リイドさんの誘い
遠乗りから何日か経った夕食の後だった。
珍しくディアンが自分のカップを持ってライアンの隣に座った。
「ライアンの討伐、今度はいつ?」
「明後日だ」
「北の森?」
「ああ……どうした?」
ディアンが少し考えるようにカップを見つめる。
「最近、あそこら辺の魔物が多くない?」
ライアンがお茶を飲みながら頷く。
「シルビアの話だと、地脈のせいじゃないかってさ。国境の近くにバザフ山があるだろ? 最近、活動が活発だって話しだったよ」
「活火山だからね。けど、噴火はしないだろ?」
「さあな。そっちの話しは親父の方が詳しい。気になるなら聞いてみな」
ディアンはふっと目を落とす。
「調査に叔父さんが行くんじゃないかって」
「なんだ。もう聞いてたのか」
「ああ……」
ディアンはライアンの横顔を見る。
「魔法騎士を何人か連れて、第一、第二騎士団、そろってバザフの国境まで遠征に出るんだって?」
「まだ、決まってない。お前が行くかは分からないだろ、心配してんな」
ライアンが落ち着かせるように言うと。
ディアンがふっと息をつく。
「俺の心配してんじゃないよ」
「ディアン」
ライアンが咎めるように弟の名を呼ぶと、彼はハッとしたように、強張って聞いてた私を見つめる。
「…………ごめん」
ライアンが私を見て小さく笑った。
「今から心配するなって。本当に、まだ、何も決まってないんだからさ」
私は、ただ、微笑んで頷くしかできなかった。
二人が私を心配してるのは分かる。
でも……。
私が心配してるのは、あなた達なんだよ。
二人とも前線で戦っているんだから……。
☆
魔法騎士団の詰所でシルビアさんの仕事を手伝っていると。
「リン。ここん所、元気がないね」
シルビアさんがそう言って首を傾いだ。
動きに合わせて、長い銀髪がサラサラと流れる。
どうしよう。
聞いてみてもいいのかな。
「今度、バザフ山の方まで遠征があるんですか?」
彼女は美貌の顔に苦笑を浮かべた。
「それで元気ないのか。まだ、決まってないよ。先行でリイドさんに調査に行ってもらう。その報告次第なんだ」
ふっと手元に目を落としてから、シルビアさんは私を見つめた。
「うん。ただ、覚悟はして欲しい。もし、行くなら、リンもディアンも連れてくから。二人の魔法は破格だからね。地脈の流れを変える事はできなくても、干渉する必要は出てくると思うし。まあ、それも調査次第だけど」
そこで、彼女がふうっと息を吐いた。
「そう言えば、リイドさんがリンを調査に連れて行きたいって言ってたよ。リンの返答次第では討伐ではなく、調査に参加ってことでもいい」
初耳ですけど?
私が面食らった顔をしてたんだろう。
彼女は含んだように笑って、私の側に来て頭を抱いた。
「まったく、リンはモテる。困っちゃうね」
「……は、はい?」
シルビアさんは面白そうに私の目を覗き込んだ。
「さっさと決めちゃいな?」
「へ?」
「決めるとけっこう、サバサバするもんだよ」
「な、何を言ってるんですか」
彼女はクスッと笑って続けた。
「私、結婚するんだよね」
「へ?」
「グレイと」
「えええ? い、いつですか?」
私の頭を離した彼女は自分の席に戻って笑った。
「来年だよ。立場的に準備があるんだと。グレイって、ああ見えて大臣の息子だしねぇ」
あらら。シルビアさん付きのボディーガードじゃなかったのか。
「おめでとうございます。でも、そうすると、団長じゃなくなるんですか?」
彼女は破顔して私を見つめる。
「まさか。私は魔法騎士で魔法騎士団の団長のままだよ。それでいいって言うから、嫁に行くんだし」
「……グレイさんって、懐の深い男性なんですね」
私がそう言うと、彼女はやっと花嫁らしい表情になった。
少し頰を染めて笑う。
「ま、ね。彼はあれで、いい男よ」
シルビアさんに、こんな表情をさせるとは、グレイさん、すごい。
☆
