工房見物
魔法を付与する工房というのは、ちょっとした工場のような感じだった。
魔法使いの方々は、担当する材によってブースが分けられいて、ビーズも含め、宝石、石、札、布、なんだか様々ものに、せっせっと魔法をかけている。
「ここで魔法付与された物を加工して、お守りや、宝飾品、稀にだけど武器とかね。そういう物が作られるんだよ」
「なるほどなぁ。使われる材料に、直接魔法を付与してしまうんですね。……成品に魔法をかけることはあるんですか?」
ダインさんが優しく笑う。
「あるけど、それの方が難しいんだ。魔法使いには親しいエレメントっていうのがある。例えば、僕は土系の精霊と仲がいい。ルシアもそうだね。でも、ディアンは風のエレメントとの親和性が高い」
「でも、皆さん、違う魔法も使いますよね? ダインさんだって、風の魔法も使ってましたけど」
「そうだね。ただ、親和性が高い精霊との魔法の方が強力なんだよ。土、水、風、火、たいがい、どれかの精霊と仲がいい。仲のいい精霊によって、扱い易い材質も変わってくるんだよ。完成品になると幾つかの材質の組み合わせになるからね」
……なるほどなあ。
「付与魔法は、そこまで強力な魔法を掛けることはできない。それよりも、確実に発動することや、長く魔法を保っていられることの方が重要になってくる。持久力のある魔法使いに適性があるんだよね」
ダインさんの眼鏡の奥で、淡い茶の瞳が私を覗き込んだ。
「つまらないかな?」
「いえ、とても興味深いです」
彼が私の肩をふいっと抱いた。
——はい?
私の体の向きを変えたかったようで、すぐに離してくれた。
やだ、ちょっとドキッとしたじゃない。
「あそこの人を見てて、今、魔法を付与するよ」
彼が指し示した男性が小さな石に手をかざしている。彼の瞳が小さく光って、両手から、ふわりと水色の光が放射されるのが見えた。
「あれは虫除けの付与魔法。不思議だけどね、虫が寄ってこなくなるんだ」
「それは……不思議ですね」
「たぶん、音を使ってる。彼は風のエレメントと仲がいいんだね」
へぇ。なんだか、すごく不思議。
でも、ここの人達は一日に何回も魔法を使い続けるわけだよね。
すごいなぁ。
「あっちのフロアに行こうか。加工してる所も見られるよ」
ダインさんは私の手を握って引いてゆく。
本当に、こっちの人はよく手を握って引っ張るなぁ。
そんな風に、あちこちダインさんに手を引かれ、最後にお土産コーナー的なところにやって来た。
そこで私はお皿に山積みされている、小さな貝殻に目を奪われた。
まるで夜光貝みたいにキラキラ光ってる。
「すみません、ちょっとだけ」
ダインさんの手を離して、私は貝殻の前に立って売り子さんに聞いてた。
「これも魔法付与されてるんですか?」
「いえ。これは材料です」
「このまま売ってもらうことは出来るんですか?」
「ええ。できますよ。このままでも綺麗なんで、けっこう買ってく人がいます」
私は魔法騎士団で仕事を始めてから、週ごとにお給金を頂けるようになった。
お小遣い程度は持ってる。
「これ、下さい」
私は小さな光る貝殻を、手の平に乗るくらい買った。
やった。これで、薔薇の仕上げができる。
ダインさんが不思議そうに私を見た。
「貝? どうするんだい?」
「粉にして絵の具ににするんです」
「……え?」
ああ、もうダメだ。
ワクワクしちゃって、早く帰りたい。
これを試してみたい。
「ダインさん。ありがとうございました。すごく勉強になりました」
「……え?」
「私、このまま騎士団の詰所に寄って帰ります。ちょっと、シルビアさんに用事があるので」
「あ、そうなの? ええと。何か飲んでからにしない?」
「いえ。えっと、すみません。このまま、帰ります」
