酔っちゃう2
ライアンがマロンを連れて来る間に、シルビアさんが私にフード付きマントを着せてフードを被せた。
「いい? 今日は人に会わないようにするのよ?」
「はい」
彼女は少し困った目で私を見てから言う。
「………声も出さない方がいい」
私は言われるまま、無言で頷いた。
ニコラが軽く頰を染めながら私を見つめてる。
「ほんと、ヤバイなって思うのに。ずっと見ていたい気にさせるもんな」
シルビアさんが苦笑を浮かべた。
「見てるだけで済むならいいけどね」
マロンに乗って詰所の前まで来たライアンは、私に手を差し出した。
「……リン。おいで」
ライアンの声は、頭の中にストンと落ちる気がした。
私は彼の手でマロンの上に引き上げられ、横座りのまま腰を抱かれた。
ニコラとシルビアさんが、少し不安そうに私達を見てる。
「ライアン。くれぐれも、リンをよろしくね」
「ああ。家から出さないよ」
ニコラが首を振る。
「いや。家でも他の奴に見せないで。ディアンにも」
ライアンが苦笑を浮かべて頷く。
「……分かった」
彼は軽く手を挙げて二人に挨拶すると、マロンをゆっくり歩かせた。私はライアンの腰に腕を回して、大人しく彼の腕の中に収まってた。
……けど、その間も触れていく風や、耳の奥で騒めく囁きを聞いてた。
夢と現が混ざり合っている。
眠りに落ちる前の混濁した意識に似てて、ボンヤリと気持ちがいい。
あんまり力が入らないから、私はライアンに体をもたせかけてる。
彼は何も言わずに、ゆっくりマロンを歩かせていた。
頭の奥の騒めきが激しくなって、呼ぶ声が聞こえた。
強い誘いに、私の体がビクッと強張る。
ライアンが心配そうに私を呼んだ。
「リン?」
私は顔を上げて彼を見つめる。
「ライアン。あっちで呼んでる」
「あっち?」
「うん。あの細い道の向こうで、おいでって言ってる。行っちゃダメ?」
ライアンは戸惑ったように眉根を寄せた。
「ダメだろ」
私は思わず甘えるように言う。
「少しだけだから。お願い」
ライアンがクッと息を飲む。
「……いや、ダメだって。真っ直ぐ帰らないと」
頭の中の誘いは激しく私を急かす。
もう一度、彼を見つめてお願いしてみる。
「ライアン。本当に少しだけ」
彼は諦めたように、大きく溜め息をついた。
「少しだけだからな」
「ありがとう」
微笑むと、ふいっと視線を逸らされた。
細い道をゆっくりマロンが進むと、その先は少し開けていて泉が湧いてた。
私は食い入るように泉を見つめる。
ああ、ここだ。
ライアンが小さく聞いた。
「ここか?」
私が頷くと、彼はマロンを降りて木陰に手綱を結んだ。
「ほら。本当に少しの間だからな」
抱くようにして、マロンから下ろしてくれる。
呼ばれるままに、泉へ歩いて行く。泉から吹いてくる風が、私を誘うように絡みつくと、勢いよく空へ吹き上げていった。髪が揺れ、私の意識まで上に飛ばされる。歓喜に似た感情が湧いてきた。
靴と靴下を脱いで泉に足を入れる。清廉な水が私の肌を撫でてゆく。
目眩を起こしそうになる。
「リン。それ以上はダメだ」
ライアンが後ろから私の腰を抱いて引き止めた。
気づけば膝まで泉に浸かってて、スカートが濡れてる。
私がライアンを振り返って見上げると、彼は優しく笑って私を抱き上げた。
「酔っ払いってのは、本当にしょうがないよな」
抱き上げられた私は、ライアンの首に腕を回して彼の肩に頭を置いた。
……お酒か。
私は未成年だったし、父さんが飲んでいる時に、悪戯で舐めたことくらいしかないんだよね。
辛くて嫌いだったし、その後も、お酒は飲んだことがない。
酔う、という状態がよく分かっていなかった。
ただ、自分の行動から躊躇が無くなっているような気はした。
それも、ふわふわとした意識の中で、ボンヤリ思った程度だけど。
彼は木陰に私を下ろすと靴を拾いに行った。
泉を見つめると水面の煌めきが眩しい。
その泉を背にしてライアンが戻って来る。
彼がズボンを膝まで捲っていることに、その時になって気づいた。
屈んで私の足元に靴を置くと彼は甘く笑った。
「気が済んだか?」
「……もう少しだけ、見てていい?」
私は手に持ってた靴下を履き、靴に足を入れながら、泉の煌めきに目を細める。
ライアンはフウッと息を吐いて、後ろから私の腰を抱いて木陰に座る。
彼に引っ張られて足の間に座った私は、泉の煌めきに魅入っていた。
「捕まえてるからな。さっきみたいに、ふらふら歩き出すなよ」
「……はい」
私は木陰から泉を見つめた。頭の中の誘いは、だいぶん収まってきた。
それでも吹き上げる風に、意識を持って行かれそうになる。
木々の囁きは、相変わらず耳の奥で聞こえている。
ふっとライアンが項垂れて、私の肩に額をつけた。
「……無理だろ」
そう呟くと、私の髪を避けて首を舐め上げ、そのまま耳を軽く噛んだ。
私は身を捩って、小さな声を上げる。
ライアンが私を抱きしめている手に力を込めた。
精霊と、ライアンと、痺れるような感覚が二重になって、私は受ける刺激に翻弄されてゆく。
彼が首筋に触れるたび、声が出てしまう。
そうしないと、耐えられないような鮮烈な感覚だった。
ライアンが私を仰向けに押し倒した。
真っ赤に染まった彼の顔と、潤んだ甘い瞳が私を間近で見つめる。
「リン。少し目を瞑ってくれ。このままじゃ、俺の方が変になりそうだ」
そう囁くと自分の手で私の目を隠した。
私は彼の手の中で、瞼を閉じる。
今までと違う口づけが、酔っているせいなのか、ライアンのせいなのか分からない。ただ、頭の芯が痺れてしまって何も考えられない。
彼の手がブラウスの中に滑り込んで、体の輪郭を確かめるように触れ始めた。
精霊の囁きとライアンの呼吸音、それに重なる自分の声が聞こえる。
私は……意識が飛んでしまった。