アイアン家に戻った私は、なんとなく、やっぱり薔薇の繁みに来ていた。
ベンチに座って、すっかり満開になってる黄色い薔薇を見上げる。
大きな討伐って、やっぱり魔物も強いのかな。魔法騎士の戦い方は何度か見たし、魔法でシールドされた剣士の戦い方も見たけど。
剣士の人達、全員に魔法使いがつくわけじゃない。
魔法使いがいなくても、身を守る事は出来るんだろうか。団長補佐なんて立場につくくらいだから、きっとライアンは剣が強いんだと信じたい。
私は溜め息をつく。
そばに居たくても。
今の私は、一人では魔法も使えない。
腕にハマったブレスレットに触れる。
誰かを、ただ心配するしかないって、けっこうキツイんだね。
「ここに居たんだね、リン」
薔薇の繁みから出て来たのは、リイドさんだった。
私は立ち上がって軽く頭を下げる。
「お久しぶりです」
彼はライアンによく似た甘い目を綻ばせる。
「なんだろうね。僕は魔法騎士団の詰所で寝泊まりしてて、君はそこで働いてたのに、全く会わなかったね。どうも、タイミングが悪いんだな」
私は少し笑って頷く。
「シルビアに聞いてるかな、リン。君を調査に連れて行きたいんだ」
私が答えずにいると、彼は静かに続けた。
「一緒に行こう。君は魔法騎士になる必要はない。違う方法でも、人を助けることはできる」
少し垂れた大きな目、端正な顔に浮かぶ笑顔は穏やかに見える。
でも、黒い瞳は熱を持って、私を捉える。
「君のいた世界には魔法が無かったってディアンに聞いたよ」
「……はい」
「僕には想像できない。どんな世界に住んでたんだい? 君の話しをもっと、聞きたいな。それに、君に、この世界の事をもっと知って欲しいよ。僕は旅をして歩く。一緒に来てごらん。きっと、いろんなモノに出会う」
私は軽く首を傾いだ。
彼の言うことが分からないわけじゃない。
「リトゥーチャに襲われた村を覚えてるかい? 君の魔法力は凄かったよ。どうして、君がここへ召喚されたのか、僕には分かった気がした」
彼はライアンに似た甘い瞳で私に微笑む。
「それに、僕は君自身の事を、もっと知りたい。そして……僕を知って欲しいと思ってる」
私は……。
「それは、君の望む未来から遠い?」
彼はじっと私を見つめて、手を差し出した。
「一緒に行ってくれないか?」
私はその手をしばらく見つめていたと思う。
気づけば、深く頭を下げていた。
「……すみません」
リイドさんは苦い顔で空を見上げてから、私を見直して笑った。
「ダメか……」
私は困った顔をしていたに違いない。
「リイドさん。私、この世界が好きです。自然が豊かで、人も優しい。私の守りたい世界は、ここに。この場所にあります。遠くではないんです」
リイドさんは軽く髪を掻き上げて、苦笑を浮かべた。
そんな仕草までライアンに似てる。
「リン。君は、きっと、一人でも魔法が使えるようになると思う。君の雰囲気が変わってきてるよ」
「そう……でしょうか?」
「ああ。たぶん、そう遠くない時期に、君は魔法使いになるだろうね」
リイドさんは真顔になって、私に言い聞かせるように言った。
「僕は明日には、この町を出るけどね。必ず戻ってくるから……。絶対に無事でいてくれ。そして、ここで、そうして笑ってくれるね?」
私は思わず微笑んでいた。
「もちろんです」
リイドさんは改めて手を差し出してくれた。
私は彼の手を取って言った。
「リイドさんも、必ず、無事に戻って下さい」
彼は微笑んで頷く。
「じゃあ、リン。僕は、皆んなに挨拶してくるから」
彼が言ってしまうと、私は脱力してベンチに座った。
空を見上げると、夕焼けが夕闇に覆われて紫に変わってる。
逢魔が時は胸が騒つく気がする。
リイドさんの言葉を受けて、その日の夜、一人で光魔法を試した。
けど……やっぱりダメだった。
でも、諦めたくない。
私は毎晩やってみる事に決めた。
だって、私にも守りたい人達がいるんだもの。




