箱が欲しい
私は乗り合い馬車の中で、外の景色を見ながら考え込んでしまう。
……カラス。
日本なら町中でよく見た鳥だけど。
ここ、トルア国ではあまり見たことがないんだよね。
一生懸命に思い出せば、全体像は浮かんでくる。
黒い羽、黒い目、少し灰色がかった黒っぽい嘴だったと思う。
けど、詳細が思い出せない。
翼の大きさは?
尾羽の形は?
足の形や、爪の大きさは?
何度も見かけたはずなのに、私の記憶ってこんなに曖昧なんだな。
軽く溜め息が出る。
どこかで、カラスを間近で見られる所はないかなぁ。
あと、箱。
この間、文具や画材のお店に行ったけど、この世界にボール紙やダンボールはないし。作るとしたら木の板になるんだよね。ライアンの箱も薄い板で作った箱に布を張った物だし。
私はアイアン家の近くで乗合馬車を降りて、まず、ガインさんに聞いてみようと思った。
板の入手先とか知ってるかもしれないし。
大工道具とかは持ってそうだし。
そしたら、貸してもらえるもんね。
ノコギリとか金槌も、買うと高いからね。
私が馬屋まで行って相談すると、彼は目を瞬かせて言った。
「リンさんが板で箱を作るんですか?」
「はい。箱が欲しいんです」
ガインさんは面白そうに聞いてきた。
「大きさは、どのくらいにするんですか?」
私は手でサイズ感を伝える。
「小さな箱でいいんだけど。中にペンとかナイフとか、小物がしまえる程度の大きさにしたいの」
「蓋があった方が良いんですよね?」
「そう。上蓋になる箱と、本体の箱と、それに布を張って装飾をしたいの」
彼は笑って頷いた。
「俺が作っても良かったら、作りますよ。というか、頼んでくれていいのに」
「え? あ、それは助かるけど。本当にいいの? 忙しいでしょ?」
ガインさんは茶色い丸い目を綻ばせる。
「リンさんて、変わってますね。普通の女性は、そういうの自分で作るって言いません。当たり前みたいに、作れって言いますよ? ララさんだって、棚作れとか、物入れを作れとか、平気で言いますけどね」
私は目を瞬かせた。
「え? だって、私のは完全に私用の物だし。アイアン家の物じゃないんだから、ガインさんの仕事じゃないじゃない?」
彼はライアンと同じ様なことを言った。
「それでも作れって言うのが、女性ってものでしょう?」
「……そういうもの?」
「そうですよ。任せてください。少し時間をもらえれば、箱くらい作りますから」
私はホッとしながら頭を下げる。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えてお願いします。あ、あとね。聞きたいんだけど。この辺りでカラスがたくさん居る所を知らない?」
ガインさんは面食らったように首を傾ぐ。
「カラスですか? なんでまた」
「観察したくて」
「……観察?」
彼は堪えきれないように笑い出す。
……私、そんなに可笑しいこと言ったかな?
