見て言った。
「知ってるか、リン。楽しそうにしてる人間って、見てるだけで楽しい気分にしてくれる」
私が目を瞬くと、ライアンは黒い甘い目で見つめた。
「そういうお前が好きだよ」
そう言って頰に軽くキスする。
心臓がギュッってなって、私は頭から蒸気が上がりそうなくらい顔が熱くなった。今日、一番、赤くなった気がするよ。




