帰って来てね
目を開くと、ニコラが私を覗き込んでた。
彼はホッとしたように笑う。
「気づいたね」
「……ニコラ」
大きな焦げ茶の目が、悪戯そうに揺れた。
「全く。一人で使う魔法が、いきなり浄化魔法なんだもんな」
「あ、ディアンは!」
彼は起き上がろうとする私を制した。
「大丈夫だよ。意識も戻ってるし、混乱もない。少し眠れば回復するよ」
「あ……ああ。良かった」
「リン。次の課題はエネルギーのセーブだね。君ったらね、ディアンを浄化するだけじゃなく、この辺りを一度に浄化しちゃったんだよ? 草木の勢いが増しちゃって、除草が大変になるだろうな」
「ごめんなさい。でも、セーブはわざとしなかったんだよ。ディアンが目覚めなかったらって……」
彼はクスクス笑った。
「いいんだけどね。僕がシルビアに言われて、ここへ来た時は、ちょっと見ものだったよ」
「……え?」
ニコラは含みのある目で私を見つめて話してくれた。
「僕が医務室に入ると、リンが意識を失ったところだった。まあ、ダインが支えたわけだ。ちょうどそこに、ディアンの身内だからって、呼ばれたライアンが飛び込んで来たんだけどね」
ああ。
ライアンがディアンを呼んだのは覚えてる。
「ダインが飛び込んで来たライアンをちょっと睨んでから、君を抱き上げたもんだから。ライアンはダインを殺しそうな勢いで睨み返してたよ」
……えっと。
ニコラはクスクスと笑いながら続けた。
「まあ、ダインが君をベッドに寝かせるまで、二人が剣呑過ぎてさ。魔法を使うたびに倒れてたら、そのうち誰かが刺されるからね。セーブは覚えてよ」
……ああ。なんか、頭の痛い話を。
ニコラは少し真面目な顔になって私を見た。
「額の目は閉じてるね」
「意識しなかったけど、気を失った時に閉じたのかな?」
「そうだと思う。ああ、あとルシアが泣きじゃくって大変だった」
「え? ルシアが?」
彼は優しい笑顔で微笑んで頷く。
「どうもね。ディアンはルシアを庇ってプチュラに襲われたらしいんだ」
「そうなんだ。……ディアンらしい」
ニコラは静かに私の額に手を置いた。
「僕が探った感じだと、ディアンもリンも異常はないよ。意識が戻らなかったなんて思えないくらい健全だ。本当に、二人は不思議な関係だよね」
私は思わず微笑んだ。
「ディアンは弟みたいな存在だから」
「ふぅん? ……なんだろうね。それはそれで、妬けるな」
「ええ?」
彼は私の額に手を置いたまま、魅惑的な焦げ茶の目で私の目を覗き込んだ。
「僕も君にとって、特別な存在になりたいなって思うよ」
私は思わず目を瞬かせる。
「特別? ニコラは十分に特別でしょ? 私の師匠じゃない」
ニコラがつられたように目を瞬かせる。
「……師匠?」
「そうでしょ? 私が魔法を使えるようにしてくれたんだから」
彼は弾けるように笑って、私の額から手をどけた。
「本当に、リンには敵わないよな。どこの男がそういうの喜ぶんだよ」
「え…え? ダメなの?」
ニコラは笑いながら首を振った。
「いや。ダメじゃない。僕はそのポジションでいいや。リンを弟子だと思うことにするよ」
「……ありがとう。ニコラ」
彼はとても優しい笑顔を浮かべた。
「少し休んでて。ライアンの手が空いたら迎えに来てもらうから」
「え? 私、一人で……」
「ダメだよ。いくら健全だっていっても、疲労してないわけじゃない。一人では帰せないよ」
「……けど」
ニコラは珍しく私をキュッと睨んだ。
「師匠の言うことは、聞くもんだ」
☆
ライアンは医務室に来ると、ベッドに座ってる私を心配そうに見た。
「大丈夫か?」
「うん。休んだし、ニコラが回復魔法もかけてくれた。ディアンは?」
「大丈夫だよ。ミリアンが馬車を呼んで送ってくれるそうだ。何しろ、ルシアが離れないからな」
ライアンは私を覗き込むように見て言った。
「リン。ディアンを看てくれて、ありがとうな」
「ディアンの意識が戻って、本当に良かったね」
彼は苦い笑みで笑う。
「ああ。肝が冷えたよな」
飛び込んで来て、ディアンを呼んだ彼の声を思い出す。
私はライアンの手を取って、ふうっと息を吐いた。
これからも……。
こんな気持ちを何度も経験するのかな。
彼の手を取ったまま、ジッとライアンを見上げると。
ライアンは不思議そうに私を見返した。
「どうした?」
「……ライアン。お願いだから怪我しないでね。毎日、ちゃんと無事に帰って来てよね。私、待ってるから」
彼は私を見つめていたと思ったら、目を瞬かせて少し赤くなった。
「ライアン?」
「あのな、リン。お前、自分が何を言ってるか分かってるか?」
「何って。だって、ライアンも討伐に出るじゃない」
「で、毎日、お前の所に帰ればいいわけか?」
……あ。
「ア、アイアンさんの家にって意味だよ」
「俺を待っててくれるわけだ」
ライアンが溶けそうなくらい甘い目で私を見る。
私は思わず赤くなって俯く。
けど……。
私は一人では魔法騎士にはなれないって、ニコラが言ってた。
ディアンの魔法力を上げる目的がなければ、前線に行くこともないんだろう。
魔法使いであっても、後方の支援についていくくらいになる。
……あなたを心配しながら、待つしかないんだもの。
私は顔を上げてライアンの目を見つめ返す。
「……待ってるに決まってるじゃない」
ライアンの黒い瞳が不思議な色で私を見つめる。
私は無事を祈るような気持ちのまま、彼の目を見つめ返した。
彼がふっと笑って、私の頭をクシャクシャと撫でた。
「リンがそう言うなら、俺は毎日お前んとこに帰るよ」
胸がキュッと詰まるみたい。
少し苦しい。
ライアンは身を屈めてキスをした。
甘い息が私の中に吹き込まれて、胸の奥がギュッと掴まれる。
ビックリして目を瞬かせる私を、彼は目を細めて面白そうに見た。
……えっと、ここ、騎士の人達の医務室なんだけど?
そ、そういう事していい場所じゃないのに。
ライアンは少し笑ったまま、私に手を差し出す。
「お前が動けるなら、帰るか」
「……はい」
私はライアンの手を掴んで立ち上がった。




