討伐
ディアンと一緒に乗合馬車から降りて、魔法騎士団の詰所まで歩いてると、彼は少し困ったように聞いた。
「そういえば。えっと。リン。今日は、体調は……その。大丈夫?」
薄っすら赤くなるの止めて欲しいな。
「大丈夫だよ」
私が軽く睨んで言うと、ホッとしたような、困ったような顔をする。
「……なら、いいんだ。うん」
……なんだかなぁ。
ルシアが言った事を間に受けてるんだよね。
まあ、そういうの覚えておくと、後にディアンの彼女になる女の子も楽だろう。
これも彼の学習の一環と思って我慢しよう。
詰所に入るとニコラが寄って来た。
「おはよ。今日はヨロシク」
彼は私とディアンに笑いかける。
ディアンは少し棘のある目で彼を見た。
まあ、ダインさんの言ってた通りなら、ディアンもキスされたかもしれないし。
「よろしく」
それでも、ディアンは挨拶をちゃんとする。
ほんと、職場での彼は偉い。
私も軽く頭を下げた。
けど……。
ニコラが近付いて来たので、思わず退いてしまった。
だって、キスは遠慮したい。
「リン。強張んないでよ。ダインにもシルビアにも釘を刺されてるし。君には何もしない」
ニコラは屈託なく笑ったけど、ディアンの雰囲気が少し剣呑になった。
「ニコラを知ってるんだ?」
「え、ああ。昨日、挨拶したから」
「挨拶?」
面白そうに笑ったニコラがディアンに言った。
「心配するなよ。未遂だから。ダインに止められたんだ」
「……別に心配してるわけじゃない」
「ふぅん? なら、いいかな」
ニコラがグッと私の手を握って引っ張る。
顔が近づいて来たもんだから、私は思い切り彼の頰を叩いてた。
……自分でもビックリだ。
ディアンもニコラも驚いた顔で私を見てる。
でも、だって、仕方ないじゃない。
「……ごめん。ビックリしたから」
ニコラが頰を抑えて笑い出した。
「クククッ、リン。思ったより気性が激しいんだね。大丈夫だって、何もしない。今のはディアンを揶揄っただけだよ。まさか、引っ叩かれると思わなかったな」
ディアンが少し怒った顔でニコラを睨む。
「揶揄うなら、直接にしろよ」
「そうするよ。これじゃ、顔の形が変わっちゃうしな」
それから、大きな焦げ茶の目で私を面白そうに見る。
「けど、いいね。僕は気の強い女の子って好きだよ。気に入ったな」
そう言った彼の頭に拳骨が落ちた。
「どいつも、こいつも。リンは私のだから口説くなって言ってるでしょ!」
「痛ってぇ」
シルビアさんが目を吊り上げて頭を摩るニコラを睨む。
それから私の頭を抱きしめた。
「少し目を離すとコレなんだから。ちょっと、ディアン、ちゃんと見ててよ」
ディアンが目を瞬く。
「えっ? 俺?」
ダインさんが苦笑しながら近寄って来た。
「団長。また人に当たって……。あなた、もうすぐ嫁ぐんでしょうが」
「それとこれは別だし。リンが来るっていうなら、いつでも引き受ける。グレイに文句は言わせないからね。心配しないでおいで、ね、リン」
……いや、いや。
シルビアさん。
「ええと。ありがとうございます?」
シルビアさんが悩ましい目で私を見る。
「なんで疑問形なのよ」
「え? だって。私、そこまで野暮になれませんし」
ダインさんがククッって笑った。
私は変なこと言ってないよね。
シルビアさんが、ふうっと息をつく。
「とにかく、気をつけて行っといで? 馬車を呼んであるからさ」
「はい。ありがとうございます」
シルビアさんは私を離すと、ディアンとニコラの肩を叩いた。
「君たちも、怪我なんかするんじゃないよ」
二人は苦笑しながら頷く。
ダインさんが微笑んで私達を見た。
「本当に、気をつけて」
☆
魔法騎士は馬車に乗るけど、剣士は自分の馬を駆る。
詰所を出ると、ライアンとミリアンが馬に乗ったまま待ってた。
「リンさん! おはよう」
「おはよう、ミリアン。今日はよろしく」
彼はハンサムな顔に朗らかな笑みを浮かべた。
ルシアが何て言ってくれたか分からないけど、昨日の事を気にしてないようで良かった。
私はマロンに乗ってるライアンを見る。
朝食の時も思ったけど、彼は珍しくシャツの襟元をキッチリ留めてるのよね。
きっと噛み跡が残ってるんだよね。
自分でやったんだけど、ちょっと恥ずかしい。
私は照れないように、澄まして言う。
だって、仕事なんだし。
「ライアンも、よろしく」
彼は甘い目を少し伏せて笑う。
「ああ。お前、ディアンの側を離れるなよ」
「そうする」
後ろでディアンが呼んだ。
「リン。馬車に乗って」
ライアンが手を伸ばして私の頭をポンと軽く叩いた。
……それだけで、大丈夫な気がするから不思議よね。
私は左腕のブレスレットに触れ、息を吸い込んでから馬車に向かう。
魔物が出ませんように。
皆んなが怪我なんかしませんように。
馬車に乗ると、ニコラが面白そうに私とディアンを見つめた。
ディアンが少し不機嫌そうに言う。
「なに?」
ニコラは小さく首を振る。
「いや。なんでもない」
それから、ふっと私に笑いかける。
「リンはディアンが居れば魔法が使えるんだよね?」
「はい。ディアンか、リイドさんが居てくれれば」
ニコラが軽く首を傾いだ。
「リイドさんって、火山の調査に行った人だよね?」
ディアンが外に目をやりながら。
「ああ、リイド・アイアンは、俺の叔父だよ」
「へぇ。それは……興味深いな」
ニコラは本当に興味を唆られたようで、もう一度、並んで座ってる私とディアンを見比べた。
「……ふぅん」
私は少し居心地が悪い。
ニコラの大きな焦げ茶の瞳には、何が見えてるんだろう。
シルビアさんの講義で習った。魔法にも種類があるし、魔法以外の素質によっても、得て、増えてが決まってくる。
鑑定魔法が得意ってことは、そもそも、共感能力や探査能力に優れてるってことだから。彼の目に、私に見えない何かが見えても不思議じゃない。
……でも、聞かない。
キスしようって言われるだけだもん。
他の人とはしたくない。
それが、鑑定の為だったとしても。
私も馬車の外に目をやった。
少し距離を取って、ライアンとミリアンが馬車に並走している。
こんな風に、彼が一人で馬を走らせてる姿を見るのは初めてだ。
髪が風になびいてて、ちょっと見惚れるくらい格好いい。
マロンも気持ち良さそうに走ってる。
ミリアンも随分とリラックスして見えるな。
まあ、まだ、移動してるだけだからね。
「馬って乗れたら、気持ちいいのかな」
思わず呟いてしまったら。
ディアンが私を横目で見た。
「乗りたいの?」
「うん……まあ、一人で乗れたらいいよね」
「教えてあげようか?」
「……え? ううん。今は、まだいいや」
だってね。
たぶん……相手がディアンでも、二人きりはダメだと思うから。
ディアンは複雑そうな顔で私を見たけど、それ以上は何も言わなかった。




