苦いオムレツ
私とライアンがアイアン家に戻ってから、いくらも経たないでディアンが帰って来た。
ララさんに呼ばれて、私もライアンも迎えに出る。
帰って来たら教えてって言ってあったから。
玄関にはディアンの肩を支えたミリアンと、泣きはらした顔のルシア。
少し顔色が優れないけど、ちゃんと正気の目をしたディアンが立っていた。
ライアンが私の隣からディアンに歩み寄って、彼を抱きしめた。
「……心配させんな」
「ごめん」
ディアンも苦笑しながらライアンの背に腕を回した。
私は安堵で、また涙腺が緩む所だった。
抱きしめ合ってる二人に歩み寄る。
ライアンが気づいてディアンを離した。
ディアンが私を見て微笑んだから……思わず彼を抱きしめる。
「ディアン。良かった」
そっと私の背中に手を回したディアンが静かに言う。
「リンのお陰だ。ありがとう」
私が体を離して彼に微笑むと、彼は少し照れたように笑う。
「リンが俺の意識に接触したの、分かったんだ。浄化魔法を使ってくれたんだよな?」
「ディアンのガーディアンが、そうするように教えてくれたんだよ」
「白鷲が?」
「赤い豹も、あなたを守ってた」
彼は目を瞬かせ、ふうっと息を吸い込んで自分の胸を見つめた。
「そっか……礼を言っとかないとな」
ルシアが堪えきれないように私に走りこんで来た。
「……リン」
私は彼女を思い切り抱きしめる。
「大変だったね、ルシア。もう大丈夫だよ」
ルシアは私に縋り付くように、また声を上げて泣き出した。
彼女の髪に顔を埋め、自分がそうしてもらったように、彼女の背をゆっくり撫で続けた。
「怖かったね。でも、大丈夫」
「…リン。ご…ごめ……ごめんなさい」
「謝らなくていい。すごく怖かったでしょ? 頑張ったね」
私たちを見て、ミリアンがグスッと鼻を啜り上げる。
彼も涙腺がゆるい人なのかな。
ライアンがミリアンに手を差し出した。
「ディアンを送らせて悪かったな」
ミリアンが微笑んで手を握り返す。
「いや。ルシアを庇ってもらったんだ。このぐらいさせてくれ」
ミリアンは寄って来てルシアの肩を叩いた。
「ルシア。ディアンを休ませないと。そろそろ帰るぞ」
彼女は小さく頷いて、私を離し、ディアンの手を取った。
「……ディアン」
ルシアは何か言いたいけれど、言葉が出てこないようで、ただ眉を軽く寄せた。
ディアンが微笑んで、彼女の頭を撫でる。
「気にすんなよ。気にされると面倒臭いからさ」
ルシアは精一杯の笑顔を見せてディアンに頷いた。
ミリアンとルシアが帰ると、ライアンはディアンに寄り添って歩き出す。
「ディアン。お前、飯は食えるか?」
「ああ。普通に食べられそうだよ」
「食堂まで来るか? 部屋に持っててもいいんだぜ?」
ディアンが思い切り苦笑してライアンを見た。
「兄さん。そんなに心配しなくて平気だよ。体力を持ってかれて、少しフラつくだけ。体調はいいよ」
私は、そんな兄弟の後ろを歩きがら、ふっと実兄を思い出してた。
いつも、何でも私より上手にこなし、人当たりが良くて友人も多くて、口を開けば私にお説教する。優秀で出来のいい兄。
そう思ってた。
……もう少し、本音で話してみれば良かったな。
私の知らない彼を、知ることもできたかもしれないのに。
ふっと足を止めたライアンが私を振り返る。
「リン。どうした?」
私はクスッと笑う。
本当に、この人は心配性。
「兄弟っていいなって。羨ましいなって思っただけ」
そう言うと、二人は顔を見合わせて、少し困ったように笑い合った。
私は小走りでディアンの横に並ぶ。
ディアンを挟んで、食堂まで三人で歩いた。
☆
次の日、アイアンさんに止められたディアンは、一日だけ休む事になった。
「もう大丈夫なんだけどな」
不服そうなディアンを、アイアンさんが睨む。
「お前は蜂毒の怖さを知らんのか。死ぬ事だってあるんだぞ。お前は運が良かっただけだ。今日は静かにしていなさい」
「……分かった」
私は親子のやり取りを見て、ちょっとだけ思う。
ライアンの心配性は、アイアンさん譲りなのかもなぁ。
アイアンさんが、そのまま私を見た。
「本当はリンも休ませたいんだけどね」
「え? いえ、私は全然なんともありませんから」
彼は少し咎めるように目を細めた。
ヤダ。ライアンの目つきに似てる。
ちょっと、ドキっとしちゃう。
「医務室で倒れたって聞いたけどね?」
「えっと、心配ないです。眩暈を起こしただけですから」
アイアンさんが、私の頭に手を置いてキュって睨んだ。
「体調に異変を感じたら、すぐに帰って来なさい。仕事より、体の方が大事だからね?」
「……はい」
素直に頷くと、とても優しい目で笑って、私の頭をポンっと軽く叩いて手を離した。本当にお父さんみたいだわ。
ライアンは何も口出ししないで、静かにお茶を飲んでる。
要するに、アイアンさんに全面的に賛成なんだよね。
ディアンは、ちょっと困ったように私に言った。
「今日は学園の担当だったんだけどさ。俺が休むと、たぶん、ダインさんが呼び出される。あの人、非番だったはずだから。謝っといて貰えないかな?」
「分かった。ディアンがそう言ってたって伝える」
別に普通の会話だと思うんだけど……。
ライアンが棘のある視線で私達を睨んだ。
ディアンも視線に気づいたようで、少し苦笑を浮かべて続けた。
「……顔を合わせたらで良いからさ」
「う、うん。もし、会ったらね」
昨日、ニコラが言ってた話しを思い出す。
ダインさんが、私を医務室のベッドに運んでくれたんだっけ。
ライアンは無言で朝食を食べ始めた。
プレーンオムレツとテーブルロール、それとオレンジだったんだけど。
そんなに……苦そうに食べなくたっていいのに。
私とディアンが困ってると、アイアンさんまで苦笑を浮かべてライアンを見た。
「ライアン。オムレツは苦いのか?」
「……いや。なんでだよ」
「眉間に皺を寄せて食べてるからだ」
ライアンは片眉を上げて父親を見ると、お茶でオムレツを流し込み。
「ご馳走さま」
そう言って、さっさと席を立ってしまった。
……ううん。
困ったなぁ。
でも、お礼は言っとかないとね。
私も少しだけ、オムレツを苦く感じてしまった。
ごめんね、ララさん。




