ニコラの訓練
私はニコラから魔法の使い方を教えてもらうことになって、魔法学園の一室を借りてる。魔法騎士団の詰所には訓練の場所はないから仕方ないんだけど……。
立会いっていうのが、グレイさんっていうのは、どうなんだろう。
彼は来月にシルビアさんとの結婚式を控えてる。
すごく忙しいんじゃないだろうか。
「すみません、グレイさん。お忙しいのに、付き合わせちゃって」
グレイさんは柔和な笑みで私を見た。
「いや。いいんですよ。暇なのが僕くらいなので」
「い、いえいえ。グレイさん、お暇じゃないですよね?」
「僕は魔法騎士団の事務方をしているのでね。シルビアが仕事を回して来なければ、割と時間が取れるんですよ」
……あ。なるほど。
結局、シルビアさんが書類と格闘してるってことなのか。
彼はクスッと笑った。
「あのシルビアが、自分で事務仕事もするって言い出すとは思いませんでした。リンさんは、本当に彼女に気に入られてるんですね」
グレイさんの焦げ茶の丸い目が面白そうに揺れる。
「妹を持つのがあの人の夢だったんで、付き合ってやって下さい」
「そ、それは。光栄過ぎますけど……」
そこに慌ただしくニコラがやって来た。
「ああ、ごめん。遅くなっちゃった? 詰所に寄ってたら、シルビアに捕まっちゃってさあ」
グレイさんが頷いて穏やかに笑う。
「じゃあ、僕はそこの隅で仕事しながら見てます」
そう言って小さな椅子を出し、膝にボードと書類を乗せた。
……結局、ここで仕事をするんですね。
ニコラは笑ってグレイさんに会釈してから、私に向き直る。
「さてと、じゃ、座って」
椅子や机を片付けてある教室の床に、私もニコラも直に座った。
「まず、重要なのはイメージすること。はい、手を出して」
私は少し緊張しながら手を出す。
ニコラが私の手を握って、鑑定魔法を使う時のように私の目を見つめた。
「僕の目を見てて、僕が風を起こすから、一緒に体験してみて」
「体験?」
「そう。仮想の体験だよ。絶対に目を離さないで」
彼は私に微笑んでから、古語を唱え出した。
大きな焦げ茶の瞳に砂金のような光が舞い散っていく。
繋いだ手が軽く痺れてくる。
頭の中に不思議な映像が流れ込んできた。
周りの景色が色を失って、どんどん透けていく。
ニコラの姿も透けていく。
重なるように、色を持ち始めたのは、人の顔を持つ蝶だった。
空のように青い羽、黄色い星と円が組み合わさった不可思議な模様で、ゆっくり羽ばたくたびに、細かな光が辺りに舞い散ってる。
卵型の白い顔には触覚が生えていて、アーモンド型の目に白目はなく、羽と同じ空色一色だった。
彼女なのか、彼なのか……。
どちらでもあって、どちらでもない、風の精霊。
ゆっくり瞼が下から上に動き、その空色の目にニコラと同じ、砂金の光が踊り始める。
薄いピンクの唇がゆっくりと笑みの形を作っていく。
淡く微笑んでから、精霊は唇を窄めて、ふうっと息を吹き出した。
風が私の顔を吹き上げる。
思わず瞬きしてしまう。
急に景色が色を取り戻して、そこにはニコラが座ってた。
「リン。目を離さないでって」
「……あ、ごめん」
ニコラは私の手を離すと、面白そうな顔をした。
「まあ、いい出来だったと思うけどね。じゃあ、見たものを僕に話してみて」
私は見たモノを、なんとか言葉にしてゆく。
ニコラが頷きながら聞いてくれる。
「なるほど。リンは視覚的なイメージを強く感じたんだね。分かった。じゃあ、次は身体感覚にもっと集中してみて欲しいな。もう少し強く、僕とシンクロしよう」
そう言って、また、私の手を取って笑う。
「今度は目を閉じちゃダメだよ?」
私は、そうやって、何度も彼の魔法を追体験させてもらった。
午前中一杯、そうやってニコラの魔法を繰り返し体験してるうちに、自分とニコラの境界が曖昧になったように感じる。
そんな私を見たニコラは、不思議な笑みを浮かべた。
「今日は、このぐらいにしとこうか?」
私はボンヤリと頷いた。
頭の何処かが、まだニコラと繋がっているみたい。
彼がふっと笑って、私の腕を引っ張った。
と、ボードが私の目の前に降りて来てニコラとの間を遮った。
グレイさんがニヤッと笑って、ニコラの頭をボードで叩く。
「痛ってぇ」
「ダメだよ。今のは報告しないけど、次にやったら見逃さない」
ニコラは悪戯を見つかった子供みたいに笑う。
「ああ、グレイさんが居たの忘れてた」
私は少しボウッとしたまま、グレイさんを見上げる。
「えっと……ありがとうございます」
グレイさんが微笑んで頷く。
「たぶん、こうなるって、シルビアに言われてたからね。さ、立てるかい?」
彼に助けてもらいながら、なんとか立ち上がる。
ニコラも立ち上がると、少し真面目な顔で私に言った。
「続けてると微熱が出てくるかもしれない。あと、目眩とか、人によっては眠れなくなったりする。もし、キツイようだったら言って欲しいな。やり方を変えてみるからさ」
私は少しボンヤリしながら頷く。
ニコラが笑って言った。
「じゃあ、また明日」
魔法の訓練って、けっこう、キツイんだな。
午前中だけだったのに、私はふらふらになってた。
グレイさんが、少し心配そうに私を見る。
「大丈夫かい?」
「……はい」
「少し休んでから戻った方がいいかな」
私は微笑んで首を振った。
「いえ、ゆっくり戻ります。グレイさん、先に戻ってて大丈夫ですよ」
「そうはいかないな。君を放って帰ったら、シルビーに何を言われるかわからないからね」
グレイさんは、そう言って、私に合わせてゆっくり歩いてくれた。
ああ、シルビアさんが、どうして彼に惹かれたのか分かる気がする。
大きくて、優しい気配を持ってて、とてもホッとする人なんだね。




