ケーキ
ダインさんが、付き合ってと言ったのは紅茶を出すお店だった。
店内に行くつかテーブル席があり、テラス席もあって、彼は私をテラス席に座らせた。白い丸テーブルに椅子が二脚の小ぢんまりとした席で、通りを人が歩いて行くのが見える。
「僕は、ここの紅茶が好きなんだ」
彼はそう言って微笑んだ。
店員さんの衣装が、すごく可愛い。もう、まさにメイドさん。黒い長いワンピースに白いエプロンドレス。髪には白い布製のカチューシャ。
私ときたら店員さんに釘付けで、ダインさんが何を注文してたのかも聞いて無かった。彼は、そんな私を面白そうに見る。
「この店いいでしょ?」
「はい。すごく可愛いお店ですね」
ダインさんは少し恥ずかしそうに笑った。
「いつも一人で来るんだけど、男一人だと少し浮くんだよね」
「確かに、ちょと意外です」
私がそう言って笑うと、ダインさんも笑った。
「今日は女の子と一緒だから、浮かなくて済むよ」
そして、なんと。
私の前にチョコシフォンケーキと紅茶のセットが置かれた。
ケ、ケーキだ。凄い。
私が目を丸くしてケーキを凝視してると、ダインさんが口元を隠し、声を殺して笑った。
笑われてもいい。
だって、この世界に来て、初めてのケーキなんだもん。
「君が甘いもの好きだって言ってたから、連れて来たかったんだ」
彼は撫でるような目で私を見つめる。
……えっと。
「これ、食べていいんですか?」
「どうぞ」
「ダインさんの分は?」
「僕は紅茶だけでいいんだよ」
彼はカップを少し上げて笑った。
……そうですか?
「で、では。頂きます」
フォークを刺すとふわんと千切れる。
そのまま口に入れた私は、思わず嬉しくて笑ってしまう。
シフォンケーキはふわふわで、甘く、ほんのり苦い。
ケーキが口の中で溶けちゃうみたいに消えてく。
そして、素敵な後味が口一杯に広がって……。
ああ。至福だぁ。
ダインさんが、アイアンさんがするみたいに私を見つめてくる。
なんか、娘を愛でるみたいな、あの視線。
「美味しい?」
「はい。すっごく。口の中がパラダイスです」
彼が弾けるみたいに笑った。
この人、こんな風にも笑うんだな。
「喜んでくれて良かった。本当は、町まで出てくるの面倒でさ。髪を切るのは、今度の休みでいいかと思ってたんだよ。けど、やっぱり邪魔だから切りに来て正解だった」
ダインさんは微笑んで私を見つめて言った。
「リンに会えたからね」
私は彼の目と見つめ合ってしまって、なんだか恥ずかしく。
目を瞬いて俯く。
だって、ダインさんの目は少し怖い。
なんだか、いろいろ見透かされるような、そんな気がする目だから。
「そう言えば、今度は何を描くんだい? 団長に何か頼まれたの?」
「あ、いえ。シルビアさんが婚約されたと聞きまして。何か差し上げたいなと。いつもお世話になっているので」
「あぁ。その話は僕も聞いたよ」
私はカップに残ってる紅茶を見つめる。
「……グレイさんとご結婚されると聞きました。魔法騎士も魔法騎士団の団長も続けるそうですね。グレイさん、すごいです。怖くないのかな」
ダインさんが微笑む。
「怖くないわけがない」
私も小さく頷く。
大切な人が、いつ、どんな目に合うか……。
それどころか、失ってしまうかもしれない状況が怖くないわけがない。
そうだよね。
彼はふっと真顔になって、自分の指先に目を落とした。
「けどね。それが、シルビアという女性なんだよね。彼女から魔法騎士を取り上げたら、もう、彼女ではない。グレイさんが愛している女性では無くなってしまうからね」
私はゆっくりカップを回した。
それは、分かる。
分かるけど……。
リイドさんに魔法騎士にはならないと、約束させた人の気持ちも分かる。
「心配しかできないのは、辛いですよね」
気づくと、呟くみたいにそう言ってた。
ダインさんは、また、あの、包み込むみたいなで見つめる。
「誰かを心配出来るのって、幸せなことだと僕は思うけどね。誰かに出会う。それが、もう奇跡みたいなもんだから。怖いからって、好きな人と過ごす時間を作らないなら、生きてる意味がないくらいだね」
私が目を瞬くと、ニコッと笑う。
「誰だって、いつ、どうなるか分からない。騎士だからってわけじゃないと思う。だから、好きな人と一緒に過ごせる時間は他のものには変えられないんだなって……僕は最近そう思うよ」
淡い茶色の瞳に不思議な色が滲む。
なんて、優しい色なんだろ。
「そう……ですね」
……ダインさんは強い人だな。
そう言えば、ダインさんは二十代も後半になってるはずだよね。
だって、ルシアと同じ年齢には魔法騎士になってて、十年は仕事してるってディアンが言ってた。ルシアは確かディアンの一つ下で、十六歳のはずだし。
「ダインさんは、ご結婚されないんですか?」
彼がクスッと笑った。
「やっと、僕の事に関心を持ってくれたの?」
「……え? あ、いえ」
「残念だけどね。今まで、そういう女性に出会わなかったんだ」
ダインさんは、少し含んだように重ねた。
「今まではね」
私は少し顎の尖った彼の顔を見つめる。ディアンやライアンより、ずっと男性的だけど、どこか知的で柔らかい印象を与える。眼鏡の奥の瞳は複雑で深い人間性を表すように、様々な感情の色に彩られる人。
私は微笑んで頷く。
「ダインさんは素敵な人なので、きっと、素敵な女性に出会えると思います」
ちょっとした確信を持って言ったのに……。
彼は目を瞬かせてから、口元に手をやって笑った。
それから、ふっと溜め息をついて、軽く私を睨む。
「君がそう言うかい?」
……え?
私は褒めたつもりだったんだけど。
「ダメ……でした?」
ダインさんは、また、ふっと息をつく。
「まあ、まだ、いいかな」
……まだ?
「さてと、じゃ、画材屋に行こうか?」
そう言って優しく笑ってくれたから、なんだか、少しホッとした。
帰りも乗り合い馬車の馬車亭まで送ってくれて。
「そう言えば、リン。火山の調査に誘われてたろ? 断ったんだね」
「……はい。なんか、それは違うかなって」
「そう」
それから、私を見つめて言った。
「こう言ったら不謹慎かな。でも、僕は君が残ってくれて良かった」
ふっと表情を柔らかくして笑う。
「こうして、君に会えるからね」
私は何て言っていいか分からず、曖昧に笑った。
馬車に乗る時、彼は笑って。
「また、誘うよ」
そう言って軽く手を上げて送ってくれた。
一人で乗り合い馬車に揺られながら、シルビアさんに送りたい物を考える。
高価な物や豪華な物は、きっと他の人達が贈るんだろうから。
私は私に出来る事をしたい。
美しいシルビアさんと、柔和なグレイさん。
二人に、どんな贈り物をしようかな。




