ライアン
シルビアさんは、馬車を呼んでくれて、私は一人でアイアン家に戻った。
その日、ディアンは本の小屋に来なかった。
夕食も取りに来なかった。
やっぱり、私のせいなんだろうか。
彼は私を呼び出してしまった事で、自分を責めてるんじゃないだろうか。
たぶん、私の表情が暗かったんだろう。
アイアンさんが溜息をつく。
「リン、君が気にすることはない」
ブライアンさんも苦笑を浮かべた。
「まったく。あいつは、子供だからな」
そう。彼は、まだ感受性の強い少年なんだよね。
だから、気になる。
傷つかないで欲しいと思う。
食事の後でブライアンさんが私を呼び止めた。
「リン。君はシルビアになんて言われた? 学園に来いって?」
椅子に反対向きに座って、背もたれに顎を乗せてる。
ずいぶん砕けた格好だ。
「はい。とりあえず、魔法を勉強してみようという事になりました」
「それって、いつから?」
「明後日からだと言われていますが」
彼は微笑んで私を見た。
「じゃあ、明日、一緒に買い物に行かないか」
「え?」
「俺は明日、非番なんだよ。リンだって、欲しい物の一つや二つあるだろ?」
それは、ありますけど。
紙とか、ペンとか。
「決まりな」
ブライアンさんは、どこかトロンとした甘い笑顔を見せた。
☆
アイアンさんが用意してくれた部屋に戻る。
君の部屋だよって、そう言ってくれたから、そのまま使わせてもらってる。
小さな椅子と机。ベッド、ロッカー。
なんとなく、寄宿舎を思わせる作りの小さな部屋。
住み込みのメイドさんとかが使う部屋なのかもしれないな。
なんか、そうであって欲しいくらい。
わざわざ用意させたなんて思いたくないんだよね。
開き戸のついた窓があって、覗くと月が見えた。
ぼんやりと霞む晩春の月は、庭の木々に影を生んで不思議。
ランプをつける気にもならないで、椅子を運んで窓辺に座る。
惚けたように窓の外を見ていたら、人影が近づいて来た。
シルエットからディアンだと分かった。
「……ディアン?」
窓辺まで歩いてくると、彼は哀しそうな顔をして私を見た。
「リン。ごめん。やっぱり、君がここに来たのは、俺のせいなんだな」
ああ、やっぱり気にしてた。
「………ディアン。あなた、私を呼び出そうと思ったの?」
「まさか。風の精霊を呼んだはずだった」
私は微笑んで見せる。
上手く笑えてるだろうか。
「なら、あなたの所為じゃない。事故みたいなものだよね」
「……けど」
「ディアン。あなたが自分を責めると、私も自分を責めたくなるよ」
「リンは何も悪くないだろ」
私は首を振る。
「私が呼び出されたせいで……そう、思っちゃう。だから、お願い。自分を責めないで」
ディアンは軽く唇をかんだ。
なんて言えばいいんだろう。
どんな言葉なら、この子の気持ちを軽くできるんだろう。
「……ねえ、デイアンは初めて魔法が使えた時って覚えてる?」
「覚えてるよ」
「とっても、不思議な感じするよね。なんていうのかな。鏡に映った自分に気がついた時みたいな」
「……うん。少し分かるよ」
私はできるだけ明るく笑った。
「そう。あなたは私の知らない私を見せてくれたの。それって、ディアンが魔法使いだからできたことだよ。ここに、私を呼び出したから」
ディアンが私を見つめる。その瞳は月明かりで不思議に艶めいて見える。
「リンは俺を恨んだりしてない?」
私は笑って頷いた。
それは本当だから、きっと自然にできたはず。
デイアンは少し考えてるみたいだった。
戸惑ってるのは、一緒なんだよね。
「シルビア先生に言われたよ。しばらく、一緒に魔法を学ぶようにって」
「私もそう言われた」
彼は一瞬だけ目を伏せて、もう一度、私を見つめた。
「……リン。握手してくれないか?」
差し出された手を掴むと、とても暖かかった。
彼はふっと息を吐く。
「明後日から、よろしく」
「こちらこそ」
ディアンは小さく微笑んで、おやすみ。
そう言って戻って行った。
私、上手く笑えたかな。おやすみ、ディアン。
☆
翌日、私とブライアンさんが馬車に乗ろうとしていると、ララさんが不安そうに見た。
「坊っちゃま。リンさんには何もなさいませんよう」
「あのな、ララ。お前、俺を何だと思ってるんだ?」
「ブライアン様です。だから心配で」
「どういう意味だっての」
「そういう意味でございます」
「するわけないだろ……リンに何かしたら親父に殺されるんじゃないのか?」
「さようですね」
アイアンさんの名前を出して、やっとララさんも納得したように送り出してくれた。それにしても——。
「ブライアンさん。信用がないんですね」
私がそう言うと、口元だけで笑う。
「リン。ライアンでいい。そう呼んでくれ。堅苦しいの苦手だからさ」
彼は甘いマスクを崩して笑った。
私が呼び出されたトルア国というのは王国なのだそうで、お城があって城下町があるそうだ。
「俺は第一騎士団に所属しててね、基本的に国を守るのが仕事」
「ええと。ライアンが剣とか持つわけですか?」
彼は片眉を上げて私を見た。
「似合わないって言いたい?」
ぶっちゃけ、想像もつかない。彼はそこまで体格が良い方ではないだろう。ディアンに比べれば成人男性ということもあって、けっこうシッカリした体つきだけれども。
「剣を振るうには、体がデカけりゃいいってもんじゃないんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、体が軽い方が有利な場面は幾らでもある」
「なるほど」
彼がクスクスと笑った。この人、笑い声まで甘い。
「リンは素直だね」
もしかして、馬鹿にされているのだろうか——。
町につくと、馬車から降りる時に手を差し出してくれた。
「えっと」
「アイアン家は一応、爵位のある貴族でね。貴族ってのは女性をエスコートするんだよ」
「……そうですか」
いや、しかし、そのまま手を繋いで歩くものなんでしょうかね。
そうは思ったんだけど、町を見たら、そんな事は吹っ飛んでしまった。
まさに映画で見たような中世が広がっていたから——。
エプロンドレスのご婦人や、シャツとベストとズボンの男性。
道を走る馬や馬車。
ホロを掛けた果物売りのお店、屋台や物売り。
私がポカンとしていたのだろう、ライアンは面白そうに笑った。
でも、手を引かれて最初に連れていかれたのが、アクセサリーのお店っていうのはどうなの?
「なんか欲しいのある?」
「いいえ」
「遠慮しないでいいんだぜ? 後で親父に請求するんだから」
いえいえ、そういう事ではないんです。
その時、彼の腕を引っ張る女性がいた。
「ちょっと、ライアン! 酷いじゃない。今日はあたしと湖に行こうって誘ったくせに、この女、誰よ!」
金髪グラマーのお姉さんが私を指差して眉を吊り上げてる。
「えっと。君は誰だっけ?」
ライアンがシレッとした顔で言ったもんだから、彼女は顔を真っ赤にした。
「グロリアよ。名前も覚えてないっていうの!」
「さあ……グロリア? 俺は本当に君を誘った? 痛ってえ!」
彼女は思い切りライアンの脛を蹴って、プンプン怒って立ち去った。
彼はポリッと顎を掻いて苦笑を浮かべて私を見た。
「ダメなんだよな。声を掛けたの覚えてないんだ」
——そういう方なんですね。




