遠乗り
アイアン家に戻ると、ララさんが私の部屋にやって来た。
何か包みを持ってる。
「リンさん。明日は遠乗りに行かれるんですよね?」
ああ、そうだった。
夏至って明日だったっけ?
「これを、ライアン坊ちゃんに頼まれてたんですよ」
彼女が持っていた包みを開くと、タックがたくさん使われた薄手の白いブラウスと、踝まである黒いキュロットが出て来た。キュロットの生地も薄手で、とても涼しそうだ。
「うわ、嬉しい。ありがとうございます」
動きやすそうで、すごく助かる。
私が満面に笑みを浮かべたら、ララさんも嬉しそうに笑ってくれた。
「馬に乗るので、乗馬用のキュロットをってね。色まで指定されたんですよ? 私はもう少し可愛らしい色が良いんじゃないかって言ったんですけどね。学園の制服に近くして欲しいって言われましてね」
さすがライアン。
人の事をよく見てるよね。
ヒラヒラしたの苦手だって分かってるんだな。
「この方が落ち着くので、ありがたいです」
ララさんは優しい笑みを浮かべたまま、私の腕を軽く叩く。
「お弁当をたくさん作りますからね。楽しんで来て下さい」
彼女が部屋を出た後、私はしみじみキュロットとブラウスを見つめる。
そうだよね。
ライアンって、気が回って、すごく優しいんだよね。
胸の奥がジワって暖かくなる。
仕方ないな。
怒ってたわけじゃないけど、許してあげよう。
まあ、問題はどうやって赤面しないでいられるかなんだけど。
私はじっとライアンの箱を見つめた。
青い海のような箱を見てると、優しくて甘い彼の笑顔が浮かんでくる。
うん。
たぶん、大丈夫。
☆
翌朝は、すごく良い天気だった。
昨日、夕食の時、ディアンに朝一で出かけるからねって言われてた。
私はライアンが用意した服に着替えて、髪を一本三つ編みにした。
服はとても着心地が良い。
軽いノックが聞こえた。
これって、たぶん、ライアンだな。
扉を開くと、案の定、ライアンが立ってた。
彼は私を見ると少し驚いたように目を見張った。
自分で用意させたのにね。
「ありがとう、ライアン。これ、とても着やすい」
「……ああ。似合うな」
私が笑うと、ライアンも甘く笑った。
「機嫌、直ったな。ララが軽く食事を取って行けってさ」
「うん。いま、行く」
彼は扉を閉める前に、少し動きを止めて。
「お前、綺麗になったな」
そう言った。
せっかく赤面しないで済んでたのに。
私は自分でも分かるくらい瞬間で赤くなった。
「な……なに」
「可愛いとは思ってたけどな。なんか、綺麗になったよ」
そう言うことを、なぜ、いま言うのよ。
これから、あなたの馬に乗るっていうのに。
私が返事も出来ないでライアンをジッと見つめていたら、照れたように目を伏せて続けた。
「……早く、来いよ」
彼が扉を閉めてから、私は大きく深呼吸した。
心臓が早鐘みたいに鳴ってる。
私、大丈夫かな。
☆
ガインさんがライアンの茶色い馬と、黒い馬に鞍をつけて玄関まで引いてきくれた。黒い馬は普段はアイアンさんが乗ってるみたいで、疾風って呼ばれてた。
ライアンとディアンはララさんに呼ばれて、荷物を取りに行ってたから、ガインさんと一緒に玄関先で待つ。
「おはようございます、リンさん」
ガインさんは、ソバカスの浮いた顔で明るく笑った。
「おはようございます、ガインさん」
「晴れて良かったですね。こいつらの体調も良いですよ」
私は何度か上に乗せてくれた、ライアンの茶色い馬に手を伸ばした。
「ねえ、この馬の名前はなんていうの?」
「マロンですよ。牝馬なんです」
「へぇ、マロン。可愛い名前ね。今日はよろしく」
マロンは私の手と顔に鼻を擦りつけてくれた。
ガインさんが笑う。
「マロンはリンさんを気に入ってるんですね」
「そうなの?」
「ええ。この子は大人しいけど、人見知りが激しいんですよ。人に触れられるのは嫌がるんですけどね」
ガインさんと話していると、マロンは私の髪を食んで引っ張った。
