ダインさん
私が魔法騎士団で働くようになって数日経っても、アイアンさんは普通に接してくれてた。魔法騎士の詰所で、ディアンが気にしていたような、沢山のお見合い話は来なかったよ。
ただ。
アイアンさんは、私に——。
「リン。君の事をいつも心配している人間がいる、という事を忘れないで欲しい。頼むから、怪我をしたり、悲しい目にあったりしないようにしてくれ」
とても切実な様子で、そう言っただけだった。
もし、無理にお見合いとか、そういう話になったら、本当にシルビアさんの所に行こうと思ってたんだけど……。
そうならなくて良かった。
私、アイアンさん、好きだし。ララさんも好き。
アイアン家の人達には、すっかりお世話になってるし。
もし、ここを出て行く時が来たら、ちゃんと、お礼をしてからにしたいから。
不思議なのは、一番、何か言いそうに思えたライアンが何も言わないこと。
と、いうか、ほぼ黙殺されている気がする。
……私ごと。
挨拶すれば返してくれるし、気不味いわけでもないんだけど。
どこか避けられてる気がする。
……たぶん。
どうしても衝突するって分かってるからだと思うけど。
私は自分を試してみたいし、きっと彼は反対する。
性格的に譲り合うのは無理だろうし。
でも。
なんだろうな。
すごく……寂しく感じる。
☆
魔法騎士団の詰所に通うようになって、ルシアちゃんにも会った。
「リン!」
淡い軽そうな金髪を揺らし、笑顔で走り込んで来る姿は、もう本当に手放しで可愛い!
「ルシアちゃん!」
彼女に抱きつかれたまま、柔らかい髪を撫でるのは至福だわ。
綺麗で懐こい猫みたいな感じがする。
そんな私達を見て、背の高い細身の男性が笑いながら寄って来た。淡い茶の髪に茶の瞳。少し伸びた髪を首の後ろで括ってる。眼鏡をかけている人は珍しいな。
「ルシアが、こんなに懐くなんて珍しいね。僕は魔法騎士の中でディアンしか知らないな」
彼の声は少し掠れてて、低めだな。
ハスキーボイスって少し色っぽいよね。
でも、ルシアちゃんは気に入ると誰にでも抱きつくんじゃ無かったっけ?
ディアンが言ってたのと、少し違うなぁ。
ダインさんは手を差し出して笑う。
なんだろう、とても透明感があって優しそうな人だな。
「僕は魔法騎士のクリスタ・ダインです」
私はルシアちゃんに抱きつかれたまま、彼の手を握った。
「リンです。アイアンさんの所でお世話になっています」
彼は包むような笑顔を浮かべた。
ふわっと暖かいモノで抱かれたようで……。
ちょっと、顔が赤くなっちゃうよ。
この人はライアンと違う意味で心臓に悪そうだな。
「今度、一緒に討伐に出るみたいだよ」
「え? 本当ですか?」
思わず見上げて淡い茶の瞳をガチで見つめてしまった。
心臓に悪いから、すぐ目を逸らしたけど。
彼は不思議そうに首を傾げた。
「掲示板に貼ってあったよ。ええとね、君と、ディアン。僕とルシア。それにリイドさんがついてくる。ちょっと、変わったチームだな」
初めての討伐参加かぁ。
顔に不安が浮かんだんだろうか。
ダインさんは小さく微笑んで。
「心配ないよ。今回は魔物の中では扱いやすいリトゥーチャの減滅だから。剣士の人達も来ないしね」
「……ええと。魔蝙蝠ですよね?」
「そうだよ。それの数を減らす。できれば、巣の全滅だけどね」
ルシアが首を上げて私に微笑む。
「大丈夫。リンさんは私が守ります」
ああ。なんて可愛らしい。
「頼りにしてるね、ルシア」
私がルシアの頭に顔をつけると、彼女はくすぐったそうに笑う。
ダインさんは不思議な笑顔を浮かべ。
「楽しみにしてるよ」
そう言って去って行ったけど、討伐って楽しみにするものなの?
