ブレスレット
夕食の後でディアンが私に聞いた。
「リン。兄さんと喧嘩した?」
「え? どうして?」
「いや……二人とも目も合わせないし。避けてるみたいだから」
「そんなことないよ」
顔が赤くならないようにするのが大変だった。
思わず話を変えてしまう。
「それよりね。私、初討伐に行くんだよね」
「うん。明後日だよね。 でも、大丈夫だよ。今回は叔父さんも行くしね。自分では苦手みたいに言ってたけど、叔父さんの魔法は……ちょっと凄いよ」
ディアンは遠くを見るような目をした。
「そうなの?」
「ああ。多分、トルアで三本指に入る」
「それでも、ガーディアンいないって言ってたよね」
「なんかね。誰かと約束したんだって。魔法騎士には絶対にならないって」
そうなんだ。
彼は独身らしいけど、どこかに恋人がいるのかもしれないな。
「………分からなく、なくはないね」
そう言ったら、ディアンは大人びた目で私を見た。
「リンがそういうこと言う?」
「え? どういう意味よ」
彼は溜め息をついて立ち上がった。
「意味は考えてみるといいよ」
「ディアン?」
「おやすみ」
彼は、そのまま食堂を出て行った。
………なんなの?
私がボンヤリ座ってたら、ララさんが気を利かせてくれた。
「リンさん。お茶でも淹れましょうか? カモミールがいいかしらね。気分が落ち着いて、眠れるようになりますから」
ランプの明かりに照らされて、ララさんが静かに微笑む。
私にカップを渡しながら、彼女はクスッと笑った。
「貴女は亡くなった奥様に似ているわね」
「えっ?」
「何ていうのかしら、雰囲気がね。あの方は、もっと線が細くて、お身体も弱かったけど。絵がお好きでね。よく、薔薇の繁みで絵を描いてましたよ」
もしかして……。
「フローラさんですか?」
「あら。ご存知でしたか?」
「いえ。リイドさんが、初めてお会いした時に、私をそう呼んだので」
「貴女を?」
「はい」
彼女は困ったような顔をした。
「そうですか。まあ、気持ちは分かりますけどね。似ているのは、雰囲気ぐらいですよ。ま、あの方は奥様がお好きでしたから。でも、十歳も離れていてはね。奥様は彼を実の弟のように可愛がっておられましたけど、やはり愛していたのは旦那様ですから」
なんとも言いようのない話しが返ってきたなぁ。
そうか。
リイドさんは、ライアンとディアンのお母さんが好きだったのか。
「……そうなんですか。フローラさんにも、お会いしてみたかったです」
ララさんは喋り過ぎたかなっていう顔をした。
「私がお話したことは内緒ですよ?」
「分かってます。個人的なお話ですし。お茶をご馳走様でした。おやすみなさい」
「おやすみなさい、リンさん」
私は自室に戻ってランプを灯す。
机の上に置いたライアンの箱が目に止まった。
海のように青く、ビーズの魚が泳ぐ、この箱は——。
「お母さんの形見なんじゃないのかな?」
私はライアンがしてたみたいに、そっと箱の表面を撫でる。
もしそうなら、すごく大切な物を託されたものだ。
夜着に着替えて、ランプの灯りを消しベッドに潜り込む。
月明かりが差し込んでレースのカーテンを青白く染めている。
私……彼のこと、あんまり知らないんだよね。
違う世界に居たんだから、当たり前なんだけど。
なんか、寂しい。
目を閉じると、ゆっくり眠りに落ちて行く。
薔薇の茂みで絵を描く女性の側で、同じように絵を描きながら甘える男の子の夢を見た。
☆
初めての討伐参加の朝、私は緊張して早く目が覚めてしまった。
遠足に行く子供じゃないんだから、と、自分で突っ込んでみたけど。
やっぱり、落ち着かない。
大丈夫。ディアンもルシアも一緒じゃない。
私は大きく深呼吸した。
身支度を済ませてすぐ、誰かがドアをノックした。
こんなに朝早く?
「はい?」
扉を開くとライアンが立ってて、するっと部屋に入って来た。
「えっと? おはよう、ライアン。ずいぶん、早いね?」
彼は扉の前で、少し困ったような顔をする。
「リン、お前、今日は討伐に参加するんだよな」
「……うん」
「手を出してみな」
「え?」
ライアンは私の左手を取ると、ポケットから出した細いビーズでできたブレスレットをはめた。
そのビーズは、とても不思議な色をしていて、玉虫色に光ってた。
「これは、村人なんかが森に行く時にお守りでつけてく物だ。投げつければ、一回だけ閃光を放つ。目潰しみたいなもんだから、攻撃力はない。それでも……ないよりマシだろ」
私は驚いてポカンと彼を見上げてた。
あんまり私が見つめたからか——。
ライアンの顔が赤く染まってく。
私は二重にビックリして、甘い顔が赤く染まってるのを見つめてしまう。
軽く目を逸らして、私の腕を離したライアンは不貞腐れたみたいに言った。
「なんだよ」
「え……。あ、ああ。あの、ありがとう」
彼はふうっと息をついて、私を真顔で見つめて髪を掻き回した。
「気をつけて行けよ」
「……はい」
ライアンはそのまま部屋を出て行った。
ビックリした。
間近で赤面する彼を見てしまった。
……あ。ダメ。
私は時間差で自分が真っ赤になってくのが分かった。
だって、ライアンは魔法騎士団で働き始めてから、そっけなくて。
あんまり言葉も交わしてなくて。
きっと、反対してるんだから、仕方ないなって思ってて。
自分の腕で光る、ビーズのブレスレットをじっと見てしまう。
大丈夫。必ず無事で帰って来る。
だから、あなたも無事でいて。
あなただって、前線に出てるんだから……。
ディアンの言葉の意味が少し分かった気がした。
行かせたくない気持ちがわかったとしても、口にしちゃいけないよね。
それじゃ、あまりに覚悟が足りない。
私は深く息を吸った。
食堂へ行く時、アイアンさんが私を呼び止めた。
「おはよう、リン」
「おはようございます」
「ああ、君に渡す物があるんだ」
アイアンさんも私に玉虫色のブレスレットを差し出した。
受け取る私の左手を見て小さく笑う。
「……それは、ディアンに?」
「あ、ライアンに」
彼は目を細めて軽く頷いた。
「いいかい、リン。決して無茶をせず、気を抜かずに行きなさい」
「はい。ありがとうございます」
私が深々と頭を下げると、彼はディアンとよく似た切れ長の目を綻ばせた。
ブレスレットが二本に増えた。
魔法騎士団に向かう乗り合い馬車で、ディアンが私の腕をチラッとみる。
「リン。ブレスレット」
「え、あ、うん。アイアンさんとライアンにもらったの」
「出遅れた」
「……え?」
彼は綺麗な顔に苦笑を浮かべる。
「はい。三本目」
「え、あ、ありがとう」
ディアンが真剣な目で私を見ながら言う。
「俺は側にいるつもりだけど、現場に出ると、どうなるか分からない。リンは俺か叔父さんの側を絶対に離れちゃダメだよ。そうじゃないと、リンは魔法も使えない。普通の女の子なんだからさ」
……確かに、そうです。
私がディアンのくれたブレスレットを、他の二本と一緒に腕にはめると彼は小さく頷いた。
「使う時に躊躇っちゃダメだよ。閃光は一瞬だから、走って逃げる」
「うん。分かった」
ヤダな。
本当に緊張してきちゃった。




