目は覚めた?
気づくとライアンに抱かれてマロンに乗ってた。
ボンヤリした意識が少しづつ焦点を合わせて行く。
「ライアン?」
私が呼ぶと、彼は甘い目だけを向けた。
「もうすぐ家に着く」
「うん……あの……」
ふっと息を吐いたライアンは、耳元に口を寄せて言った。
「正気の時に続きをさせろよな」
私は意味が分からずに、目を瞬かせる。
ライアンがクスッと笑って、私の髪に顔を寄せた。
「お前が酔ってなきゃな。こういうの、生殺しっていうんだぜ」
……生殺しですか。
アイアン家が見えてくると、彼は私のフードを被せ直し、前を引っ張ってスッポリフードに隠れるように整えた。
「人に見せるなって言われてるからな。ガインが居るかもしれないし。俯いてろ」
私は言われた通り、少し俯く。
ライアンが馬小屋にマロンを戻してる間、彼は私に自分のシャツを掴ませてた。
「なんでシャツを掴んでなきゃダメなの?」
私が聞くと、キュッと片眉を上げて軽く睨んだ。
「ほっとくと、ふらふら歩き出すからだ」
ガインさんは馬小屋付近にいなかったけど、ライアンは私を玄関ではなくテラスの方から屋敷に入らせた。私は、そのまま自分の部屋に連れて行かれ、椅子に座らせられて……紐で腰を椅子に縛られてしまった。
なんか、これの方が折檻っぽいよ。
ライアンは机の上にディアンが貸してくれた冊子を広げ、紙とペンを私に渡す。
「俺が呼びに来るまで、ここで図案の模倣をしてろ」
「……ライアン」
「なるべく早く戻って来るから、大人しくしとけ」
そう言って、甘い目で私を見ると額に軽くキスをして出て行った。
なんか、当たり前みたいにキスしていったなぁ。
私は少し唇を尖らせて、たぶん、赤くなってる自分の頰を引っ張った。
彼が戻ってくる前に、普通の顔が作れるように、強張った顔の筋肉をほぐしとこうっと。
机の上の道具を見て、ちょっと苦笑いする。
そりゃ、模倣は嫌いじゃないけどさ。
俯くと自分のブラウスのボタンが、互い違いになってる事に気付いた。
直そうと思ってボタンを外すと、胸元に赤い跡がついてて……。
私は何があったか、一気に思い出した。
目を瞑ってたんだし、あった事を鮮明に記憶してるわけじゃないけど。
皮膚感覚や、声や、音や、匂いとか……。
頭にカァッと血が上って、私は一人で動揺してしまう。
マロンの上でライアンが言った言葉の意味にも気づく。
顔どころか、全身が真っ赤に染まるほど恥ずかしい。
私は頭を抱えて机に突っ伏した。
ライアンが居なくて良かった。
胡乱なことを口走ってしまうところだった。
そして、ふっと気づく。
ずっと聞こえてた、耳の奥の囁きが聞こえなくなってる。
精霊酔いだったっけ?
終わったのかな?
