病欠
翌朝は少し怠さが残るものの、熱はすっかり引いたみたいだった。
起き上がって食堂に行くと、ちゃんと自分の部屋に戻って眠ったらしいライアンが私を見た。
「起き上がって大丈夫か?」
「うん。昨日は迷惑をかけちゃって、ごめんなさい」
「今日は休め。シルビアには俺が言っとくから」
彼はそう言ってお茶の入ったカップを持つと、上目遣いに私を見た。
あんまり優しい目なんで、少し恥ずかしくなる。
まだ甘やかしモードなのかもしれない。
その時、ちょうど食堂に入って来たアイアンさんが、私の顔を見てそっと額に手を当てた。
「熱は下がったね」
大きな手が案じるように私の額をポンッと叩いた。
本当に、こっちの人は人に触れるのに躊躇しないなぁ。
なんか、照れてしまうよ。
「体も楽になりました。心配かけて、すみません」
私がそう言って頭を下げると、アイアンさんは、お父さんの目で私を見る。
「熱というのは、上がり出しと下がった時が肝心なんだよ、リン。今日は休んで大人しくしていなさい。ちょうど疲れも出る頃だ。ここに来て、君は緊張の連続だったろうからね、体は正直なものだよ」
彼にそう言われてしまっては、言うことをきかない訳にいかない。
シルビアさん。きっと心配するだろうけど。
仕方ないな。
「……はい」
ララさんはポットを持って食堂に入って来ると、すぐに私を見つけて優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫ですか? 熱は下がったようだって、坊ちゃんに聞きましたけど」
そして、やっぱり私の額に手を当てる。
「ああ、本当。良かったわ、けっこう高い熱だったんですよ? 今朝になって下がらなかったら、お医者さんか、魔法使いを呼んでもらおうと思ってました」
「ララさんが、薬を飲ませて、看病してくれたって聞きました。本当にありがとうございました」
「嫌ですよ。病人は人に気を使うもんじゃありません」
彼女は慈しむみたいに目を細めた。
ああ、なんか、照れる。
「食事はとれますか? パン粥なら食べられる?」
「はい。お腹は空いてます」
彼女は満面に笑顔を浮かべた。
「それなら、本当にもう大丈夫ね。用意してくるから、座ってて」
なんだか、本当に家族みたいで、少しくすぐったい。
☆
おぼろ気な記憶では、ガインさんにも迷惑をかけたはず。
私は庭を探して、馬小屋の掃除をしてるガインさんを見つけた。
「ガインさん。昨日は、ありがとうがざいました」
声を掛けて頭を下げると、彼はビックリしたように慌てて両手を振った。
「そんな、お嬢さんが頭を下げるこたありません。体は大丈夫なんですか? その、出歩いて?」
「熱は下がったんです。大事をとって休むようにアイアンさんが」
彼は少しソバカスの浮いた明るい顔で笑う。
目が小さくて眉が太くて、とても愛嬌のある人だ。
「ライアンさんが、すっごく心配してましたよ。あの人は、お母さんを病気で亡くしてるから、誰かが具合を悪くすると本当に心配するんです。ディアン坊ちゃんが熱を出した時もひどく心配してたし、俺が風邪ひいても心配するくらいだから」
ああ、そうなんだ。
ライアンとディアンのお母さんって、病気で亡くなったんだ。
そんな気はしてたけど、ちゃんと聞いたことはなかったからね。
「だから、お嬢さんも体調には十分に気をつけて下さい」
「ありがとう。でも、ガインさん。お嬢さんは止めて欲しいです。私はリンで十分ですから」
彼は照れたような、困ったような顔になって、ポリポリと頭を掻いた。
「ライアンさんと同じこと言いますね。じゃあ、リンさんで。リンさん。ライアンさんは、口は乱暴ですけど、すごく優しい人ですから、あんまり心配をさせないで下さい」
私はキョトンとして瞬きしてしまった。
「……ごめんなさい」
ガインさんは、また、慌てたように両手を振る。
「いや、なんていうか、そうじゃなくて……」
彼はすごく困った顔で私を見た。
「リンさんは、ちょっと特別みたいだから」
それは、私が召喚された人間だって言いたいんだろうか?
私が本当にキョトンとしていると。
ガインさんは、口に手を当てて心底困った顔で私を見る。
「……あの?」
私が、背の高い彼を見上げると、満面で苦笑した。
「こりゃ、ライアンさんも大変だ」
「えっと?」
「………僕はあなたも、ライアンさんも、けっこう好きです。そういう事です」
「ありがとう?」
彼は優しく私に笑うと。
「病み上がりは大事にしないといけません。あんまり歩き回らないで大人しくしてて下さい。さ、屋敷に戻って休んで」
そう言って私の腕に軽く触れて、戻るように促した。
「……はい。えっと、本当に、ありがとう」
よく分からないけど。
ガインさんはライアンが好きなんだって事は分かった。
ライアンが優しいのは、私も知ってる。
うん。すごく、優しいのを……。
☆
夕方になって食堂へ行くと、ディアンが心配そうな顔で私を見た。
「リン。昨日の夜、熱を出したんだって? 呼び戻してくれれば良かったのに」
「大丈夫だよ。朝には下がってたし、リイドさんだっていつまでも滞在してないでしょ?」
彼は不満そうに息をつく。
「それでも、熱を出してるリンを放っておくような事じゃない」
私はちょっと苦笑を浮かべる。
「大げさなんだから。大丈夫、もう、なんともないし。それより、休んじゃって、シルビアさんが気になるんだけど」
ディアンが微妙な表情をする。
「ああ。なんか、落ち込んでたよ」
「……え? どうしてシルビアさんが落ち込むの?」
途中で食堂に入って来て、椅子に座ってたライアンが笑う。
「面白いものを見せてもらったよな」
ディアンが苦笑を浮かべる。
「ボンヤリして躓いて転ぶし、カップは落とすし」
私は呆気に取られてディアンを見つめる。
「な、なんで?」
ディアンがライアンを見て、ちょっと目を細めた。
「ライアンが脅したからだ」
最近のディアンは、兄を名前で呼ぶ。
これからは仕事で組む事もあるかもしれないし、そんな時に兄さんとは呼べないからだそうだ。
「脅した? シルビアさんを?」
私がライアンを見ると、彼は面白そうな目で笑った。
「人聞きの悪いことを言うなよ。俺は、リンは熱が上がって動けなかったって言っただけだ」
ディアンは、ふうっとため息をつく。
「その後に、彼女にあんまり無理をさせないでくれって言ったろ?」
「なんだよ。釘さすのはダメだったのか?」
ディアンが恨めしそうに兄を睨んだ。
「そうじゃないよ。けど、シルビアさんと一緒に働いてる俺のことも、ちょっとは考えて欲しかったよな。家に帰ってから疲れてるのかとか、仕事を嫌がってないかとか、もう煩くて」
ライアンが可笑しそうに笑う。
「本当にな、リン。お前、シルビアとできてんじゃないのか?」
「は、はい? なにそれ」
「プロポーズされてんだろ?」
プロポーズ?
あ、一生、私が面倒を見るって、アレのこと?
私はディアンをギュッと睨んだ。
「なに、大げさに言ってんの? 冗談に決まってるでしょ」
ディアンも面白そうに笑って私を見る。
「いや、シルビアさん、マジだって言ってたじゃん」
ライアンがククッと喉の奥で笑ってから言う。
「玉の輿だな、リン」
私は二人をキュッと睨んだ。
それにしても、シルビアさん。
すごく心配させたんじゃないの?
……ああ、もう。
また熱が上がってきそう。




