魔法
小屋の中も薄暗くなり始め、辺りが夕焼けに染まる頃、ディアンがランプを灯した。上からカットの入ったガラスを被せると、柔らかい光がボンヤリと広がる。
「ねえ、ディアン。あたなが通う学校って、入学試験とかあるの?」
「ないよ」
「え、ないの? ええと、誰でも入れるってこと?」
彼は綺麗な顔に苦笑を浮かべた。
「魔法って、誰でも使えるわけじゃないんだ。そういう血筋の中から、素養がある人間が生まれる。生まれ持ったモノなんだよ。ウチは曽祖母、祖父、叔父、そして俺が魔法を使える素質を受け継いだ」
長い睫毛を伏せて、そのままボンヤリと魔法書の表紙に目をやった。
「だから、素質を認められると、そのまま学校に入れる。魔法使いは数が少ないから、いろんな面で優遇されてるんだ。授業料も取られない」
ディアンが不思議な表情を浮かべる。
「その代り、あんまり自由はないけどね」
「自由がないの?」
「職業選択って意味でね。もう、魔法使い一択だ」
なるほど。それはそれで大変かな。
ディアンは長い指で、本の表紙を大事そうに撫でた。
「ここにあるのは、祖父や曽祖母が集めた物なんだ。本来なら、叔父さんが管理するんだけど。あの人、放浪癖があって居なくなるから、俺が管理してる」
叔父さんの話をする時、彼は柔らかく微笑んだ。
きっと、叔父さんが好きなんだね。
「………生まれ持った素質なのか。少し残念だな。練習して使えるなら、やってみたかったのに」
私がそう言ったら、ディアンは面白そうな顔をした。
「探ってみようか? 手を出して」
「……探るの?」
彼は私の手を取って、微笑んだ。
「俺の目を見てて」
私は顔を上げてディアンの黒い瞳を見つめた。
ランプの灯りのせいもあるけど、この子、本当に綺麗な男の子だな。
切れ長で大きな目、黒目がちで、睫毛長くて。
鼻筋も通ってて、顎の線とか——。
あ、緊張してきた。
顔が赤くなるじゃない。
美少年と手を握りあって、私は何してるのよ。
「リン。目を逸らさない」
「………ごめん」
——え?
ディアンの瞳に小さな変化が起こってきた。黒い瞳に砂金のような光が混ざっていく。宝石みたいに煌めいて見える。なんか、物凄く綺麗。
握られた手から、何かが流れ込んできた。電気的な痺れのようなモノを感じる。
それが、全身に広がっていく。目眩が起こったよう。クラクラする。
ディアンが手を離すと、すぐに目眩は収まった。
「……今のなに?」
彼は私の問いに答えずに、魔法書を開く。
「リン。ここの呪文は読めるか?」
「え? うん。読めるよ?」
何だろう、ディアンの様子が変だ。
「両手を、こう、空気を包む気持ちで向かい合わせる。やって」
「………こう?」
「そうだ。そして、光をイメージして、この呪文を唱える」
呪文は読める。でも、言葉として発音させるのは難しい。私は古語と思われる音の羅列を追ってみる。
「リン。光だよ。なんでもいい。太陽でも、炎でも」
光、光か。イメージしやすい物は、あっ。車のヘッドライトとか。
夜道でまともに見ると眩しいんだよね。
自分の手が熱を持ったのが分かった。
暖かい飲み物でも持ってるみたい。
びっくりした。
私の手の中が凄い勢いで発光しだすんだもん。
眩しい。
「…………………やっぱり」
ディアンが目を見開いて私を見た。
「君は魔法が使える」
——え?
彼は私の腕を掴んで立ち上がると、慌てたようにひっぱる。
「ディアン?」
腕を引っ張られて小屋を出る。彼は入り口で指を鳴らしてランプを消した。
辺りはもう宵闇が降りていて暗くなっていた。
「ディアン?」
彼は無言で私を引っ張っていく。
こんな風に引っ張られるの、これで二度目じゃない。
「ディアンってば、どうしたの?」
「父さんの所へ行く」
屋敷に入ってもディアンは私の腕を掴んだまま。
ララさんが目を丸くしてる。
「坊ちゃま。夕食なので、お呼びしようと思ってたんですよ?」
「父さんは帰ってるか?」
「え、はい。書斎においでですよ。坊ちゃま?」
彼は私を引っ張ったまま、真っ直ぐ廊下を歩いてく。
途中でブライアンさんに出会ったけど——。
「何やってんだ、ディアン」
返事もしないで私をアイアンさんの書斎に引っ張り込んだ。
アイアンさんも驚いた顔で私達を見る。
「どうした、ディアン」
「父さん、リンは魔法が使える」
「え?」
アイアンさんが目を丸くして私を見た。
ブライアンさんが扉を開いて、呆れた顔でディアンを見る。
「何やってんだ、女の子引っ張って」
ディアンがやっと私の手を離して、軽く息をついた。
「リン。さっきの、もう一度やってみて」
「さっきの?」
「そう。光」
ディアンの目が真剣だから、私も少し緊張しながら両手で空間を包む。
「焦らない。ゆっくり、思い出しながら」
彼の声で、少し落ち着いてきた。
音の羅列は、そこまで長く無かったから、なんとか思い出す。
私は夜道のヘッドライトを思い出しながら、古語を唱えた。
さっきと同じ、眩しい光が私の手の中から生まれる。
——すごい。
私、本当に魔法が使える。
ディアンが肩で息をついた。アイアンさんが目を見張って固まってる。
ブライアンさんが目を細めて私を見てた。
「……これは」
アイアンさんが、大きく息をついた。
「明日にでも、シルビアの所へ連れて行こう」
シルビアって誰?
ディアンが私の視線に気づいて教えてくれた。
「心配ないよ。シルビアさんは魔法学園の学園長補佐だ」
ブライアンさんが、後を続ける。
「城の魔法騎士団、団長でもあるけどな」
黒髪を掻き上げて私を見るブライアンさんの目に、微かな憐憫が混ざった気がするんだけど。
…………なぜ?