☆
少しして戻って来たライアンは、私を椅子から解放すると自分の部屋へ連れて行った。彼の部屋には、お盆に乗ったサンドイッチとお茶が置いてあった。
「ララには説明してあるから」
私達は床に直接座って、ベッドを背もたれにする。
お行儀は悪いんだろうけど、人の部屋で文句も言えない。
私はお盆からサンドイッチを一つ取って、ライアンに報告してみる。
「ねえ、ライアン。私、精霊酔いが終わった気がするんだけど」
彼はサンドイッチを食べながら、横目で私をじっと見つめ、お茶でサンドイッチを流し込むと首を振った。
「……まだだろ」
「でも、精霊の気配が収まったみたいだよ?」
「そっちは俺に聞いても分からないよ」
ライアンは少し首を捻って私を見た。
「扇情的に見えるのが問題だっていうなら、そっちだって、俺に聞いても無駄だ」
「……変化ないってこと?」
彼は目を細めて小さく笑った。
「いや。お前はいつだって扇情的だってこと」
私がビックリして何度も目を瞬かせると、彼は面白そうに笑った。
「お前、なんか出してるって言ったろ」
「や、なんにも出してないから!」
ライアンはクククッって喉の奥で笑ってから、自分の机の上に積んだ書類に目をやった。
「とにかく、今日はこの部屋に居ろよ。シルビアにもニコラにも念を押されてるしな。俺の仕事を手伝ってくれ。一人じゃ終わらない」
「それはいいけど……」
「いいけど、なんだよ」
私は少し言い淀んでしまう。
「えっと。夜には自分の部屋に帰してね」
ライアンが急に顔を赤くした。
「……あのな、リン。いくら俺でもこの屋敷で手を出したりしないぜ?」
私は横に座ってる彼を覗き込み、上目遣いで伺う。
「本当?」
ライアンは、少し目を泳がせた。
「……たぶん」
「たぶん?」
ライアンが狼狽えてるのが面白くて、つい見つめてしまう。
「この屋敷には親父もディアンもいるんだぞ。昼間はララだって、ガインだっている。できるかよ」
彼は赤くなったまま、不貞腐れたように私を睨んだ。
思わず可愛くて笑ってしまった。
「分かった。信じてるからね」
ライアンは片眉だけ上げて、少し意地悪い笑みを浮かべた。
「たぶん、だけどな」
☆
ライアンの仕事を手伝うと言っても、私にできるのは書類の分類くらい。
あと、頼まれて書類を清書したりしたけど。
結局はライアンが目を通さなきゃならないから、手伝いになってたかどうか。
それでも、持ち帰った仕事は、夕方までに一段楽ついたみたいだった。
「助かったよ、リン」
彼は笑って私の頭を撫でる。
「少しは役に立ったのかな?」
「ああ。少しどころか、結構なアシスタントだよ。シルビアが離さないわけだ」
褒められれば、やっぱり嬉しい。
私が笑うと、ライアンが目を細めた。
「正気に戻ったみたいだな」
私が頷くと、手を伸ばして首を引っ張った。
軽くない口づけが私を戸惑わせる。
首を離したライアンが、甘く笑って言った。
「やっぱ、正気の時の方がいい」
私は赤くなって眉根を寄せた。
「ライアン。手は出さないんじゃなかったの」
彼は面白そうに私を見る。
「手は出してないぜ?」
「そういうの詭弁って言うんだよ」
「それに、俺は、たぶんって念を押した」
私が黙ると、ククッって喉の奥で笑った。
それから、目を細めて私を見る。
「それでも、今日は部屋で食事しろよな。ディアンに会わせるなってニコラに言われてるからさ」
「食堂に行っちゃ……ダメなの?」
ライアンは含んだ笑みを浮かべて言った。
「ああ。リンの為っていうより、ディアンの為にニコラの言うことを聞いとけよ。心配はするかもしれないけど、悶々として眠れなくなるよりマシだろ。あいつも男なんだからさ」
……ああ。えっと。
精霊酔いは終わってるみたいなんだけど。
朝のダインさんとか、ニコラを思い出すと、大人しくしてた方がいいのかな。
私は仕方なく頷く。
「分かった。部屋で食べる」
ライアンが心配そうに、ジッと私を見つめた。
「本当に終わってると思うか? 泉の時みたいに精霊に呼ばれてるとか言って、ふらふら歩き出したりしないんだろうな」
私は自分の頭の奥を探って見る。
囁きは聞こえてこない。
「大丈夫だと思う。ライアンが心配だって言うなら、腕に紐つけてベッドに縛っとくけど……」
彼は顎に手をやって、少し考えるように言った。
「……そうしてくれると、俺も安眠できるな」
「分かった。じゃあ、そうやって眠るよ」
私はライアンを見つめる。
「今日は付き合わせちゃって、ごめんなさい。本当なら、部屋で仕事しなくたって良かったのにね」
ライアンはクスッと笑った。
「いいさ……俺は役得だったから」
私が首を傾げると、立ち上がって私に手を差し出す。
「親父やディアンが帰宅してくる前に、部屋に戻ってた方がいいだろうな。連れてってやる」
彼の手を取って立たせてもらいながら、私は苦笑を浮かべる。
「ライアン。自分の部屋にぐらい、一人で帰れるよ」
「いいから、送らせろよ。ついでに……」
ライアンは私の耳に口を寄せて甘く囁く。
「今度、続きをさせろよな」
私は自分が真っ赤になってくのが分かった。
……考えないようにしてたのに。
そんな私を見て、彼は小さく笑った。