私がソワソワしてるのが分かったみたいで、ダインさんが、また眉を下げて口を押さえて笑った。
「よく分からないけど、何かやりたい事があるんだ?」
「そうなんです。シルビアさんにお仕事をもらってまして。試したいことが」
彼はふっと溜め息をついた。
眼鏡の奥で淡い瞳が細められる。
「……仕方ないなぁ」
それから、ちょっと何かを含むような目をする。
「また、何かの機会に誘っていいかい?」
「そうですね」
私は半分くらい上の空だったと思う。
ダインさんに深々と頭を下げた。
「お休みを潰しちゃって、ごめんなさい。すごく、有り難かったです」
彼はあの、包みこむみたいな眼差しで笑ってくれた。
「……気をつけて帰りなよ? なんか、浮かれてるから」
「はい!」
そのままダインさんに手を振って別れ、乗り合い馬車に乗って詰所に戻った。
「もう帰ってきたの?」
シルビアさんが呆れたように私を見たけど、見るものは見たし。
「はい。工房はすごく興味深かったです。ええと、私、このまま家に戻っていいでしょうか?」
「いいに決まってるでしょ? リンには、お休みをあげたんだよ」
「ありがとうございます。では、また明日!」
そのまま詰所を飛び出して、乗り合い馬車の馬車亭に向かう途中で、ディアンに会った。
「早いね、ディアン」
「……今日は学園に行ってただけだから。って、リン。魔法付与工房は?」
「行って来たよ。面白かった」
彼は呆気に取られたように私を見た。
「本当に工房見て来ただけなんだ」
「他に何があるの?」
「え……いや」
「じゃあね、私は帰るから。後でね!」
アイアン家に戻って、私はさっそくララさんに古い食器から数枚のお皿と小麦粉をもらう。洗った石に挟んでキラキラした貝を潰して粉末を作る。
糊代わりに練った小麦粉を使って、薔薇をの花弁を装飾していく。
拾った枝を小刀で削って、ヘラ状にして使った。
ライアンの筆も使ったから、後でよく洗わなくちゃ。
バラの花びらに貝の粉を塗ったら、光を受けてキラキ光る花弁になった。
雄しべはライアンのパステルの黄色を削って乗せた。
小麦粉の糊じゃ、剥がれてくるかもしれないけど、私は仕上げに樹液を使うつもりだった。
「よし。綺麗!」
ああ、早く乾燥しないかな。
そしたら、ルシアに貰った樹液を熱して、溶かした物を表面に塗る。
たぶん、光沢が出て、プラスティクコートしたみたいになるはずなんだけど。
人工樹脂しか使ったことないから、上手く行くかな?
私がワクワクして乾燥を待っていたら、部屋にライアンが来た。
「リン。夕食だと」
「いま、行きます」
彼は私を見てクスクス笑った。
「……なに?」
「約束守ったな」
「守りましたよ。ちゃんとシルビアさんにも報告して帰って来たし」
本当はそのまま家に戻りたかったんだけど。
ライアンに折檻されるのは嫌だから詰所に寄ったんだし。
彼は寄って来て私の頭を撫でた。
「よく出来たな」
「もしかして、バカにしてる?」
「いや。折檻しなくてすんでホッとしてる」
揶揄うように私を見たけど、この人、何する気だったんだろ。
ライアンは窓辺に並べたカードに目を留めた。
「ずいぶん、綺麗に仕上げたな」
「まだだよ。もう一つ工程があるの」
「何するんだ?」
「溶かした樹液を塗るの。光沢が出るはずなんだけど。やってみないと分からないからなぁ」
彼は面白そうにカードと私を交互に見る。
「これだけでも十分に綺麗だけどな」
私は思わず嬉しくて笑った。
「ありがと。乾燥させなきゃいけないから、食堂に行こう」
「それ余分はあるのか?」
「え?」
「カードさ」
「一応、予備の分もらってるけど?」
ライアンは甘い目で私を見た。
「俺にも一枚くれよ」
「シルビアさんが、良いっていったらあげる」
何に使う気なんだろうね。