後ろから、甘い声が聞こえた。
「楽しそうだな」
ライアンも仕事が終わったみたい。マロンを引いて歩いて来た。
「お帰り、ライアン」
「お帰りなさい。いやね、リンさんが……」
ガインさんは腕を伸ばしてマロンの手綱を受け取ると。
面白そうに口を押さえて笑った。
「カラスが観察したいそうなんですよ。どこに行けば、たくさんいるかって聞かれまして。俺、そんな事を言い出す女性って初めて見ましたよ。リンさんって面白い人ですね」
ライアンは前髪を搔き上げながら、少し目を細めて苦笑した。
「ああ。こいつは、そういう奴だな。リン、なんでカラスなんだ?」
「……シルビアさんのガーディアンが、白い大ガラスだって聞いたから」
彼は納得したように口元だけで笑った。
「図案にしたいのか」
「そう!」
さすが、ライアン。
一発で私の意図がわかるなんて、すごい。
ガインさんがクスクス笑いながら、ライアンに向かって言った。
「この辺りでカラスが多いって言ったら、トルア廟とかですかね?」
「まあ、そうだな。あそこなら居るだろうな」
私は思わず二人に聞く。
「そこって、どう行けばいいの?」
ライアンが腕を組んで、考える風に私を見る。
「お前、今度はいつ休みだ?」
「ええと、明後日」
「明後日か……なら、俺も休みが取れるな。連れてってやるよ」
私は思わず目を見開いてしまった。
「え、本当? いいの?」
ライアンが甘い目で私を見て頷く。
「その日なら休みの調整ができるからな。行き方を教えたって、どうせ迷子になるんだ。連れてってやる」
……なんで、一言多いかな。
でも、まあ。
うん。
「ありがと、ライアン」
私が素直にお礼を言うと、彼は片眉を軽く上げて笑った。
ガインさんが私達を見てニヤついてるのが、ちょっとだけ気になったけど。
ちゃんと頼んでおかなくちゃ。
「ガインさんも、好意に甘えますけど、箱をよろしくお願いします」
ライアンが横目でガインさんを見た。
「箱?」
「ええ。小物入れを作って欲しいそうなんです」
「へぇ」
ガインさんが、また、面白そうに笑う。
「リンさん、自分で作るつもりだったみたいですけど、俺が作った方が早いと思うんで頼まれました」
「そりゃ、そうだろな。こいつは、なんでも自分でやりたがるけどな」
私は少し不服を言いたい。
別に作りたいわけじゃないけど、ないから作るんだし。
でも、口に出さないで黙ってる。
きっと、反論できないような言い方で返されるに違いないから。
「ガイン。マロンを頼んだ。リン、用が済んだなら行くぞ」
……行くぞって。
まあ、いいけどさ。
私はガインさんに、もう一度だけ頭を下げて、歩き出したライアンを追いかけた。小走りで横に並ぶと、私を横目でチラッと見る。
……ええと。
今日は何を言い出すんでしょうか。
彼はガバッと私の首に腕を回して引っ張り、頭をクシャクシャに掻き回した。
「ちょ、ライアン。止めてよ、髪が……」
「ったく。お前は本当に自覚がないよな」
「なんの話なのよ」
ライアンは目を細めて私を睨んだ。
「相手がガインだから、これで済んだと思えよ」
「……え?」
彼は私の耳を軽く引っ張ってから腕を離した。
「い、痛ったいなぁ。なんなの」
私が耳を抑えてライアンを睨むと、反対にキュッと睨み返された。
彼は少し拗ねたように言う。
「……箱が欲しかったなら、俺に言えばいいだろ」
……えっと?
「だって、自分で作るつもりだったし」
私がそう言うと、ふぅっと息を吐く。
彼は軽く溜め息をついて甘く私を見る。
「……まいったな。俺、自分がガインにまで妬くとは思ってなかったぞ」
ライアンは苦笑しながら、そう言った。
……妬いてたんだ。
☆
私は自室に戻ってライアンの箱を手に取った。
どうやって布を貼ったんだろ。
このビーズは布に直接刺繍してあるんだね。
しげしげと観察してて、思った事が一つだけある。
……やっぱり、誰かのお手製だな。
すごく綺麗に作ってあるけど、職人さんが作ったんじゃないと思う。
シルビアさんの言ってた事を思い出すと、戸惑いを感じないでいられない。
大切な故人の形見を送るっていうのが、求婚の意味を持ってるなんて思わなかったよ。
私は椅子に座って箱を膝に置く。
これが、本当にライアンのお母さんが作った物だったとしたら……。
私は頭をブンブンと振った。
有りえないでしょ。
だって、この箱を渡してくれた時には、まだ、出会ってからそんなに経ってなかった。
……けど。
ライアンは箱を私にくれるって言った。
箱を見たアイアンさんが、すごく驚いた顔をしてた。
私は膝に置いた箱をギュッと掴む。
……ダメ。
なんか、勝手に考えちゃ。
意味なんか、きっと、ないんだから。
私が絵を描く道具を探してたから、だから、親切で渡してくれたんだよ。
ライアンは、すごく、優しいんだから。
だから……。
きっと、特別な意味はないよね。