私がルシアを見ると、彼女は面白そうに私を見返す。
「みんなね、ディアンとリンさんの魔法を見てみたいんです。学園の屋根を吹っ飛ばしたんでしょ?」
「あっ。ああ。アレかぁ」
私が苦笑すると、ルシアはクスクス笑った。
☆
同じ魔法騎士団で仕事をしていても、ディアンはディアンのスケジュールがあり、私は私の作業時間がある。
なので、帰りも別に帰るようになった。乗り合い馬車にも慣れてきたし、一人で行動してても人に見られることも減った気がする。
珍しがられてたのは、学園でだけみたいでホッとするよ。
アイアン家に戻ると、ララさんが庭で迎えてくれた。持っているカゴにハーブが積んである。
きっと、庭の一角に作ってある彼女のハーブ畑からの帰りなんだろう。
「あら、お帰りなさい、リンさん」
「ただいま」
「そうだわ、リンさん。そのまま、お風呂に入りませんか?」
「お風呂ですか?」
彼女はちょっと苦笑を滲ませた。
「今日に限って皆さんのお帰りが遅くて。ガインが湯を張ってくれたんですけど、このままだと冷めてしまいます」
「ああ、そうなんだ。それなら、私、入ります」
「良かったわ。お湯が勿体無いですからね。急いで入って下さいな」
私は部屋に戻って着替えを用意し、浴室に向かう。
浴室って離れになってて、お風呂小屋的なものなの。
お湯の後処理とかが楽なようにだろうな。
床はタイル張りで陶器の湯船が備えてあって、今日も、たっぷりのお湯からラベンダーが香る。
お湯は沸かして運び入れるから、すぐに入らないと冷めちゃうんだよね。
今は初夏めいて気温も高めだけど、冬は寒そう。
さっさと脱いで湯船から湯をすくって体を洗う。アイアン家は頻繁に湯を張ってお風呂を用意してくれるけど、やっぱりこれは贅沢なんだろうな。こういう所からも、アイアン家が裕福な貴族階級だって分かるよね。
泡を立てて石鹸で体を擦ってると、外で声がした。
「お帰りなさい、ライアンさん。早く風呂に入って下さい。冷めちゃうんで」
「おお。いつも悪いな、ガイン!」
……え?
ちょ、ちょっと待って。
私、引き戸につっかえ棒——。
立ち上がった途端に。
ガラッと引き戸が開いてしまった。
ライアンが呆然として固まってしまう。
私も立ち上がった姿勢のままで固まる。
引き戸が閉められた。
やっと思考が戻ってきて、慌てて引き戸につっかえ棒をする。
引き戸の向こうで疲れた声がした。
「なんで棒をしとかないんだよ」
ライアンの声に全身が熱くなった。
「……ご、ごめん。忘れてて。今、したから」
急いで入ったから、鍵代わりのつっかえ棒を忘れてた。
……恥ずかしい。
み、見られた。
ガインさんの声が聞こえる。
「あれ、ライアンさん。風呂は?」
「着替え取ってくるの忘れた。すぐに入るから、誰も入れんなよな」
ガインさんが笑うのが聞こえる。
「ははは。珍しいですね。いつも、着替えなんか持たないで入ってくのに。綺麗好きになったもんだ」
「煩いよ、お前」
私は一人で小さくなって、体を流し、湯船に浸かることもなく、とにかく着替えて浴室を出た。
もう、お風呂に入ったんだか、なんだか、よく分からない。
屋敷に戻る扉を開けると、壁にもたれてライアンが立ってた。
ライアンの甘い顔が咎めるように私を見る。
もう——私の顔は真っ赤だと思う。
「ご、ごめんなさい。ララさんが、冷めるから、早く入ってって言われて、棒、わ、忘れちゃって」
なんか、しどろもどろだ。
彼はフウッと息をつく。
「俺はいいけどな。お前の為に言っとくぞ。つっかえ棒は忘れんな」
私は、小さくなって頷く。
恥ずかしくて顔も上げられない。
横を通って行く時、彼は目を合わせなかったけど。
「風呂に入ってるところなんか、他の奴には絶対に見られんなよ」
そう囁いた。
完全に見られたってことだよね。
——もう、泣きたくなった。




