シルビアさん
魔法学園の応接室というのは、物凄く凝っていた。
毛足の長い絨毯、装飾の凝ったテーブルや椅子、矢車草が活けられた大きな花瓶。アーチ型の窓にはレースのカーテンがかかってる。
その窓の前に立って、シルビアさんは難しい顔をしていた。
彼女は銀髪に碧眼、男装の麗人で、その美貌は一枚絵のようだった。
もうそれだけで凡人の私は冷や汗ものだと言うのに——。
「本当に使えたんですね?」
シルビアさんんの問いに、アイアンさんが静かに頷く。
「アレは光魔法でした」
そう。昨日の魔法。
彼女の前でやってみるように言われたけど、何回やっても無理。
チラッとも光らない。
応接室の扉を開いて、ディアンが入って来た。
シルビアさんが呼んだからだ。
私は彼の姿を見て少しホッとした。
ディアンが私をチラッと見る。
「ご用でしょうか」
「うん。ディアン。そこに居てくれ」
シルビアさんが私を見た。
「さて、もう一度、お願い出来るかな?」
私は頷いて、深呼吸した。
ディアンが不思議そうに私を見てる。
私はといえば、彼を見た途端に緊張が緩和されたみたい。
両手で空間を包み、古語を唱える。
手の平が暖かくなって、光が生まれる。
魔法は成功した。
やっぱりな。そんな気はした。
シルビアさんが小さく頷いて、私の側に寄って来る。
「手を借りていいかな?」
「はい」
「私の目を見ていて」
シルビアさんの淡いブルーの瞳に砂金のような光が踊る。
ああ、やっぱり綺麗。ディアンの時ほど感動してないけど、本当に宝石みたい。
彼女の掴んだ手から電気的なモノが流れ込む。
頭の奥でクラクラする感覚が生まれた。
あ、目眩を起こしそう。
そう思った時、シルビアさんが私の手を離した。
「なるほど、確かに彼女は魔法が使えるな。しかも……非常に強力な魔法力を持ってる」
彼女は美貌の顔に不思議な笑みを浮かべた。
「ただしディアンが側にいればだ」
ディアンが戸惑いを隠さずにシルビアさんを見る。
「たぶん、君が彼女を召喚した事と関わりがあるんだろう。ディアン、君は判定魔法は苦手だったな」
「…………はい」
「その君が彼女に魔法力があると確信した。そうだね」
「そうです」
シルビアさんが大きく頷く。
「そうだろうな。彼女は幻獣や精霊に匹敵する魔法力を内在してる」
「え?」
「どういう事でしょう?」
ディアンとアイアンさんが、思い切り戸惑った表情で私を見る。
ええと。
私、人間扱いされてない?
「それも、ディアンがいればだ。言い方は悪いが、召喚は成功したんだな。彼女は君のガーディアンになれるだろう」
ディアンの顔色が変わった。引きつってる。
「学園長補佐。彼女は人間です」
「そう。だが、異世界の人間だ。こういう事は前例がなく、初めてのケースになるが、事実だけ繋げていくとそうなる。彼女はディアンが召喚したガーディアンだ」
私は全く話しについていけてない。
ガーディアンって何なの?
シルビアさんが微笑んだ。
「ご苦労だった。ディアン、戻っていい」
「学園長補佐」
「戻りなさい」
微笑は浮かべたままだけど、彼女の口調は有無言わせないものがある。
ディアンは少し青ざめた顔で私を見て、軽く唇を噛んだ。
「失礼します」
ディアンが応接室を出ると、シルビアさんはアイアンさんを向き直って言った。
「アイアン殿、彼女を連れて来て頂いて、ありがとうございました。彼女には少し話しがありますので、話しの後でアイアン家に送ります。お預かりしてよろしいですね」
アイアンさんが私を見る。その目には困惑が滲んでる。
「シルビア。この子をどうする気なんだ?」
シルビアさんも私を見た。
「どうもしませんよ。ただ、魔法使いは貴重な人材です。まして、彼女の魔法力は甚大です。私の立場上、彼女の行く末を考えないわけに行きません。心配には及びませんよ。無理強いはしません」
アイアンさんが溜息をつく。
「私は彼女の保護者だ。身柄については、必ず相談して欲しい」
シルビアさんは微笑を貼りつけたままで、微塵も譲歩する気はないようだ。
「アイアン殿。彼女が魔法使いと分かったからには、魔法学園としても、魔法騎士団としても、彼女の保護を念頭に置いているとご理解下さい」
アイアンさんが私の肩に手を置いて、落ち着かせるように笑ってくれた。
「心配はいらない。家で待っているよ」
私は、ただ頷く。
だって、何を心配すればいいのかも分からない。
分からないことだらけだから。
アイアンさんも応接室を出てしまうと、シルビアさんは人を呼んだ。
ディアンを呼びに行った、ガッシリとした柔和な男性が顔を出す。
彼女の秘書なんだろうか。シルビアさんは、すごく偉い人みたいだし。
「お茶を用意してくれないか」
彼女は男性にそう言うと、私を見つめた。
「立ちっぱなしにさせて悪かったね。ソファーに座って」
勧められるまま座ると、彼女は私の隣に座った。
とても優しく笑う。
本当に美人。こっちが恥ずかしくなる。
「やっぱり、あなたが居たのは全然違う世界なのかな?」
「そうですね。似てる所もありますが、違うといえば全く違います」
「…………ごめんね」
彼女は溜息のように言った。
「ディアンは私の教え子だし。まさか、女の子が召喚されるとは想定外で」
「そうですね。私も想定外です」
そう答えたら、彼女は声を出して笑った。
「あの、ガーディアンって何ですか?」
「そう。その話しをする為に残ってもらったんだ」
彼女は長い銀髪を後ろに払って腕を組んだ。
「魔法使いが一人前になる為には、ディアンが行ったように召喚の魔法で、精霊や幻獣を呼び出して保護と協力を取りつける事が必要でね。彼等に魔法を強化してもらい、身を守ってもらう。その存在をガーディアンと呼んでいる。そうしないと、戦いで命を落としかねない」
私が頷くと、彼女は話しを続ける。
「我がトルア国は、今は近隣諸国と上手くやっていてね。すぐに戦争になるような事はない。ただ、騎士団にはもう一つ仕事がある。魔物の討伐だ。魔物は村を襲うことがある。我々は国民の安全の為にも彼等と戦わねばならない」
彼女は困ったように笑った。
「リンは、相当な魔法力を待ってる。ディアンを護れるよ。ただ……それは、あなたも討伐に行くことを意味してる」
私はたぶん、すごく間抜けな表情をしてたと思う。
だってね。
魔物の討伐なんて言われてもピンッとこない。
魔物とか、ゲームやアニメでしか知らないんだもの。
そこに柔和な男性がお茶を運んできてくれた。
シルビアさんは小さく息をついた。
「ありがとう、グレイ。さ、リンお茶を飲んで」
私が進められるままカップを持つと、彼女もカップを取った。
「まあ、すぐに何かを決めることは、あなたの為にも、魔法騎士団としても避けたい。状況を見ながら、おいおい考えて行こう。一緒にね」
彼女は、そう言って小さく微笑んだ。




