酔っちゃう
訓練を開始して一週間くらいすると、不思議な事が起こり始めた。
いつでも、頭の中のどこかが騒ついてる。
囁きや、クスクス笑い、ふいに何かが頰を撫でたり、髪を引っ張られたり。
緑の騒めきは歌に聞こえるし。
ランプの灯りは揺らめいて微笑みながら踊る。
流れる小川が、誘うように煌めいて見えるし。
風は私を抱きしめるみたい。
確かに、何度か、近い状態になってた事はある。
熱を出す直前とか。
遠乗りに行って川に入った時とか。
そのうちに意識が飛んで、私は風になって吹き上げたり。
緑になって虫と踊る。
気分はぜんぜん悪くない。
むしろ、面白くて、興味深い。
ただ、あんまり頻繁に起こってて。
……立って居られない時がある。
けど、それはいつも目を閉じて深呼吸すると落ちついていた。
ニコラは私のチャンネルが、精霊世界に合ってきてるからだって言ってた。
それを通り越すと、いつでも任意でチャンネルを合わせられるようになってくる。そうすると、思った時に魔法が発動できるようになるよって。
だから……今は我慢してる。
でも、その日は、何かがそばにいる不思議な気配を格段に強く感じてた。
魔法騎士団の詰所に行って、団長室に入って行く前、ダインさんに会った。
「おはよう、リン」
私は少しボンヤリしたまま、それでも普通に挨拶をした、つもりだった。
「おはようございます」
本当に、ただ、いつもみたいに笑っただけなのに。
ダインさんが目を見開いて私を見つめた。
ふぅっと息を飲んで、みるみる赤く染まってく。
「あっ……ええと」
私を見つめたまま、口ごもってしまう。
……なんだろう。
ダインさんが赤くなったの、初めて見たかもしれない。
ええと、確か彼は今日、知らない魔法騎士さんと組んでて、西の森を巡回するんじゃなかったかな。
「ダインさん。今日は巡回ですよね? 気をつけて行って下さい」
彼は赤くなったまま、目を瞬かせて体を強張らせる。
……あれ?
私、変んな事は言ってないよね?
ニコラが寄って来て、揶揄うようにダインさんに言った。
「ダイン。朝から、なに赤くなってんの?」
ダインさんが目を泳がせると、ニコラはフイッと私を見て息を飲んだ。
「……あっ。こりゃ、不味い」
……不味い?
ニコラは私の腕を掴んで、慌てて団長室に引っ張って行った。
「ニコラ?」
「……。リン。喋んないで」
「えっ?」
私を振り返ったニコラも、なんでか頰を染めている。
「今日は黙ってた方がいい」
「……はい」
呟くみたいに続けた。
「ちょっと、破壊力が強すぎるよ。まいったなぁ」
……なんの破壊力?
ニコラと私が入って行くと、シルビアさんが不思議そうに見た。
「おはよう。どうかしたの、二人して?」
苦笑したニコラは、私を前に押し出す。
「おはよう。シルビア、ちょっと、リンが精霊酔い起こしてるんだけど」
シルビアさんが目を瞬かせて私を見つめた。
「……あ。なんか、すごいね」
「そうなんだよね。これじゃあ、そこら辺に置いとけない。ええと……ライアンの今日のスケジュール分かるかな?」
……ライアン?
なんで?
「ライアン? たぶん、訓練と詰所で事務仕事だけど?」
「分かった。ちょっと、呼んでくるから、リンをここから出さないで」
シルビアさんも少し首を傾げる。
「ニコラ、なんでライアンを呼ぶの?」
ニコラは当たり前だろって感じでシルビアさんを見た。
「だって、あの人はリンの保護者みたいなもんでしょ? さすがに、アイアンさんを呼ぶわけにいかないし。連れて帰ってもらう。今日は訓練は無理だし」
☆
少しして、団長室に来たライアンが目を瞬かせて私を見つめた。
「え……あ、どういう状態だ?」
ニコラが苦笑しながら説明するには。
「魔法訓練の反動なんだよ。精霊酔いっていう状態で、本当に酒に寄ってるのと変わらない感じ」
シルビアさんも横から説明を加える。
「魔法のエネルギーに触れると、精霊もハイになるんだよね。まあ、だから、召喚魔法に応じたり、魔法使いが魔法を使えるようにしてくれるわけなんだけど……」
シルビアさんとニコラは、二人して溜め息をついた。
ニコラが私を見ながら続ける。
「リンは魔法力が無尽蔵に近くて、今、オープンになってる状態だから、精霊が寄ってきて接触しまくってんの。それは、想定済みだったんだけど」
シルビアさんが感慨深く言った。
「魔法使いも精霊に接触するとハイになるのよね。人によって反応は異なるんだけどさ。……ここまで扇情的になるんだねぇ」
ニコラは少し頰を染めて私から視線を逸らす。
「これじゃ、その辺には危なくて置いとけないよ。彼女、たぶん、すごく無防備になってるし。酔ってるからさ。連れて帰って、見てて欲しいんだよ。放って置くと、精霊に誘われて、どこに行くか分かんないし」
ライアンは、ただ、ビックリしたように私を見てる。
「それ、どのくらい続くんだ?」
「早ければ半日、かかっても明日の朝には治ってるはず。頼んでいいかな?」
ライアンは戸惑ったようにニコラを見た。
「まあ……放ってはおけないからな」
ニコラがホッとしたようにライアンに笑いかけた。
「良かった。他の人間には、ちょっと、頼めないからさ」
シルビアさんも苦笑を浮かべてる。
「精霊酔いした人間は何回か見たけど、こんなに破壊力が強いのは初めてだわ」
彼女は紙とペンを用意しながら言う。
「騎士団の団長には、私からも話を通しておくから、自宅で出来そうな仕事を持って帰っていい。指示を書いてくれる? 必要な書類を持って来るから」
ライアンがシルビアに言われ、メモを作って渡すと彼女は私の頭を軽く叩く。
「リン。今日はライアンの言う事を聞いて、家で大人しくしてるのよ?」
「はい」
私が微笑んで答えると、彼女はピタッと動きを止めた。
「……ダメだわ。女の私でもゾクッとくるじゃない」
笑いながら、そう言って団長室を出て行った。
シルビアさんが団長室を出ると、ニコラが声を小さくしてライアンに言うのが聞こえた。
「僕も男だから、この状態の女性と二人きりは、キツイだろうなって思うんだけどさ。彼女、酔ってるから。手は出さないで欲しいな」
「……分かってるよ」
さらに声を抑えたけど、聞こえた。
「まあ、ちょっとならね。リンも相手があんたなら怒らないだろ」
私を見ても赤くならなかったライアンが、ニコラの言葉で真っ赤になってく。
何も答えなかったけど、軽く目が泳いでた。




