焼きもち
その日から、私はシルビアさんのカードを作る為の作業にかかった。
綺麗に仕上げる為には、シッカリと乾燥させながら進めて行くことが肝心だ。
魔法騎士団の詰所で仕事を終えて、家に戻って明るいウチにできること、ランプの灯りの中でもできること、それぞれを時間差で考える。仕事中にシッカリ乾燥が進むように、スケジュールを組んでおかないと。
五日目の夜だったか、ライアンが部屋を訪ねて来た。
ノックの音がして、
「リン、入っていいか」
扉を開いて顔を覗かせる。
私が立ち上がろうとしたら、片手を上げて制した。
「扉の隙間から灯りが漏れてたから、様子を見に来ただけだよ」
机の側まで歩いて来ると私の後ろに立った。
「頑張るのはいいけどな。根を詰めると、また熱を出すぞ?」
この人って本当に心配性。
「ありがとう。大丈夫だよ、ちゃんと予定を組んでやってるから。ここやったら、今日はもうお終いにする」
「シルビアに進めたの俺だからな。体調なんか崩されたら責任感じるだろ」
私はライアンを見上げて笑った。
「作業するのは、すごく楽しいよ。ライアンには感謝してます」
彼は甘い笑顔を浮かべて聞いた。
「見ていいか?」
「どうぞ。まだ途中だけどね」
彼は机の上のカードを取って、ランプの灯りに寄せる。
「薔薇だな。アーチのヤツか?」
「うん。ただ、シルビアさんは、白薔薇のイメージなんだよね。色付けをどうしようかなって悩み中」
ライアンの箱にも絵の具やパステルが入っているけど。
なんか、もう少し華やかに作りたいんだよね。
シルビアさんのゴージャスさが出るといいんだけど。
「ここの線だけ描いちゃっていいかな」
あんまり置くとペン先のインクが乾いてしまう。
「ああ、俺の事は気にしないで作業を続けろよ」
ライアンはしゃがんで、机に顎を乗せて作業を見ている。
私はゆっくり、丁寧に薔薇の蔓を描いて行く。
集中してしまえば、人の気配も気にならない。
「リン」
「なに?」
「お前、魔法騎士なんか辞めて、家でこういう仕事すれば?」
私は最後の線を描いてあった葉に繋げる。
出来を確認してからライアンを見る。
「暮らしていける程の収入にならないじゃない?」
「結婚すれば収入の心配はいらないだろ」
結婚って、アイアンさんみたいな事を言うなぁ。
私はちょっと苦笑してライアンを見た。
「ダメだよ。私、こういう事し出すと他に何もしなくなるから。よく家族に怒られてた。結婚なんかしたら、旦那さんの世話しなきゃいけないんでしょ? 無理」
彼はふいっと私から目を逸らす。
「俺は別に気にしないけどな」
さすが、お坊っちゃまな発言だなぁ。
「そりゃ、ライアンはララさんやガインさんにやってもらえるしね」
……結婚ね。
トルア国は十六歳で成人っだって言ってたし、女性の自活は難しいって話だし。
きっと私くらいで嫁ぐ女性が多いんだろうけど。
ずっと、アイアン家にお世話になるわけにもいかないんだけど。
なんだか、ここは居心地が良くて……。
「なに、ライアンは私に早く嫁に行けって言いにきたの? お兄さんぶってる?」
彼は片眉を上げて、不貞腐れたように私を睨んだ。
「俺はお前の兄貴じゃねぇよ」
「知ってる」
私がクスッと笑うと、彼は溜め息をついて立ち上がった。
「いいとこで切り上げて寝ろよ」
「はい。兄さん」
私が揶揄うと、コツンと頭を小突かれた。
本当に不貞腐れたように唇を尖らせる。
「それ、止めろよな」
……そんなに嫌がるかなぁ。
「おやすみ、ライアン」
「おやすみ」
彼は溜め息をついて私の部屋を出て行った。
☆
次の日、魔法騎士団の詰所でシルビアさんとダインさんが団長室で私に言った。
「リン。明日は午前で上がっていいよ。ダインが後学の為に魔法付与工房に連れてってくれるから」
「……え?」
ダインさんが優しく笑う。
「行きたいって言ってたよね」
