ディアンと巡回
巡回の日。
魔法騎士は、やっぱり特別なんだと思った。
だって、馬車を出してもらったから。
それは、魔法騎士の優遇措置の一つらしくて、頼めば出してもらえるんだって。
シルビアさんが、ワザワザ詰所から出て来て教えてくれた。
私は今日、学園の制服の上に黒いフードつきマントを着せられている。
森に行くときには出来るだけ肌を隠すものだそうで、シルビアさんが着せてくれたんだよね。
「虫もいるし、触れればカブれる草木もあるからね」
そう言われた。マントは夏向きらしく、薄手でサラサラした生地だった。
ううん。やっぱり、シルビアさんは私に過保護なのかもしれない。
ディアンと一緒に馬車に乗り込む。その日は第二騎士団から二人の剣士が同行してた。彼らは馬に乗って馬車の脇を走る。
第二騎士団というのは、私には全く馴染みがない。
第一騎士団にはライアンもミリアンもいるけどね。
一人は若い剣士で赤茶の髪と目をしてた。中肉中背で鍛えているのが一目で分かる。もう一人の方は黒髪に緑の目をした壮年の方で、大きな体で目つきが鋭い。
「今日は南の森を一周する」
壮年の剣士の方がそう言った。
どうも、ディアンがまだ若いのと、私が女性だというので軽く見ているようだ。
どことなく態度が尊大で、付き合わせてやってるという雰囲気が滲み出ていてムカつく。
ディアンは丁寧に頭を下げて挨拶した。
「よろしくお願いします」
少し意外だったけど、仕事だもんね。
私も頭を下げると若い剣士の方が、面白そうに笑って手を差し出してくれた。
「君が召喚されたって女の子だ。へぇ、可愛いね」
「……ありがとうございます」
私が彼と握手するのを横目で見たけど、ディアンは何も言わないで歩き出した。
森は城を囲んで東西南北に広がり、隣接するように村々が点在しているそうだ。
これはシルビアさんの講義で覚えた。
南の森に入るのは初めてだったけど、北の森より広葉樹が多い気がした。
北の森でも思ったけれど、森は日本人の私に馴染みのある場所じゃない。
整備された登山道や、手入れの行き届いた山林とは違う。
草は伸び放題に伸びてるし、木々の下枝も茂りまくりだ。少し暗く、踏みしめる大地は木の葉でフワフワと柔らかい。
その大地をうねるように木の根が盛り上がっている。それでも、巡回ルートは踏みしめられていて少しは歩きやすかった。
私は遅れないでついて行くのがやっとで、ディアンは時々、私を振り返って様子を見てくれた。どのくらい歩いたんだろう、壮年の剣士の人がフッと息を吐く。
「今日は何もないみたいだな」
その時だった。私は首筋にゾクッとする感覚を受けて、ディアンに駆け寄る。
ディアンも振り返って私の手を取った。
薄暗かった森が暗さを増す。見上げれば、真っ黒な翼を広げたヴァローナの集団が降りてくるところだった。
魔性を帯びたカラスは普通のカラスより大きい。その上、獰猛で肉食だ。
彼らが鳴き声を掛け合いながら、私達に向かって下降してくる。
剣士の人が剣を抜いて身構える。
ヴァローナは集団で狩りをすることがある。
鋭い嘴と爪、翼を持つ彼らは厄介な魔物だと教わった。
私はディアンの側で支援魔法を放った。
剣士の二人をシールドで包む。
ディアンは浄化魔法を放ってヴァローナを霧散させ始めた。
剣士の二人も剣を巧みに振るってヴァローナを叩き切ってゆくけれど、ヴァローナは鳴き声を掛け合って次々に集まってくる。私達の頭上を覆うほど数が集まってしまってる。
ディアンが横に立つ私に言った。
「リン。俺の肩に手を置け!」
私は反射的にその言葉に従う。
彼が古語を唱え出すと、風が動き、その風に炎が混ざる。
風と火を組み合わせて使うらしい。
私はヒヤッと肝が冷えるような感じに襲われた。
木々が怯えているのが分かった。
ディアンに触れた手から電気的な刺激を感じ、私は自分のエネルギーが彼に流れ込んで行くのを感じる。
それでも、木々の怯えが私に歯止めを掛けた。
流れこもうとするエネルギーを細く絞る。
ディアンの目に砂金の光が揺れる。
彼が両手を上げて魔法を放つと、渦巻く炎の風が辺り一帯に吹き上がった。
空高く吹き上がり、ヴァローナを一気に焼き払っていく。
剣士の二人が呆然と私達を見つめていた。
私はエネルギーを絞っていたのに、渦巻く炎の風はヴァローナの群れごと空に舞い上がって消えていった。
これはディアンの魔法力だ。
彼は一人でも、すごく強い魔法使いなのかもしれない。
呆然としていたら、サヤサヤと耳の奥で何かが囁く。
ハッとして辺りを見回すと、炎が燃え移って古木が炎上しかかってる。
私は古語を唱える。ディアンに触れている今なら使えるはず。
目を閉じて、流れ出る水をイメージする。
お願い。火を消して。
私が魔法を放つと、空間に水が逆巻いて、古木を飲み込んでいった。
水は古木を流れ落ち、火を消して土に染み込んでゆく。
上手く消火できたようだ。
耳の奥の騒めきが消えて、木々の安堵が伝わってきた。
「リン。ありがとう」
ディアンが微笑んで私が掴んでいた手に触れた。
「あんまり役に立たなかったけど」
「いや。セーブしてくれて助かった」
私は彼の肩から手を下ろす。
壮年の剣士の人が、私とディアンに小さく言った。
「助かった。ありがとう」
ディアンは口元だけで笑って、
「仕事ですから」
そう言った。
……うん。
剣士の人の軽い扱いにムカついてたんだね。
そのまま森を抜けるまで歩いたんだけど。
若い剣士の人が、せっせと私に話しかけてきて、非常にウザい。
「すごいね、ねえ、君ってアイアンさんとこの養女なんだろ?」
「違います」
「けど、アイアン家に住んでるんでしょ?」
「そうです」
「六月のダンスパーティーって、君も出るの?」
「出ません」
「ええ、なんで? ねえ、エスコートがいないなら、俺が……」
私が辟易していると、ディアンが私を呼んだ。
「リン!」
剣士の人に軽く頭を下げて、私は小走りにディアンの横に並ぶ。
彼は私の手を取ると、そのまま少し前を歩き出した。
彼がこうして私を引っ張るのは久しぶりだけど。
——なんか。
「ディアン、背が伸びたんじゃない?」
私がそう言うと、彼は疲れたように私を見た。
「いま、それ聞くのか?」
「え、だって。私より少し高いくらいだったのに」
今は確実に高いと言えそうだし。
彼はフッと目を細めて、少し甘い目で私を見た。
「伸びたよ」
私は彼の目の甘さにビックリして俯いた。
なんか。今のライアンに似てた。
やっぱ、兄弟なんだな。
「さすが、成長期だね」
私は俯いたまま、そう言って笑った。
ディアンが馬車に乗り込むまで、私の手を離さなかったから。剣士の人は眉間に皺を寄せてディアンを睨んでたけど、それ以上は話しかけて来なかった。
助かったよ。
ありがとう、ディアン。




