濡れちゃった
食事をして少しすると、皆んな川に入って遊び始めた。
私は本当にお腹がいっぱいで動けないから、もう少し休むっていって敷物の上で皆んなを見てた。
水飛沫が日差しを受けてキラキラ光って、綺麗な光景だった。
とても、不思議。
ほんの数ヶ月前まで、私は自分がここにいることを、想像することすらできなかった。こんな世界に、こんな素敵な人たちが、いるなんて知らなかったから。
私は空を見上げて、流れる雲を見つめる。
気づけば、この世界がとても好きになってる。
自然が豊かに残ってて、人がとても優しい。
目を閉じると、背後から何かが聞こえた気がする。
誘われるような、囁きのような。
……なんだろう?
私は立ち上がって、囁きの方へ歩いて行った。
まだ、皆んなの声が聞こえてるから、そう遠くないはず。
私が囁きに誘われた場所は、川が浅くなってて、流れる水から煌めくような魚が見えていた。
少し緑を深めた木々の葉が、囲むように川のそばで影を落とす。
なんて、綺麗なんだろ。
周りの木々が促すみたいに思えて、私はキュロットの裾を捲って川に入った。
足の間を魚が泳いで行く。
川に腕を浸すと、自分と川の境目が消えてしまうみたいだった。
私は流れる水になったようで……。
とても奇妙で面白い感覚だった。
私は目を閉じる。
目を閉じているのに、川の中の映像が浮かんでくる。
ぽこぽこ生まれる白い空気の泡、柔かい陽ざしに揺れる水草、身を捩る魚。
流れる水になって、サラサラと岩肌を滑って、魚達を撫でる。
「なにやってんだ?」
ライアンの声にハッと引き戻された。
「魚がいるよ」
私がそう言うと、彼も川に入ってきた。
「本当だ。なんか、ここ、凄いな」
「ね?」
彼は私を見ると悪戯そうに笑って、片手で私の顔に水を掛けた。
「ちょ、冷たいじゃない!」
私は両手ですくってライアンに水をかけ返す。
彼は思い切り水を被って、目を瞬く。
「お前ね、加減って言葉をしってるか?」
ライアンの髪が水を滴らせ、甘くて綺麗な顔を流れてく。
やだ、なんか、色っぽいし。
面白そうな目をしたライアンが両手に水をすくって、私にかけようとしたから、逃げるつもりで足を滑らせてしまった。
私は慌てて腕を伸ばし、ライアンの腕を掴んだ。けど、そのまま後ろ向きに川へ倒れ込む。
「おいっ」
彼は倒れていく私の首に手を回して頭を庇ってくれた。彼の腕を引っ張ってたから、二人してバランスを崩して、思い切り川に寝そべってしまった。
体を川の水が撫でてゆく。
「お前なあ。びしょ濡れじゃんか」
ライアンが困ったように眉を寄せた。
下から見る濡れたライアンは、本当に色っぽいな。
仰向けのまま、ライアンの困った顔を見てたら、なんだか面白くなってきて。
私の喉からククッって笑い声が漏れてた。
それが、また、可笑しくて。
私は彼に支えられながら、身を捩って笑ってしまった。
「本当に、お前は……」
ライアンが甘いような苦いような目で私を見つめる。
その目の中に、また、あの不思議な色が混ざってゆく。
胸が騒つく。あの、不思議な目。
じっと見つめていると、その色が濃くなっていく気がした。
彼の視線が熱を帯びていく。
見つめられると、首筋が泡立っていくような気がした。
私の鼓動が加速していく。
ライアンは水に浸かったまま、私の腰に腕を回して抱くと、首を支えていた手を引き寄せた。
……え?