「ええ。でも、仕事を休んでいいんですか?」
シルビアさんが艶やかに笑ってくれる。
「いいよ。午後は掃除だし。それに、明後日はディアンについて、巡回に行ってもらおうと思ってた所だから。その前に少し体を休めておくといい」
彼女は私の髪を撫でて首を傾いだ。
「ちょっと、過保護かな? でも、魔法付与された物は、この後のリンに役立つかもしれないしね。私用でも仕事を頼んでるわけだから無理させたくないんだ」
そんな、甘く見つめられると、困っちゃうなぁ。
「ええと。ありがとうございます」
「うん。じゃ、ダイン。よろしく」
団長室を出ると、ダインさんが私を見る。
「僕は明日、休みだから。午後にここへ迎えに来るよ」
「えっと、すみません。なんか、無理矢理っぽくて」
「いや。僕が団長に進言したんだよ。こうでもしないと、いつまでも予定が合わないからね」
彼は、あの包み込むような目で笑った。
「楽しみにしてるよ」
☆
夕食の後、帰ってきてから、ずっと不機嫌だったディアンが私を睨んで言った。
「リン。明日、午後休みなんだって?」
「休みっていうか、後学の為に魔法付与工房を見に行くんだよ?」
「……ダインさんとだろ」
「そうだけど」
それで不機嫌なの?
「あんま、男と出歩くの、どうかと思うけどね」
「は? ディアン、何を言ってるわけ? 後学の為って言ってるじゃない」
「そう思ってんの、リンだけじゃない」
「シルビアさんが行っておいでって言ったんだよ?」
ディアンは目を細めて私を冷たく見る。
「魔法付与工房を見るのに半日もかかんないよ」
「そんなこと言ったって」
彼は怒りを収めるつもりは無いらしく、噛みつくように言った。
「それに、リン。ブレスレット増えてるよね」
「え? あ、うん」
「誰にもらったわけ?」
「……ダインさんだけど」
だから、どうして、そういう目で見るのよ。
まるで私が悪い事したみたいじゃない。
「リンは後学の為なんだろうけどね。相手もそう思ってるとは限らないよ」
「なんで、そういう言い方するのよ? わざわざ、休みを潰して付き合ってくれるっていうのに」
彼は疲れたように立ち上がった。
「だからこそ、どういうつもりか分からないって言ってんだよ」
吐き捨てるようにそう言って、食堂を出て行ってしまった。
私は思わず呆気に取られて、ディアンが出て行った扉を見る。
なんなの?
椅子に座って食後のお茶を飲んでたライアンが、苦笑を浮かべて私に言った。
「ディアンは妬いてんだよ」
「妬いてるって……。ただ、工房を案内してもらうだけだよ?」
「リン。何処へ行くかなんか関係ない。他の男と行くってのが気に入らないんだ。少しは察しろよ」
立ち上がって私の側に立ったライアンは、甘い目に小さな棘を含ませて私を見下ろした。
「ついでに、今の話を聞いて、俺も妬いてるって気づけ」
「……え? だ、だから、工房見て来るだけだってば」
彼はいつもの甘い声じゃなくて、少しドスの効いた声で言った。
「お前が工房を見たいだけだってのは分かってる。だから、見るもん見たら、寄り道しないで真っ直ぐ魔法騎士団の詰所に戻れ。ちゃんとシルビアに報告入れてから家に戻れよ。何処かに誘われても断ってこい」
なに……ライアン。怖い。
しかも、命令口調なんだから。
兄さんは嫌だったんじゃなかったのかな。
「……分かりました。そのように致します」
私が拗ねて丁寧に答えたら、キュッと片眉を上げた。
だから、怖いってば。
「もう。分かってる。すぐ帰ってくるよ。まだカードの作業だって残ってるんだから。真っ直ぐ帰って来る」
彼は甘い目にちょっと毒を含ませて言った。
「言ったことを守らなかったら、折檻してやる」
「は、はい?」
私の頭をクリクリと撫でて。
「約束したからな」
そう言って食堂を出て行った。
……なんなの。
後学の為の外出で、なんで、ここまで言われるのか全然分からない。




