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久しぶりのマイケル

 私はアイアンさんの書斎を出ても、何となく落ち着かなくて。

 ララさんにカモミールのお茶を入れて貰おうと思って、また食堂へ向かった。


 食堂に入って足が止まる。


 ……いるし。

 しかも、二人揃って。


 ライアンとディアン、二人して問いかけるような視線で私を見る。

 私はそのままキッチンへ向かい、ララさんにお茶を頼む。


「すみません。ララさん。お手数でなければ、カモミールのお茶が飲みたいんですけど」


 お湯を沸かして、お皿を洗ってたララさんが、少し意味ありげな視線で私を見る。

「今、淹れましょうね。で……」


 エプロンで手を拭きながら私に寄って来ると、声を抑えて聞いた。

「なんなんですか? 坊ちゃん達、揃ってお茶のお代わりですし」


 思わず苦笑が浮かんでくる。


「ええと。何でしょうね。私はアイアンさんに呼ばれて……お見合い話があると言われまして」

「あら。お受けになるんですか?」


 私は苦笑を浮かべたまま、首を振った。

「いえ。お断りしてもらいます」


 ララさんが、アイアンさんと同じようにクスッと笑った。


 ……ううん。

 この話って笑うような話なのかなぁ。


「それなら、早く食堂に行って断ったって教えて差し上げなさいまし」

「……言わなきゃダメですかね?」

「そりゃ。それを気にして、あそこに居るんですからね」


 そうだよね。

 ……でも、そしたら、誰からの話かも言わなきゃだよね。


 ライアンは、ダインさんに良い感情ないみたいだし。

 なんか、言い難いなぁ。


 ララさんが私にお茶の入ったカップを差し出した。

「お断りになるんでしょ? それなら、大丈夫ですよ」

「……はい」


 私はララさんに腕をポンと叩かれ、しぶしぶ食堂へ戻った。


 ライアンが上目使いに私を見て言う。

「……で?」


 私が目を瞬かせてると、ディアンが先を促した。

「誰からの見合い話だった?」


 思わず硬直してしまう。

 なんで分かるのよ。


 ディアンが苦笑する。

「父さんがリンを呼び出すんだ。他に何があるって?」


 私はお茶を一口飲んで、気を落ち着けてから答えた。

「ダインさん」


 二人が目線を合わせる。

 ……もう。

 最近、この兄弟って仲が良すぎじゃない?