「ちょ、マロン。それは止めようよ」
ガインさんが声を出して笑った。
「ほらね。遊んでって言ってんですよ。珍しいな」
私は優しい目のマロンの首を抱いてポンポン叩いた。
そこに焦げ茶の馬に乗ったミリアンとルシアがやって来た。ルシアは可愛らしい薄紫のブラウスと濃い紫のキュロット姿だ。ミリアンはいつものシャツブラウスに焦げ茶のズボン。足には乗馬用のブーツを履いてる。
ミリアンに下ろしてもらうと、ルシアは私に駆け込んで来てくれた。
「おはよう、リンさん!」
「おはよう。ルシアちゃん。今日も可愛いね」
ライアンとディアンが運び出した荷物を、ミリアンも混ざって振り分け、馬に運びだす。
えっと。
結構な荷物なんだけど……。
ルシアちゃんが私を離れて、ディアンの側に行ったので、マロンに荷物を背負わせてるライアンに聞く。
「ライアン。遠乗りって、こんなに荷物を持ってくものなの?」
彼は苦笑を浮かべて私を見る。
「いや。ララがな。これでも減らさせたんだけどな」
ディアンがルシアちゃんをぶら下げて近寄ってくる。
「ライアン、これマロンに乗せられる?」
「なんだ、それ?」
「薬だって。今日は、俺もルシアもいるから、いらないよって言ったんだけど。ララが持ってけって聞かなくて」
ああ。なるほど。
なんで荷物が多いのか、なんとなく分かった。
ライアンはひと抱えある袋を覗き込むと、幾つか選んで小袋を取り出す。
「これだけ持ってく、後は置いて行こう」
ララさんの気持ちを汲んで、全部を置いて行かない所がライアンの優しいところだな。マロンには気の毒だけど。
ディアンが苦笑して頷くと、私を見て行った。
「リン。遠乗り初めてなんだから、疲れたら言えよ。回復魔法をかけてやるから」
「ありがと、でも、ディアンがいれば自分でもかけられるよ」
ルシアちゃんがディアンの腕にぶら下がったまま、私の腕に触れて笑う。
「私に言ってくれても良いですよ。けっこう、足腰にきますからね」
ライアンだけじゃない。
皆んな優しいなぁ。
一通り準備が終わると、ライアンがマロンに乗って私に腕を差し出す。
「ほら、乗れよ」
馬の上から見下ろされて、甘く微笑まれると収まってた心臓が軽く鼓動を早める。本当に、大丈夫かな私。
彼の手を取ると体を抱き上げられ、前に座らされる。
今日はキュロットだから、しっかり前を向いてマロンを跨ぐことが出来た。
「鞍に持つとこあるから、怖かったら掴めよ」
ガインさんが気を使ってくれたのか、鞍に縄が回してあって掴めるようになってた。これなら、揺れても怖くないか。
それでも……。
ライアンは片腕で私の腰を抑えるし、彼が後ろから手綱を持つと体が近くて緊張する。
でも、横を見るとルシアちゃんも、ディアンの馬で同じような感じに乗ってるし。うん。きっと、そういうモノなんだよね。
ミリアンが私達を見て軽い溜め息をついた。
「お前ら、良いよな。なんで俺だけ一人なんだよ」
ライアンが片眉を上げてミリアンを見る。
「お前が参加しろって言ったんだろ? ほら、案内しろよ。ディアンも俺も何処に行くのか知らないんだぜ?」
「はいはい。じゃ、リンさん。向こうについたら、俺にもかまってくださいよ」
「早く行け、馬鹿」
「馬鹿はないだろ。リンさんを落とすなよ」
ミリアンが馬をゆっくり走らせ始めると、ディアンもライアンも足を使って馬に合図を送った。
思ったより速度が速いみたい。
遠くまで行くからかな。
晴れ渡った空がスピードを上げて流れていく。
風が抜けていくのが気持ちいい。
ライアンが耳元で囁いた。
「大丈夫か?」
私は可笑しくなって小さく笑う。
本当に、この人って……。
「大丈夫。風が気持ちいいよ」
「そいつは良かった」
彼は私の腰に回した手に力を入れると引き寄せて、少しスピードを上げた。
流れる景色もスピードを上げていく。
なんか、ワクワクして来た。