彼の綺麗な顔が近づいてくる。
唇に息がかかるほど近い。
私は硬直したまま、煩いくらい激しい自分の鼓動を聞いてた。
少し遠くでミリアンが呼ぶ声が聞こえた。
ライアンがハッとしたように、私の腰を引っ張って立たせた。腕を掴むと川を上がって、靴を拾って木の陰に身を寄せる。
「ラ……」
「黙ってろ」
私が名前を呼ぼうとしたら、私の口を塞いで背後から抱きしめた。
濡れた体がくっつくと、彼の熱が直接伝わってきた。
彼の鼓動まで感じるようで戸惑う。
ミリアンの声が遠ざかると、ライアンはホッとしたように、私の口から手を退けて体を離してくれた。
「……なんで隠れたの?」
彼は腕を組んで目を細め、私の体を眺めた。
ライアンの瞳には、まだ熱が残っているようだ。
「お前、ソレをあいつに見せるのか?」
「……え?」
自分の体を見た私は、カアッと頭に血が上っていく。
濡れたブラウスは思い切り透けて張り付き、下着を通して体の輪郭がクッキリ見えていた。あんまり恥ずかしくて自分で自分の体を抱いて俯く。
「や、気づかなかった。どうしよう、着替え……」
ライアンが組んでいた腕を解いて、私に近づき耳元で囁いた。
耳に彼の熱い息がかかる。
「乾くの待っててやるからさ。俺だけに……見せろよ」
背筋がゾクッとするような声だった。
私は彼を直視できなくて、俯いて全力で首を振る。
「………ヤ、ヤダ」
彼がふっと笑う声が聞こえた。
「なんだよ。ケチ」
私が顔を上げて軽く睨むと、溶けそうなほど甘い目で見つめ返した。
「仕方ないな。ここで待ってろ、何か持ってきてやるから。動くんじゃねぇぞ」
心臓は壊れそうなほど速く鼓動を打ってる。
……どうしよう。
ライアンが戻って来てくれるまで、すごく時間を長く感じた。
私がしゃがみ込んで丸まってると、上からふわっと布がかかる。
見上げるとライアンが面白そうに私を見てた。
「丸まってんなぁ。あっち向いててやるから、それで体拭いてコレを着ろよ」
そう言って、彼は男物のシャツを差し出した。
「汗をかくかと思って、シャツだけ入れてあったんだよ。貸してやる。俺はお前のブラウスが乾くまで、眺めて待ってても良かったんだけどな?」
片眉を上げて、揶揄ように笑う。
私は口を尖らせて彼を睨んだけど。
でも、着替えを貸してもらえて、本当に助かった。
「……ありがと。ライアンも濡れてるのに。ごめん」
「謝んなくていいよ。俺は、いいもん見たし」
……いいもんって。
私が真っ赤になって俯くと、可笑しそうに笑って後ろを向いた。
ライアンの白いシャツに着替えたら、やっぱり少し大きくて、袖を捲らなきゃならなかった。
でも、文句なんか言えない。
彼は彼で濡れたシャツをキツく絞って、上から布で拭いてた。
いくら絞ったって、濡れたシャツは冷たいよね。
「風邪ひかないでね。ほんと、ごめん」
「……いいって。お前、俺のシャツも似合うな」
彼はそう言って目を細めて笑った。
私達が皆んなの所に戻ると、ディアンが私とライアンを見て眉を寄せた。
ミリアンが口を尖らせる。
「二人で何処に言ってたんだよ。探したんだぜ?」
私は出来るだけ何気無く言う。
「あっちにね、たくさん魚が泳いでる場所があったの」
「え? あっち? 俺、その辺りも探したんだけどな」
ライアンが片眉を上げてミリアンを見た。
「見逃したんじゃねぇの?」
「そうなんかな」
ルシアがディアンを離して私に駆け寄って抱きつく。
「リン。あっちに沢蟹がいるんです」
「え? 蟹?」
「泡吹いてて面白いですよ」
そう言って私の腕を掴んで引っ張った。
柔らかくて小さい手が、妙に落ち着くなぁ。
ほんと、可愛い。