 ライアンが目を細めて私を見た。

「……で?」


 この人、で、しか言わない。


「断って貰います」


 私がそう言ったら、ディアンが軽く笑って、お茶を飲み干してから席を立った。


「ならいいや。受けるって言ったら、俺も黙ってるつもり無かったけどね」

「ディ、ディアン?」


 彼は急に大人びてきた顔を軽く傾げて、キュッと私を睨んだ。

「俺を振って、それかよって思うからね」


 私は目を瞬かせて、グッと詰まる。

 二の句が継げないこと言わないで欲しいな。

 最近のディアンは、割と言いたいこと言うよね。


 固まってる私を見て、クスッと笑ったディアンは、そのまま兄に視線を移す。


「あとは、ライアンに任せるよ。じゃ、おやすみ」

 そう言って、食堂を出て行った。


 ……えっと。


 私はチラッとライアンを見る。

 ライアンは腕を組み、軽く顎を上げて目を細めたまま、ジッと私を見つめてる。


 私はふうっと息を吐いた。

「お話は断りましたよ?」


 ライアンが席を立って、私の横に立つと身を屈めて耳元で囁く。


「了解だ。まあ……ホッとした。お前の事だから、情に流されて受けるかと思ったからな。上出来だ」


 そのまま、私の頰に軽くキスをして、甘い目で私を見つめる。


 こ、ここは、食堂なんだけど。

 キッチンにはララさんが居るんだけど。


 私が赤くなって軽くライアンを睨むと、ライアンは面白そうに笑って、私の頭をクシャクシャに撫で回して食堂を出て行った。


 ……本当に。

 当たり前みたいにキスするんだから。

 何だかなぁ。


 私は一人で赤くなりながら口を尖らせた。


               ☆


 アイアンさんから話があって、二、三日は図案の作成に没頭してた。

 もちろん、魔法訓練は続けてるし、詰所の仕事もしてたけど。


 ……もうね。

 いろいろ、考え事から逃げ出したかったっていうのもある。


 幸いにして、その間はタイミング良く、ダインさんと会う事がなかったし。

 シルビアさんの計らいで、騎士団の救急施設も見学させてもらえたし。


 その時、久しぶりにマイケルにも会った。

「あれ、リンさん! お久しぶりです」


 彼は相変わらず愛想の良い、人懐こい笑顔で笑った。


「久しぶり、マイケル。面白い所で会うね」

「ああ、僕は薬草医の勉強をしてんですよね」

「薬草医? 魔法使いとして?」


 マイケルはニコニコしながら、私のブレスレットを指差した。


「それ、魔法付与したお守りですよね? それと似た方法で薬草に魔法を付与すんですよ。そうした薬草は、元々の効能に加えてプラスアルファを起こす事ができるんです」


「へえ、知らなかった。すごいね、マイケル」


 彼は少し照れたように首の後ろを掻いた。


「あんま褒めないで下さい。まだ勉強中なんで。そういう薬草は保存しておいて、魔法使いが居なくても使えるんで。騎士団の詰所でも常備薬になってんですよ。今日は納品に来てんです。リンさんは?」


 私は少し込み入った、一人で使う魔法の話を彼に説明した。

 マイケルは察しよくて、私の分かり難い話をすぐに理解してくれた。


「ああ。僕も賛成です。やっぱ、前線に女性を送るのは心苦しいから」


 それから、少し含んだ表情になって言った。


「そう言えば、この間ディアンに会ったんですよ。振られたんだって言ってましたよ?」

「え……えっと。ディアンは弟みたいな感じだし」


 マイケルは、持ち前の弾けるような明るさで言ってくれた。


「僕はそうなるんだろうって、思ってましたよ。だって、二人の関係って近すぎて。恋愛って感じじゃなかったですからね。そういえば……ルシアがディアンに抱きつかなくなったの、知ってますか?」


「え? ううん。よく分かってない」


 マイケルが面白そうに笑った。

「なんか、ディアンが死にかかったって。それ以来だって言ってました。あいつ、嫌がってたくせに、いざ、そうなると寂しそうなんで笑っちゃう。少しモテない奴の気持ちが分かったかな?」


 ……なるほど。


 最近、ルシアが少し大人びてきてるなと思ってたのは、彼女の心情の変化なのかな。背も伸びたし、体つきも女性らしくなってきてる。少しづつ大人になっていくんだね。


 マイケルが人に呼ばれたので、お喋りはそこで終わったけど。

 久しぶりに会えて、元気そうで良かった。

 なんたって、彼は、魔法学園で出来た数少ない知り合いなんだもん。


              ☆


 そうやって、何事もなく過ごせてたのは四日目までだったよ。

 詰所に出勤する時、バッタリ、ダインさんに出会ってしまった。


 同じ所で働いているんだから、当たり前なんだけど。

 思わず硬直してしまう。


 ダインさんも少し緊張した顔で私を見た。

 でも、すぐに面白そうに笑い出す。


「そういう顔しないで欲しいな、リン」

「あ、あの」

「まあ、断られるだろうなって思ってたからさ」

「すみません」


 彼は包み込むような優しい目で見た。

「いいんだ。何度でも、君に気持ちが伝えられるんだから、俺は恵まれてるよ」

「あ……あの。私は」


 ダインさんは目を細めて、私の口に人差し指を当てた。

「黙って。言わないでいい」


 すぐに指を戻して軽く首を振る。

「分かってるんだ。君が困ってるのも知ってる。諦めなきゃ……いけないのも」


 ダインさんが、ふうっと息を吐いた。

「本当は君の口から、ちゃんと聞かなきゃいけない。それも、分かってる。ただ、もう少しだけ……」


 彼は痛いように目を細めて、口元だけ笑った。

「もう少しだけ。君を見ていたい」


 私が目を瞬くと、ふっと手を伸ばして頭をポンッと叩いた。

「引き時は自分で決められるよ。これでも、君たちより少し長く生きてるからね。心配ない」


 彼は本当に優しい笑顔を浮かべた。

「さ、仕事だ。今日も怪我しないで、一日、お互いに頑張ろう」


 私は言葉が出てこなくて、ただ、精一杯に微笑んで頷いた。

 詰所に入って行くダインさんの背中を見てたら、胸がキリキリと痛かった。


 ……誰かを好きになると、どうして胸が痛いんだろう。

 どうして、嬉しいとか、楽しいとか、だけじゃないんだろう。


 ……ライアン。

 あなたを好きになって、胸の痛みが増えた。

 嫌いな自分も増えた。


 でも……それを上回って、あなたが好き。







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