やっぱり焼きもち
馬車の中でニコラが話してくれたのは、この世界で魔法使いが魔法を使い出した頃についてだった。
「だからね。始めは召喚なんかしてなかったのさ。精霊と親和性の高い人達が、友人のようにコンタクトを取ってたんだ。魔物は昔から地脈のエネルギーと関連するように出現してた。友人を助ける、そういう形で幻獣が魔法使いを助けてたんだ」
ディアンは首を捻った。
「それは僕も習ったよ。けど、その状態は安定性を欠くから、召喚の魔法が開発されたんだろ?」
ニコラは微笑んで頷く。
「そうだよ。だからさ。リンのそばに居る幻獣は、僕らのガーディアンとは性質が異なる。単に、気に入ったから力を貸してくれるような状態なんだ」
「いや……。その状態ってさ、リンは精霊とコンタクトが取れてるってことになるわけ?」
ニコラが確信を持って言った。
「なる。リンは精霊とコンタクトが取れてる」
私は困惑しながら聞いた。
「でも、私、まだ一人で魔法が使えないよ?」
微笑んだニコラが軽く頷く。
「どうしてかって言うとね。方法が僕らと異なっているからなんだ。そうだな。例えば、僕らはエレメントの家のドアをノックして扉を開ける。そして、中の精霊や幻獣と直接会話してる、とするじゃん?」
私が頷くと、ニコラが続けた。
「リンはね、エレメントの家の庭で叫んでる感じ。精霊に聞こえれば出て来てくれることもある。でも、他に気を取られてれば出て来てくれない」
でも、じゃあ、いったい。
「私はどうすれば一人で魔法が使えるの?」
ニコラが焦げ茶の大きな目で、面白そうに私を見る。
「僕が教えてあげるよ」
「……え?」
「そういうの、得意だから。シルビアに言っておく」
ディアンが眉を顰めてニコラを睨む。
「別にニコラじゃなくてよくない? 学園にだって教師はいるし」
けっこう真面目な顔で、ニコラが首を振る。
「いや。教えるって言っても、感覚的なもんを伝えてやらなきゃならない。同調が得意じゃないとできないよ」
ディアンが少し不貞腐れたように黙り込むと、ニコラは私を見て微笑む。
「大丈夫。絶対に使えるようにしてあげる」
「……お願いします」
私が少し戸惑いながら頭を下げると、ディアンがキュッって私を睨んだ。
だって、仕方ないじゃない。
私は……一人でも魔法が使えるようになりたい。
そしたら、もう少し役に立てるし。
心配ばっかりされなくて済むじゃない。
魔法騎士団の詰所に戻って、不貞腐れたディアンが先に馬車を降りると、ニコラが私の腕を掴んで小声で言った。
「ディアンが居たから言わなかったけどね。あのライオンは、ライアンが魔法使いならガーディアンになったような幻獣なんだよ。赤いライオンとライアンは非常に近い関係を持ってる」
私はフッと息を飲んでニコラを見る。
ニコラが優しい目で微笑んだ。
「覚えておいて」
「……分かった。ありがとう」
私達が馬車を降りると、ライアンとミリアンが馬を降りずに言う。
「そんじゃ、俺ら騎士団の方に戻る。今日はお疲れ」
「お疲れ様」
二人が行ってしまうのを、立ち止まって見てたら、ルシアとダインさんが帰って来た。今日は二人の組み合わせだったみたい。知らない剣士の人が二人、ルシアに軽く手を上げて騎士団に戻って行くのが見えた。
ルシアが私達に気づくと走り込んで来た。
「お疲れ様です」
ディアンに抱きつこうとするルシアを、彼は眉を顰めて避けた。
少しハッとした顔をした彼女を、苦い顔で眺めると。
「……お疲れ」
そう呟いて詰所に入って行ってしまった。
……そこまで不機嫌にならなくても。
私はルシアに近寄って抱きしめ、彼女の頭を撫でた。
「お疲れ様、ルシア」
「リン。ディアンが……」
私は軽く溜め息をついた。
「なんかね。私がニコラに魔法の使い方を教えてもらいたいって言ったのが、気に入らなかったみたいで」
「……そうなんですか」
ルシアは寂しそうに詰所の出入り口を見つめる。
……ディアンのバカ。彼女の顔を見せてやりたい。
ルシアは気を取り直したように私を見上げる。
「ニコラに魔法を教わるんですか?」
「うん。そしたら、一人でも魔法が使えるって」
ルシアが微笑む。
「そうなんだ」
ダインさんが、ちょっと目を細めてニコラを見た。
「珍しいじゃないか、ニコラ。人に頼まれても断ってたのに」
ニコラは悪戯そうに笑った。
「まあね。ダインの気持ちが分かったよ」
眉間に皺を寄せたダインさんが、胡乱な表情でニコラを睨む。
「……へぇ?」
ニコラは、両手を軽く上げて降参のポーズを取って、軽く首を傾げてみせた。
「ま、参戦はしないから安心して」
ダインさんが不機嫌な声を出した。
「魔法は教えるけど?」
ニコラはダインさんを真っ直ぐ見て言った。
「教えるよ。ダインだって、リンの魔法を見た事あるんだろ? 彼女は一人で魔法を使えた方が絶対にいい。リンが魔法を使えるようになったら、魔法騎士団にいる以上に多くの人を助けるよ」
ダインさんがグッと言葉を飲み込む。
