帰路
ルシアに引っ張られて、岩場にしゃがみ込む。
彼女は面白そうな顔をして指で岩の隙間を指した。
「あ、本当だ。思ってたより小さいね」
「沢蟹ですから。でも、ほら、この目の動きとか可愛いです」
「そうだね」
彼女はチラッと私を見て小さく言う。
「着替えたんですか?」
「……ちょっと、濡れちゃってね」
「リン、少し様子が変です」
ドキッとした。
……ええと。
「私、変かな?」
自分の顔を引っ張って、揉みほぐすと。
ルシアが目を瞬いて笑った。
「そういう事じゃないですよ」
そうか。心配してくれたんだね。
だからディアンを離して、私を引っ張ってきてくれたのか。
「ルシアは優しいね」
しみじみ言ったら、彼女は顔を赤くしてしまった。
「リンだって優しいですよ」
「はは、そうかな」
彼女は静かな声で言った。
「優しいです。初めて会った時、そう思いました。あの樹液を取った時ですけど。私、よく、変わってるって言われます。変な奴っていう人もいます。行動が突飛なんだそうです。でも……リンとディアンは、二人とも、私をすごいねって言ってくれる。二人といると、私、大丈夫って思えるんです」
私は静かな彼女の顔をしみじみと見てしまう。
透けるような白い肌、人形みたいに整った顔。空みたいな瞳に、花のような淡い唇。こんな愛らしい少女の内側でも、いろんな感情は渦を巻いてて、持て余すような事があるんだな。
私は手を伸ばして彼女の頭を撫でる。
「だって、本当の事だもの。私はルシアみたいに、綺麗で可愛くて、すごい魔法が使えて、心の優しい女の子に会ったことがない。あなたは本当にすごいよ」
ルシアはボッと音が聞こえそうな感じで赤くなって、ガバッと私に抱きついた。
私は彼女を抱きとめたけど、バランスを崩して尻餅をつく。
そのまま、岩場を流れる水に座り込んでしまった。
「ル、ルシア?」
「リンさん、大好き!」
彼女は私の膝に座ったまま抱きついて、胸に顔を埋めてグリグリと顔を擦り付けてきた。
いや、可愛いんだけど。
ちょっと痛いよ、ルシア。
ライアン達が寄ってきて、ミリアンがルシアを私から引き剥がした。
「なにやってんだ、リンさんが困ってるだろ」
ライアンが溜め息をついて私に手を差し出す。
「お前、何回、濡れれば気がすむんだよ」
ディアンが冷えたような声で言った。
「何回って? リンは着替えてるし、ライアンも濡れてるもんね。二人で濡れるような事してたわけだ」
思わず、私とライアンの動きが止まる。
けど、すぐにルシアが爆弾を落としてくれた。
「ねえ、ライアン。リン、けっこう胸がありますね」
ライアンが私の手を掴んだまま、真っ赤になってゆく。
ディアンとミリアンも少し赤くなって、私から視線を逸らせた。
「……えっと?」
私の顔も思わず赤くなる。
ミリアンがルシアの頭に軽くゲンコツを落とす。
「ルシア! そういうデリカシーのない発言をするんじゃない!」
「痛ったぁい。なんですか、褒めてるんですよ。顔を埋めたら気持ち良かったんです! 馬に乗せてるんだから、ライアンだって気がついてるでしょ? 何がいけないんですか」
ライアンが真っ赤な顔のまま、私を引っ張って立たせ、疲れたように言った。
「お前みたいに、顔を埋めたことなんかねぇよ」
「そりゃ、そうでしょうけど」
ルシアが私を見て不思議そうに首を傾げる。
「ねえ、リン。どうしたら胸って膨らむんですか? 羨ましいなぁ」
「いや、えっと……成長したらだと思うし。私、別に大きくないし」
「そうかなぁ。なら、私も大きくなりますか?」
「……た、たぶんね」
彼女はディアンに向かって嬉しそうに言った。
「良かった。ディアン、私、まだ胸も成長するみたいですよ」
ディアンが溜め息のように言う。
「なんで俺に報告するわけ?」
「だって、大きい方が好きみたいだから。私、ディアンには好かれていたいし!」
ディアンが少し赤くなったまま、苦い顔をする。
「人を好きになるのに、胸は関係ないだろ」
「そうですか? ないより、あった方がいいんでしょ?」
彼が言葉に詰まると、彼女は笑って言った。
「私、今日から毎日、プティングを食べます! ディアンの為に!」
抱きつかれても動じない、さすがのディアンが真っ赤になってソッポを向いた。
すごいな、ルシア。
こんだけ直球だと、いっそ清々しいくらいだ。
日が暮れる前に家へつくように、まだ明るいウチに荷物を片付けて家路につく。
ライアンと馬に乗るのも、少し慣れて来た。
なんだか、いろんな事のあった日だったなぁ。
私が馬の上でボンヤリしてたら、ライアンが耳元で囁く。
「疲れたか?」
「……少しね」
彼はマロンの速度を落として最後尾に下がると、私の頭を引っ張って自分に寄りかからせた。
「しんどかったら言えよ」
「大丈夫。ありがと」
私はライアンに寄りかかって、少し目を閉じる。
こういう時、彼は本当に優しいと感じる。
夕方になると風はまだ涼しい。
私は少し眠くなって、ライアンの腕に顔を寄せた。
ライアンは私の頭に自分の顎を乗せて、喉の奥で小さく笑った。
「お前、今日は、よく眠れそうだな」
私はボンヤリ頷いて、心地いいマロンの動きに体を合わせる。
そうやって揺れていたら、ミリアンが振り返って皆んなに言った。
「見ろよ。一番星が出てるぜ」
私は目を開いて、暮れ始めた空を見上げる。
透き通るような雲を、紅が染め始め、ひときわ明るい星が前方に見える。
「ライアン。ここでも、あの星を金星って呼ぶ?」
「いや。明星って呼ぶよ。リンの居たとこでは金星って呼ぶのか?」
「そう。でも、明星とも呼ぶよ。宵の明星」
「へえ、奇遇だな」
「うん。そうだね。……不思議」
世界が違っても、人は星を見上げるんだね。
そして、同じように明るい星に心惹かれるんだ。