それから、諦めたように笑った。
「確かにな。それに異論はない」
私はニコラの言いように軽く疑問を感じた。
「ねえ、ニコラ。今の言い方だと……私、魔法騎士は無理ってこと?」
ニコラが真っ直ぐに私を見つめる。
その瞳は透明な泉みたいに澄んでた。
「無理だと思う。リンが深く結びついてるのは……いにしえの魔法だから。特定の守護者は付かないだろうな。でも、君は精霊達に愛されてる。魔法は使えるよ」
彼は大きな焦げ茶の瞳の奥で、静かに燃えていくような不思議な目をする。
「騎士だけが人を助けてるんじゃない。リン。例え魔法が使えなくたって、人は人を支えてる。僕は断言してもいい。君が得意とするのは戦闘魔法じゃない。回復魔法だ。君の回復魔法は多くの人を支える」
なんだろう。
私の胸にニコラの火が飛び火したよう。
熱くなってくる。
「魔法……教えて、ニコラ」
彼が優しく笑って頷く。
「言ったろ。必ず使えるようにしてあげる」
ダインさんが眉を顰めて、ニコラを睨むと頭を叩いた。
「痛ってぇな。なんだよ、ダイン」
「何が参戦しないだよ。お前は、いま、自分がどんな目つきでリンと話してたか分かってるのか?」
「どんなって。すげぇ、真面目に話してたじゃんか」
思わず私も頷く。
「すごく、やる気になるような話でしたけど?」
私に抱かれたまま、黙って聞いてたルシアが苦笑した。
「……リン。ディアンが不貞腐れたのも分かりました」
「えっ? なんで?」
「私だってニコラに妬けてくる」
「へ?」
彼女は困ったように私を見た。
「出来るなら、ニコラの役割を私がしたいです。でも、できない。悔しいなって」
ダインさんが笑った。
「ああ。同じ事を俺も思う」
ニコラが例の魅惑的な笑みを浮かべて私を見た。
うわ、また。
背筋がゾクゾクしてくる。
「それは、僕の特権だからね。譲らない」
クスッと笑って、ニコラはルシアに言う。
「そういや、今日のディアンは凄かったよ。リンの魔法力を引き受けられる魔法使いは、ディアンぐらいだろう。そこらの魔法使いなら、ぶっ倒れてる。もちろん、僕にも無理だよ」
ルシアがニコラを見つめて、目を瞬いた。
そして、私を見上げて笑った。
「ディアン、探して来ますね」
私も笑って頷く。
彼女は私を離すと、詰所の中に戻って行った。
ダインさんが、もう一度、ニコラの頭を小突く。
「なんなんだよ、ダイン」
「焼きもちだ」
「……あんたね。いい歳して」
「あぁ? ニコラ。今、喧嘩を売ったか?」
二人のやり取りが可笑しくて、思わず私が吹き出すと。
少し照れたような、困ったような顔をしたダインさんが溜め息をつく。
「……笑うとこじゃないよ、リン」
その表情が珍しくて、私はさらに笑ってしまった。
☆
私とニコラが、魔法の訓練についてシルビアさんに相談した結果。
「……リンがそうしたいって言うなら、もちろん、反対はしない。けどね、必ず立会いを付けるのが条件よ」
「立会いですか?」
「そう。誰か一人、必ず立ち会わせる。調整は私がするから、心配しないで」
シルビアさんは、ニコラをキュッと睨んで言った。
「二人きりには、させない。いいね、ニコラ」
……えっと。
どういう心配をしてるわけですか?
ニコラがクスクス笑いながら頷く。
「それでお願いします。僕も二人きりになって、何もしない自信がないので」
私がギョッとしたように見ると、ニコラがさらに笑う。
ああ、また。
この人はすぐに人を揶揄う。
でも、良かった。
それなら、ライアンにも話しやすい。
私は団長室を出てから、すっかり拗ねちゃってたディアンを探した。
まだ詰所に居るはずだから……。
彼はグレイさんが寝泊まりしてた、簡易の宿直室で日報を書いてた。
「……ディアン」
ディアンは顔を上げたけど、返事もしてくれない。
「あのね。ニコラの魔法訓練、必ず立会いがつく事になったから。あの……」
ディアンは眉根を寄せて私を軽く睨んだ。
……なんで睨むかな。
「ライアンの事はしょうがない。納得できるのかって言えば、無理だけど。仕方ないって思えるよ。けど……他の奴はさ、やっぱ腹立つ」
彼はふうっと溜め息をついた。
「こういう所がガキなのも分かってる。俺には頼らないのに、ニコラには頼るんだなって思ったら、ムカついただけだから。大丈夫。気にしないでいいよ」
そう言ってから、綺麗な顔でふわっと笑った。
「仕方ないだろ? 俺はリンが好きなんだから」
「……あ、えっと」
「振られたからって、すぐ割り切れるわけないじゃん」
「あの。ごめんなさい」
ディアンはクスッと笑った。
「ライアン。大変だよな。まあ、同情はしないけど。大丈夫だからさ、気にしないでいいよ」
「あ……うん」
「俺、もう少しかかるから、先に帰ってて」
「……はい」
少し伸びた前髪を掻揚げて、ディアンは上目使いで私に微笑んだ。
ずいぶん、大人びた仕草をするようになったのね。
私は微笑み返して扉を閉めた。




